レビュー

能登半島地震教訓に地震の長期評価を前倒し公表へ 政府の地震本部、防災対策への活用期待

2024.02.29

内城喜貴 / 科学ジャーナリスト、共同通信客員論説委員

 政府の地震調査研究推進本部(地震本部)が全国で進めている活断層型地震の長期評価の作業を急ぎ、予定より早めて公表することを決めた。大震災になった能登半島地震を受けた措置で、これまでより簡易的な方法による評価結果でも、2024年度から順次、地域のリスクとして公表する。同本部の関係者は地元の地震被害想定策定や防災計画・対策に役立ててもらいたいとしている。

 地震を引き起こしたとされる能登半島沖の活断層はその存在が指摘されていた。しかし、詳しい地震の規模や発生確率などの評価が遅れていたため、この評価を待っていた石川県の地震被害想定も更新されていなかった。地震本部はこうした経緯を重視し、今回の甚大被害を教訓に防災対策強化の観点から評価方法を改める判断をしたという。

国土地理院が大きな被害を出した石川県珠洲市上空から1月2日に撮影した画像(国土地理院提供)
国土地理院が大きな被害を出した石川県珠洲市上空から1月2日に撮影した画像(国土地理院提供)

間に合わなかった地震被害想定の更新

 1月1日に石川県能登半島地方の深さ15キロを震源とするマグニチュード(M)7.6、最大震度7を観測する大地震が発生。石川県によると、29日現在で死者は241人、けがをした人は約1200人、住宅被害7万5000棟以上もの被害を出した。震度4以上の余震は65回を数え、依然1万1500人近くが避難所暮らしをしている。断水が続いている被災住宅も1万8000戸を超えている。連日懸命の復旧作業が続いているものの、地震発生から2カ月を迎える被災地の状況は依然厳しい。

 石川県は能登半島地震が想定されるとして、地域防災計画を策定していた。津波対策を重視し、最大規模の津波を起こす地震の震源として能登半島北方沖の海底活断層を想定。2011年の東日本大震災の後、津波被害想定を見直し、この海底活断層による地震を警戒していた。

 しかし、「セット」であるはずの地震想定は、1997年にまとめた能登半島北方沖の別の活断層を想定したままで改定していなかった。この想定では甚大被害は予測されず、死者7人、避難者2781人、建物被害はわずか120棟とされていた。これらの数字は今回の大地震の被害規模と比べ、各段に少ない。地震被害想定の改定が遅れていたために結果として広範な分野にまたがる地域防災計画に反映されなかったことになる。

 石川県の馳浩知事は地震後の記者会見で「地震被害想定見直しには国の(長期評価の)調査が必要で、調査を待っていた。今後の早期の調査を国に求める」などと述べている。

石川県の地域防災計画の地震被害想定の図(一部)(石川県提供)
石川県の地域防災計画の地震被害想定の図(一部)(石川県提供)
産業技術総合研究所の調査研究による能登半島周辺の活断層(産業技術総合研究所提供)
産業技術総合研究所の調査研究による能登半島周辺の活断層(産業技術総合研究所提供)

海底活断層評価も公表迅速化

 政府の地震本部は地震に関する調査・研究を統括する組織で、防災・減災対策に役立てるために1995年の阪神大震災後に設置された。日本周辺の海溝型、活断層型それぞれについて一定期間内の地震発生確率や規模を予測する「長期評価」を公表している。地震や津波、防災工学などの専門家らが委員を務める。

 同本部内では地震調査委員会が地震の発生確率を示す「長期評価」をし、評価に基づく「全国地震動予測地図」を公表する。ほかに広報や調査計画の作成などを担当する政策委員会がある。両委員会はさらにいくつかの専門部会で構成される。

 政策委員会の調査観測計画部会(部会長・日野亮太東北大学教授)は2月19日に部会を開催し、活断層型地震の長期評価作業を加速させることを決めた。同部会の発表によると、全国の主な内陸の活断層をエリアごとに長期評価する「地域評価」については、評価が未発表の地域でもできる限り速やかに情報提供を行うとした。具体的には、活断層調査と地震活動データ解析の2つの作業を行っていた従来の方法を見直し、時間がかかる活断層調査が終わらなくても地震活動データだけでも公表する。

 海底活断層を対象にした「海域長期評価」は海底での活断層調査は直接観察が難しい。このため、まず日本海側の海底活断層の位置や形状、地震規模を表すマグニチュード(M)を先行して公表し、地震発生確率は算出でき次第公表する。作業に時間がかかる海域長期評価は九州、中国エリアの日本海側の長期評価が公表済みだったが、能登半島沖を含む近畿・北陸エリアは評価作業中だった。

 調査観測計画部会の日野部会長は19日の部会終了後の取材に「地震が起こりやすい場所を見込むことができる研究を踏まえ、防災に役立つ情報を出していきたい」と話している。

政府の地震調査研究本部(地震本部)の構成図(政府の地震調査研究推進本部提供)
政府の地震調査研究推進本部(地震本部)の構成図(政府の地震調査研究推進本部提供)
海洋研究開発機構(JAMSTEC)による日本海側の海底活断層地図(JAMSTEC提供)
海洋研究開発機構(JAMSTEC)による日本海側の海底活断層地図(JAMSTEC提供)
政府地震本部が地震を起こす可能性があると想定している日本海側の海底活断層(政府の地震調査研究推進本部/国土交通省/内閣府/文部科学省提供)
政府地震本部が地震を起こす可能性があると想定している日本海側の海底活断層(政府の地震調査研究推進本部/国土交通省/内閣府/文部科学省提供)

長期評価は海溝型、活断層型ごとに

 政府の地震本部が行っている地震の長期評価は「地震は海溝や活断層で一定期間を置いて繰り返し起きる」との考え方に基づいている。この評価は、地域ごとに予想される地震の規模や切迫度を出す。海溝型では千島海溝、日本海溝、相模トラフ、南海トラフ、南西諸島海溝などについて地震規模と発生確率が公表されている。確率は「10年以内」「30年以内」「50年以内」などとして数値を出している。

 日本には陸域だけでも約2000の活断層があるとされる。地震調査委員会は主要活断層として114の活断層を選定し、海溝型同様に地震規模と発生確率を公表している。こうした長期評価は2011年の東日本大震災となった東北地方太平洋沖地震では「想定外」の地震規模や被害を生んだ教訓から、作業は最新の知見に基づいて見直されている。

 能登半島地震では石川県輪島市で最大約4メートルの隆起が見つかった。また、輪島市から珠洲市にかけての海岸で約300年前の地震で隆起した痕跡がこれまでの研究で確認されている。内陸型地震が起きる周期は海溝型よりもはるかに長く千年~数万年とされる。現地を調査した専門家は300年前と今回で仮に同じ断層が破壊されたとすれば活断層型地震周期としてはあまりに短いと指摘している。

 輪島市での4メートルもの隆起の規模からすると今回の地震は数千年に1回程度起きる大きな地震だったとの見方もある。地震を起こした活断層の場所や長さはある程度推定されてはいるが詳細は分かっていない。地震の長期評価の分野では未解明なことはまだまだたくさんある。

長期評価対象114の活断層の中でもさらに主要な活断層の評価結果(政府の地震調査研究推進本部提供)
長期評価対象114の活断層の中でもさらに主要な活断層の評価結果(政府の地震調査研究推進本部提供)

地震発生確率は一つの目安

 国が推進する地震の長期評価は、最新の科学的知見や技術により、作業の精度の向上が期待されているものの、基本的には「地震繰り返し論」に基づく。地震は同じ場所でほぼ定期的に繰り返し、過去に起きた地震はいずれ繰り返し起きるという考え方に基づいている。長期評価に際して「前回いつ地震があったか」を明らかにすることが極めて重要だが、その根拠、痕跡を見つけることは容易ではない。限界があることを忘れてはならない。

 陸側、海側のプレートがせめぎ合う南海トラフでは過去大地震が繰り返し発生してきた。江戸時代の1707年には宝永地震が起き、さまざまな歴史資料からMは8.6の大地震だったと推定されている。日本海溝が震源と推定される大地震としては平安時代前期の869年に貞観地震が起き、東北沿岸が大津波に襲われた記録がある。

 東日本大震災前の長期評価では宝永地震より前の大地震は想定していなかった。大震災前は貞観地震に関する評価が確定していなかった。このため、大震災直後から大津波で起きた東京電力福島第1原子力発電所事故など、さまざまな甚大被害について「想定外だった」との弁解を許した経緯と反省がある。

 和歌山県串本町の橋杭岩近くの巨石から見つかり、約2千年前に巨大津波を伴う巨大地震の痕跡の可能性があるとする研究がある。古文書の記録や、津波が陸地に運んできた砂や石などの堆積物から過去の発生を解き明かすさまざまな研究が続けられている。このような地道な研究が国の長期評価の作業を支えている。

 地域防災計画の基礎になる長期評価は重要だ。だが、あくまで大地震に対する「備え」の意味では「一つの目安」と捉える必要がある。M8~9級の南海トラフ巨大地震は「30年以内に70~80%の確率」とされているが、70や80を30で割って「1年以内に起きる確率」を考えるのは間違いで、30年後にも起きないかもしれないし、今日、明日起きるかもしれない。

主な海溝型地震の長期評価結果(政府の地震調査研究推進本部提供)
主な海溝型地震の長期評価結果(政府の地震調査研究推進本部提供)

「日本全国どこも危ない」と強調

 地震本部も長期評価について次のような注意点を挙げている。

 「過去の地震活動の時期や発生間隔は幅を持って推定せざるを得ない場合が多いため、地震発生確率値は不確定さを含んでいる」「地震発生確率値が小さいように見えても地震が発生しないことを意味していない。特に活断層で起きる地震は、発生間隔が数千年程度と長いため、30年程度の間の地震発生確率値は大きな値とはならない」

 実際、1995年の阪神淡路大震災(兵庫県南部地震)の発生直前の発生確率は0.02%~8%、2016年の熊本地震はほぼ0%~0.9%だった。

 地震調査委員会委員長も務める平田直東京大学名誉教授は能登半島地震後の関連学会で、能登半島沖海底活断層の長期評価を急ぐ考えを明らかにした上で、「日本全国どこも危ないと思ってもらいたい」と強調している。

 地震発生確率は社会・経済的影響がとてつもなく大きい巨大地震に高い関心が集まっている。少しでも被害を低減する減災対策を進めなければならない。しかし同時に「いつでも、どこでも起きる」活断層型地震も忘れてはならない。今回の能登半島地震のように突然、高齢化と人口減少が進む過疎地を襲う。長期評価を一つに目安にしながら、その数値だけにとらわれることなく、国の、自治体の、そして身の回りの「備え」を徹底したい。

「全国地震動予測地図」(2020年版)では今回の能登半島の大地震の発生確率は高くなかった(政府の地震調査研究推進本部提供)
「全国地震動予測地図」(2020年版)では今回の能登半島の大地震の発生確率は高くなかった(政府の地震調査研究推進本部提供)
平田直東京大学名誉教授(日本記者クラブ提供)
平田直東京大学名誉教授(日本記者クラブ提供)

関連記事

ページトップへ