親から子へ、子から孫へと遺伝的に受け継がれていく性質や特徴。これらは、炭素や酸素、窒素などの原子が複雑に組み合わされたDNAという物質を介して、子孫に受け継がれていく。DNAは、自分の存在のあり方を決めるとともに、その情報を後世に伝える、生物にとって非常に重要な物質なのだ。だが、それにもかかわらず、多くの生物がDNAを自分で分解しているという。いったい何のためにそんなことをするのだろう。岡山大学、神戸大学、広島大学の研究チームが、この問いに対する答えを植物から引き出した。
栄養が足りなくなった植物は・・・・・・
私たち人間の三大栄養素は、たんぱく質、糖質、脂質だ。では、植物の三大栄養素はなんだろう。答えは、窒素(N)、リン(P)、カリウム(K)。植物は、太陽の光を使う「光合成」で水と二酸化炭素から栄養分を作り出すことができるが、それ以外にもこの三つの栄養素が必須なのだ。そのため、これらの栄養素を外部から吸収して使っているのである。
じつは、植物の中でリンを多く含む物質の一つがDNAである。遺伝情報を子孫に伝えていく重要な物質ではあるが、外部から栄養分として吸収するリンが足りなくなれば、自分のDNAを分解してリンを再利用できるのではないだろうか。窮地に追い込まれた植物は、大切なDNAを、実際に分解して栄養に使っているのではないだろうか。
研究グループは、細胞内でエネルギーを生み出す「ミトコンドリア」という小さな器官と、光合成によりエネルギーを生み出す「葉緑体」が持っているDNAに注目した。これらのDNAは必要以上にたくさん存在している。それならば、遺伝情報の担い手としての働き以外に、なにか別の役割があるのではないか。そう考えたのだ。
研究グループはまず、シロイヌナズナとポプラを使い、これらのDNAが実際に植物自身の酵素によって分解されることを突き止めた。もし、この酵素がなくてDNAが分解できなくなれば、植物の体にどんな異変がおこるのだろう。それを確かめるため、この酵素をつくれないように遺伝子を操作したものと何も操作していないもの(野生型)の両方を、リンが欠乏している条件のもとで栽培してみた。
すると、酵素をつくれないものだけ葉が茶色に変化した。これは、リンが足りないときに植物に現れる症状の一つだ。酵素をつくれる野生型は葉の様子に大きな変化はなく、リン不足になっていなかった。どうやら、植物は本当にDNAを分解して栄養であるリンを使おうとしているようなのだ。
さらに詳しく調べたところ、酵素をつくれるものの場合は、リンが極端に不足したとき、酵素をつくるしくみが活発に働いていた。やはり、これらの植物は、リンが不足すると、DNAを分解する酵素を活発に働かせて、出てきたリンを栄養として利用する性質をもっていることに間違いなさそうだ。
DNAを分解するこの酵素は年に一度、必ず活躍する時期がある。それは、11月ごろの落葉のときだ。植物は寒い冬を乗り越えるため、余計なエネルギーを使わないように自分の葉を落とす。じつはこのとき、必要なくなったDNAを分解し、リンを栄養分として回収している。この研究で、DNAは遺伝情報に関わるだけでなく、落葉のとき以外にも、不足したリンの供給源になっていることがわかった。
新たなリン資源としてのDNA
リンが足りなくなったとき、自分自身の中に余っているDNAからリンを取り出して使える。これは、植物が過酷な環境を生き抜くために大事なことだ。そしてこれは、私たちの未来にとっても重要なことなのだ。リン資源枯渇の抑制と、リンが環境に及ぼす悪影響を軽減できる可能性があるからだ。
リンは植物の栄養に不可欠な要素であり、肥料として与えられることもある。実際に、農業生産を上げるために毎年たくさんのリンが肥料として使われており、かつてないほどのスピードでリン資源が消費されている。そのため、リンの原料となる鉱石の枯渇が心配されている。もしリン資源がなくなってしまうと、新しくリン肥料を作ることは難しくなり、農業生産量はかつてないほど低下してしまう。それだけではない。肥料として使ったリンが大量に河川に流れ込めば、リンは水中の藻の栄養分でもあるので藻が大量に発生する。その結果、藻が水中の酸素を消費して、そこに住む魚やそのほかの生物が死んでしまうという環境汚染も発生する。
こういった問題を解決するために、自分のDNAを分解してリンを取り込むという植物のたくましさをもっと生かせば、リン肥料がなくても良く育つ作物を開発できるのではないか。今回の研究には、そうした期待も寄せられている。
(サイエンスライター 大谷有史)
関連リンク
- 岡山大学などプレスリリース「DNA を自己分解してリン栄養分にする生命現象の発見 〜種子植物の普遍現象・細胞内共生由来の DNA で〜」