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米有人宇宙船がISS到着、シャトル廃止以来9年ぶり悲願達成

2020.06.01

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 米国の民間有人宇宙船「クルードラゴン」の試験機が日本時間5月31日午前(米東部時間30日午後)、飛行士2人を乗せ、米フロリダ州のケネディ宇宙センターから打ち上げられた。約19時間後の同日深夜に国際宇宙ステーション(ISS)に到着し、往路の飛行に成功した。米国独自の有人飛行は2011年のスペースシャトル廃止以来、9年ぶり。米国は悲願だった有人飛行のロシア依存からの脱却を果たし、民間による有人宇宙飛行時代が幕を開けた。

クルードラゴンからISSへと移動し、歓迎を受けるベンケン飛行士(NASAテレビから)
クルードラゴンからISSへと移動し、歓迎を受けるベンケン飛行士(NASAテレビから)

「全世界を鼓舞、大きな誇り」

 クルードラゴンは宇宙開発企業「スペースX」が現行の無人の物資補給機「ドラゴン」をベースに開発。同社の大型ロケット「ファルコン9」に搭載され、31日午前4時22分に打ち上げられた。ロケットは順調に飛行し、約12分後に第2段ロケットが宇宙船を正常に分離。打ち上げは成功した。

 搭乗したのは米航空宇宙局(NASA)のロバート・ベンケン(49)、ダグラス・ハーリー(53)両飛行士。いずれもシャトル時代以来3回目の飛行となるベテランで、日本人飛行士と同時に飛行した経験もある。飛行中に管制室と交信したハーリー飛行士は、搭乗中の機体に「エンデバー」(努力)と命名したと伝えた。NASAとスペースXが費やしてきた、並外れた努力を記憶にとどめるためという。2人ともスペースシャトル「エンデバー」で初飛行していることも理由に付け加えた。

クルードラゴンを搭載して打ち上げられるファルコン9ロケット(NASA提供)
クルードラゴンを搭載して打ち上げられるファルコン9ロケット(NASA提供)

 カリフォルニア州ホーソンにある同社管制室などで関係者が見守る中、クルードラゴンは自動飛行でISSに徐々に接近。31日午後11時16分、高度約422キロを周回中のISSに結合し到着。電気や通信系統を接続し、結合部の機密性を確認した上で扉が開かれ、6月1日午前2時20分過ぎに2人がISSへと移動した。出迎えた米露3人の飛行士と抱き合って成功を喜んだ。

 2人の到着を受け、NASAのジム・ブライデンスタイン長官はISSとの交信で「全世界が注目している。わが国、そして全世界を鼓舞するため、あなたたちがしたことの全てが大きな誇りだ」と呼びかけた。

ISSに結合間近のクルードラゴン(NASAテレビから)
ISSに結合間近のクルードラゴン(NASAテレビから)

 クルードラゴンは今回の試験飛行では約110日間、宇宙空間で利用可能。計画では2人はISSの科学実験などに従事した後、再びクルードラゴンに乗り込んで洋上に帰還する。

大幅に遅れた開発

 スペースシャトルはISSの建設や飛行士の往復に貢献したが、2003年の空中分解事故を機に翌年、廃止が決まった。米国は同時期に、後継となる民間有人宇宙船の開発を決定。NASAはスペースXとボーイングの2社を選定して契約し、14年に開発が正式に始まった。民間に開発と運用を委ねることで、宇宙産業の振興と費用の削減を図った。性格の異なる2社が並行して計画を進めることで、開発の失敗や計画遅延のリスクの軽減を図った。

 新型宇宙船は当初、15年にも有人試験飛行を行う計画だったが、開発には予想以上に時間がかかっている。クルードラゴンは昨年3月、無人試験飛行でISSとの往復を果たしたものの、翌月には作業中に爆発が発生。ボーイングの「スターライナー」も12月の無人試験飛行で地上への帰還に成功したものの、ISSへのドッキングは断念している。こちらは無人試験飛行を再度行うが、時期は決まっていない。

 両機ともアポロ司令船に似た円錐に近い形状。定員は7人だが、本格運用では4人以下での飛行を予定している。スターライナーは陸上に帰還することや、10回まで有人で再使用可能としている点が特徴だ。

高騰するロシア宇宙船運賃、ISS経費圧迫

 11年にシャトルを廃止したことで、米国は独自の有人船を喪失。その後はロシアに運賃を支払って宇宙船「ソユーズ」に搭乗してきた。日欧の飛行士も、米国と契約することでソユーズを利用している。NASAの資料によると、ロシア側に支払う飛行士1人当たりの往復運賃は06年に2130万ドルだったが、近年は8000万ドル超と、約4倍に高騰。特にシャトル廃止後の値上げが顕著になっている。

 NASAは「アメリカの国土から、アメリカのロケットで、アメリカの宇宙船を」のスローガンの下で有人船復活を進めてきた。そこには当然、アポロ計画以来の宇宙大国としての名誉を挽回する狙いがあるが、ISS経費の7割を占める輸送コストを圧縮したいという切実な台所事情もある。

 なお、新型宇宙船が登場しても、米国人によるソユーズ搭乗は一定の頻度で続くと考えられている。米国人がISSに常に滞在するため、機種を問わず米国人が乗ることが求められるためだ。

次は野口さん、8月30日にも出発

 今回の飛行に続くクルードラゴン本格運用の初号機には、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の野口聡一宇宙飛行士(55)が米国人と搭乗することが決まっている。ブライデンスタイン長官は、8月30日を打ち上げの目標としていることを、5月26日の会見で明らかにした。

訓練を行う野口聡一宇宙飛行士(NASA、JAXA提供)
訓練を行う野口聡一宇宙飛行士(NASA、JAXA提供)

 野口飛行士は「今回の成果を私たちのフライトにうまく生かせるように、そして私もISSで、(日本実験棟の)きぼうで、さまざまな成果を出していけるように、これから頑張っていきたい」とした。

米国は国際協力の下、30年代に有人火星着陸を目指している。今後の有人宇宙活動は、その前段階としての月面着陸や月周回基地開発に軸足が移っていく。一方、日米などの宇宙関係者は今後のISSや将来の地球上空の基地の活動について、徐々に民間企業が主体となっていくことを期待している。

 今回のクルードラゴンの成功はそれに向けた大きな一歩とはなったが、あくまで政府機関であるNASAの全面支援で実現したものだ。今後のISSの活動が幅広い企業にとって事業性を見込め、魅力のあるものへと発展していけるのかが大きな課題となる。

(サイエンスポータル編集部 草下健夫)

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