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新型コロナとインフル、同時流行の懸念高まる 第8波の可能性は「非常に」高いと専門家

2022.10.24

内城喜貴 / 科学ジャーナリスト

 この冬は新型コロナウイルス感染症とインフルエンザの同時流行が起きる、との懸念が日増しに高まっている。新型コロナの感染拡大の第7波は10月に入ったころから落ち着きつつあったがその後下げ止まり、厚生労働省の20日までの1週間集計で約2カ月ぶりに増加に転じた。専門家は「第8波が起きる可能性は非常に高い」と「非常に」という表現を使って警戒を呼びかけた。

新規感染者数の前週比の増減のグラフ。10月19日までの1週間の前週比は全国的に1を超えている(厚生労働省提供)
新規感染者数の前週比の増減のグラフ。10月19日までの1週間の前週比は全国的に1を超えている(厚生労働省提供)

 一方、インフルエンザはまだ国内で感染が広がる兆候は見られない。しかし、この夏に南半球のオーストラリアで大流行し、日本ではインフルエンザウイルスに対する抗体保有率が低下している。多くの専門家は日本でも3シーズンぶりに流行し、大きさ、形も症状も似ている2つの厄介なウイルス感染症が同時流行する懸念が高まっていると指摘している。

 事態を重視した政府は既に、同時流行対策を検討する会議を開催し、重症化リスクの有無で医療対応を区別することを柱とした対策をまとめた。

国立感染症研究所が分離したオミクロン株の電子顕微鏡画像(国立感染症研究所提供)
国立感染症研究所が分離したオミクロン株の電子顕微鏡画像(国立感染症研究所提供)

新型コロナは2カ月ぶり前週比増加

 厚労省は20日、同省に新型コロナ対策を助言する専門家組織会合を開催した。会合では19日までの1週間に報告された新規感染者数が約2カ月ぶりに増加に転じたとの同省の集計データが提出された。

 それによると、19日までの全国の新規感染者数は直近1週間で10万人当たり約197人と、前週比で1.35倍になった。都道府県別では和歌山県が1.75倍と最も高く、北海道と香川県が同1.60倍、大阪府が同1.40倍、福岡県が同1.38倍。東京都も1.25倍だった。

最近の感染状況。10月13日から19日の週は人口10万人当たりの新規感染者数が全国的に前週比で増加した(厚生労働省提供)
最近の感染状況。10月13日から19日の週は人口10万人当たりの新規感染者数が全国的に前週比で増加した(厚生労働省提供)

 厚労省の専門家組織は「全国で新規感染者が増加に転じ、ほぼすべての地域で前週比が1を上回り、今後の増加速度や増加が継続するかについて注視する必要がある」との見解を示した。そして「短期的な予測では不確実性はあるものの、増加傾向が続く可能性がある。今後、社会経済活動の活発化による接触機会の増加などが感染状況に与える影響に注意が必要」と指摘した。

 「社会経済活動の活発化」とは、第7波が落ち着きつつあったことから年代を問わず多くの人がさまざまな活動を盛んにし始めていることや、政府の「全国旅行支援」策により国内の旅行者が増えていること、さらに水際対策を大幅に緩めて短期滞在ビザ免除の外国人旅行を再開したことなどを指している。

「変異株が出現するリスク」が存在

 20日の会合では専門家組織座長の脇田隆字・国立感染症研究所長ら専門家有志が国内外の状況から「第8波が起きる可能性は非常に高い」とする文書を提出した。この文書は「新型コロナウイルス感染症第8波へ向けてのリスク評価の考え方」と題し、脇田氏のほか、押谷仁・東北大学大学院医学系研究科教授や西浦博・京都大学大学院医学系研究科教授ら、感染症学、ウイルス学、理論疫学などの専門家が名前を連ねている。

 脇田氏らは国内外の最新の状況を分析。「国内の多くの地域で感染者は増加に転じており、一部欧州やアジアの国々の状況を考えても第8波の流行が起こる可能性が非常に高いと考えられる」と結論付けている。

脇田隆字氏(2020年6月25日に日本記者クラブでの記者会見時、日本記者クラブ提供)
脇田隆字氏(2020年6月24日に日本記者クラブでの記者会見時、日本記者クラブ提供)

 第7波の中心になったのはオミクロン株派生型の「BA.5」だった。厚労省資料によると、現在も世界的にBA.5系統が主流になっているが、欧州や米国からは新たに「BQ.1」、インドやシンガポールからは「XBB」というそれぞれ亜種が報告されている。

 これらの亜種に対して脇田氏らは「BA.5に比べて伝播性は必ずしも高くない」としつつ、「伝播性や病原性が大きく異なる(オミクロン株とは異なる)変異株が出現するリスクは存在する」と指摘している。

伸び悩む3回目接種率、とくに若い層

 多くの専門家が心配しているのはワクチン接種の伸び悩みだ。専門家組織の会合でも感染やワクチン接種で獲得した免疫が弱まっている実態が報告された。厚労省によると、20日までの全世代の2回目接種率は80%を超えているが3回目は約66%。特に20~30代は50%台だ。高齢者を中心に4回目接種が進んでいる一方、若い層で3回目接種が進んでいないことが第8波の有無を予想する上で大きな懸念材料だという。

 新型コロナウイルス感染症は2020年と21年のいずれも年末から年明けにかけて流行拡大した。ウイルスは一般的には冬場の乾燥期に活性化する。そのうえ寒さで換気が不十分になる。また年末年始を迎えると人の動きが活発になる。これらが要因だったとされている。

 厚労省や専門家組織が注目するのは海外の感染状況だ。世界保健機関(WHO)によると、日本では第7波の拡大が緩やかになった9月ごろから欧州では新規感染者が増加に転じている。特にフランスやドイツでは9月末から10月初めにかけて増加率が目立っている。

 政府は水際対策緩和や全国旅行支援などの政策で社会経済活動の回復を進める「ウイズ・コロナ」に大きくかじを切った。同時に第8波の到来を警戒している。

 厚生労働省は20日にオミクロン株に対応した新しいワクチンの接種間隔を従来の5カ月から3カ月に短縮することを決め、年内に新たに2000万人以上が新ワクチンを打てるようにした。第8波やインフルエンザとの同時流行に備えて、冬場を前にインフルエンザワクチンとオミクロン株に対応するワクチンの両方を接種することを呼びかけている。

対インフル、社会全体の集団免疫が低下

 WHOなどによると、インフルエンザの患者は新型コロナが世界的にまん延した2020年春以降大きく減少したが、昨年11月ごろから報告数が増えている。特に南半球のオーストラリアでは4月ごろから増加傾向が顕著になり、6月にピークを迎えた。海外メディアはピーク時の報告数はここ20年で最多になったと伝えた。

 日本感染症学会は8月にこの冬の流行を予想して提言を発表している。この提言は「過去2年間国内で流行がなかったために社会全体の集団免疫が低下している。このため、いったん感染が起きると特に小児を中心に社会全体として大きな流行になる恐れがある」と指摘している。

 さらに「21~22年に欧米では主にA香港型ウイルスの流行がみられる。中国でも今年に入ってから同型が増加。オーストラリアでは検出されたインフルエンザウイルスの約80%が同型だった」として、日本でもA香港型の流行が主体になる可能性があるとの見方を示している。

インフルエンザウイルスのA型の一種で2009年に大流行したH1N1型の電子顕微鏡画像(国立感染症研究所提供)
インフルエンザウイルスのA型の一種で2009年に大流行したH1N1型の電子顕微鏡画像(国立感染症研究所提供)

 新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスは大きさも形もよく似ている。両ウイルスとも表面にとげのようなタンパク質があり、ヒトに感染する際はこのタンパク質がヒトの細胞の受容体と結合する。いずれも感染経路は飛沫感染、飛沫核感染(空気感染)や接触感染。症状も発熱、咳、のどの痛みや倦怠感、頭痛などは共通しており、発症直後は自分では判断しにくい。このため同時流行は本人、家族はもちろん医療機関にとっても厄介だ。

全都道府県がインフルエンザ流行の警報レベルになった2019年1月21〜27日1週間のインフルエンザ流行マップ(国立感染症研究所提供)
全都道府県がインフルエンザ流行の警報レベルになった2019年1月21〜27日1週間のインフルエンザ流行マップ(国立感染症研究所提供)

政府、1日75万人の感染者想定し対策

 政府は13日、冬場に新型コロナウイルスとインフルエンザの大規模な同時流行に備えた対策をまとめ、発表した。両方のワクチン接種を進めることを基本とし、オンライン・電話診療体制の強化を図る。そして同時流行が発生した場合、重症化リスクが高い基礎疾患がある人や高齢者、小学生以下の子どもや妊婦に対し、速やかな発熱外来の受診を推奨する。

 重症化リスクが低い人は新型コロナウイルスの検査キットを使って自分で検査。陰性だったらかかりつけ医を訪問するかオンライン診療を活用し、必要に応じてタミフルなどの抗インフルエンザ薬を処方してもらう。陽性だったら健康フォローアップセンターに登録して、基本的には自宅療養する。症状が進んだ場合は発熱外来を受診できるという。

 政府対策の発表に先立って13日開かれた検討会議で岸田文雄首相は「先手先手で同時流行を想定した対策の準備が必要だ」と述べた。また加藤勝信厚生労働相は同日の記者会見で、新型コロナは1日45万人、インフルエンザは1日30万人、合わせて75万人もの 感染者数を想定していることを明らかにした。その数の多さに多くの人が驚いた。

13日の検討会議であいさつする岸田文雄首相(左から2番目、左端は加藤勝信厚生労働相)(首相官邸提供)
13日の検討会議であいさつする岸田文雄首相(左から2番目、左端は加藤勝信厚生労働相)(首相官邸提供)

 この政府の対策に対して「それでも医療現場の混乱やひっ迫はまた起きるだろう」と指摘する専門家は少なくない。政府は検査キット約2億4000万回分を確保して「自己検査」 に備えるが、街の小さな診療所やクリニックからは早くも「対応できない」との声も聞かれる。

 新型コロナウイルスについては当初の武漢株やデルタ株などと比べてオミクロン株の病原性は下がった。持病がある人や高齢者などを除いて重症化する人は目立って減った。社会経済活動も活発になっている。しかし、インフルエンザウイルスがまん延すると「ウイズ・コロナ」「コロナとの共存」は容易ではない。

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