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能登半島地震被災地で高まる感染症や心の不調リスク 災害関連死の防止へ学会や大学が情報提供

2024.01.11

内城喜貴 / 科学ジャーナリスト、共同通信客員論説委員

 石川県能登半島で元日に発生した大地震の被災地では11日も懸命の救助、支援活動が続けられた。同県によると同日午後2時現在で213人の方が亡くなり、避難生活の長期化が懸念される中で災害関連死も出始めた。多くの被災者が身を寄せる避難所からはノロウイルスなどの消化器感染症患者の報告が厚生労働省に届くなど、感染症リスクが高まっている。また、長引く避難生活による心の不調に対するケアの重要性も指摘されている。

 地震や津波による直接的な死は免れたにもかかわらず、その後の厳しい避難生活などで命を落としてしまうのが災害関連死で、東日本大震災や熊本地震でも多く出た。

 地震発生から10日以上経っても変わらない能登半島地震の被災地の厳しい状況。「何とか被災者の体調不良を減らし、今から起こりうる死を一人でも防ぎたい」。そう願いながら関連学会や大学・研究機関、関係省庁などが相次いでホームページで心身の健康悪化を防ぐために注意すべき情報などを提供している。

石川県輪島市熊野町の被災状況(1月4日午後1時、国土交通省TEC-FORCE(緊急災害対策派遣隊撮影動画から)(国土交通省/TEC-FORCE提供)
石川県輪島市熊野町の被災状況(1月4日午後1時、国土交通省TEC-FORCE(緊急災害対策派遣隊撮影動画から)(国土交通省/TEC-FORCE提供)

避難所で広がりやすい感染症

被災者の心身の健康悪化を防ぐ対応が求められている

 武見敬三厚生労働相は9日の閣議後会見で、避難所などでノロウイルスなどの消化器感染症の患者が約30人いるとの報告があると明らかにし、「専門家とも連携しながら避難所の衛生対策、感染症対策を強化する」と述べた。ノロウイルスは冬に流行しやすく、手の指や食品を通じて感染し、嘔吐(おうと)や下痢、腹痛を起こす。子どもや高齢者は、重症化し、死亡する場合もある。

 国立感染症研究所は、被災地で広がりやすい感染症のリストを公表し、注意を呼びかけている。避難所などではインフルエンザなどの急性呼吸器感染症や、ノロウイルスなどの感染性胃腸炎・急性下痢症、咽頭結膜熱のリスクが、また野外の救援活動やボランティア活動では破傷風やレジオネラ症、創傷関連皮膚・軟部組織感染症のリスクがそれぞれ高いとしている。

 感染症対策の基本は手洗いだが、多くの避難所ではトイレの水が流れないなど衛生面での不備が指摘されている。ノロウイルス感染の予防も容易ではなく、感染症予防のためにも避難所の環境改善のための支援が待たれる。東北大学災害科学国際研究所は、水が足りない環境ではノロウイルスには効かないものの、アルコール消毒やほこりを吸わないためにマスクやゴーグルの着用を勧めている。

 同研究所の江川新一教授(災害医療国際協力学分野)は「避難所では体温が低下する低体温症の危険が高まる。栄養のある温かい食事のほか、毛布などですきま風から身を守る必要があり、段ボールを使ったベッドも有効だ」とアドバイスしている。

 厚生労働省もホームページでは「被災者の皆様へ」と題し、「健康・医療」の項目で「避難所等での感染症対策」「被災した家屋での感染症対策」「避難所でのアレルギー対応」などの各項目で情報提供し、「保険証がなくても医療機関を受診できる」などと説明している。避難所では狭い空間で長い間運動不足になりがちで、日本循環器学会は「エコノミークラス症候群」や「ストレスによる心臓病」(たこつぼ型心筋症)に対する注意を呼びかけ、日本感染症学会も「お見舞い」のメッセージとともに「災害と感染症対策」などの資料を提供している。

浸水家屋の感染症対策を説明する概略図の一部(厚生労働省提供)
浸水家屋の感染症対策を説明する概略図の一部(厚生労働省提供)
能登半島地震で現在求められている医療ニーズの図(東北大学災害科学国際研究所提供)
能登半島地震で現在求められている医療ニーズの図(東北大学災害科学国際研究所提供)

心の不調支援は長期態勢で

 避難生活が長引くと心配されるのが心の不調だ。東日本大震災の時は、被災直後の感情が高ぶった時期が過ぎ、むしろ少し落ち着いてきた時に心身の不調が出やすい、と指摘された。抑うつ症状のほか、地震の体験が突然思い出されて眠ることができなくなるなどの「心的外傷後ストレス反応」(PTSR)や、これが重症化して生活に支障がでる「心的外傷後ストレス障害」(PTSD)がある。同大震災では子どもの心の不調に対するケアの重要性が指摘された。

 筑波大学の災害・地域精神医学講座はホームページで、「ジャパン・ディザスター・グリーフ・サポート(JDGS)」プロジェクトの「災害で大切な人をなくされた方を支援するためのウェブサイト」を紹介。かけがえのない人を亡くした人の心情に思いを寄せて「怒りや罪責感は理不尽な出来事が起こった時に生じるとても自然な反応です」などと記している。 

 日本トラウマティック・ストレス学会も「一日も早く皆様が安心して生活できる日が取り戻されることをこころよりお祈り申し上げます」などとするメッセージとともに、「被災者と支援者のための資料集」として「子どもの心のケア」「危機後の子どものストレスに対処するために」などのサイトを紹介している。

 東北大学災害科学国際研究所の國井泰人准教授(災害精神医学分野)によると、大災害によるメンタルヘルスへの影響、心の不調の問題は災害直後の急性期を過ぎると日常のストレスに加え過度の災害ストレスの負荷がかかる。不眠や不安はごく普通の反応だが、うつ状態になりやすく、最悪の場合は自殺に至る。こうした心の不調は数年以上続く場合が多く、長期的支援の重要性を強調している。

 同研究所は「身体や心が影響を受けることは自然なことです」「自分を追い込まずに相談できる人を探してください」「ストレスから来る心や身体の問題は回復するものです」などと被災者らに語りかける「災害後のこころの健康のための8ヶ条~東日本大震災の教訓から」を公表している。

「ジャパン・ディザスター・グリーフ・サポート(JDGS)」プロジェクトの「災害で大切な人をなくされた方を支援するためのウェブサイト」の一部(JDGS提供)
「ジャパン・ディザスター・グリーフ・サポート(JDGS)」プロジェクトの「災害で大切な人をなくされた方を支援するためのウェブサイト」の一部(JDGS提供)
「災害後のこころの健康のための8ヶ条」(東北大学災害科学国際研究所提供)
「災害後のこころの健康のための8ヶ条」(東北大学災害科学国際研究所提供)

災害関連死を防ぐために

 災害関連死が定義づけられたのは1995年の阪神淡路大震災がきっかけだ。内閣府による厳密な定義は「当該災害による負傷の悪化又は避難生活等における身体的負担による疾病により死亡し、災害弔慰金の支給等に関する法律に基づき災害が原因で死亡したものと認められたもの」となる。災害弔慰金の支給対象になる。

 具体的には避難生活中のストレスや衛生状態の悪化などによる、心臓病や脳血管障害などの循環器疾患や肺炎、呼吸不全などの呼吸器疾患などが多い。避難中の車内でのエコノミークラス症候群やうつ病による自殺なども含まれる。東日本大震災では、約3800人が、熊本地震では約220人が地震から時間が経って亡くなっている。熊本地震では災害関連死は直接死の約4倍に上った。

 災害関連死が心配なのは避難所だけでない。東日本大震災では、何とか津波被害を受けずに残った自宅や高齢者施設、病院での厳しい生活を強いられた人も多く亡くなっている。当時、関連死した人のうち、高齢者の多くは震災から数週間から数ヶ月以上経ってから命を落としている。

 今回の能登半島大地震に関して高まる感染症や心の不調、さらに災害関連死に対して注意を呼びかけている学会や大学、研究機関の多くに共通しているのは災害後に身近な人や家屋などを失った喪失感や孤立感といった心理面での問題と窮屈な避難生活による環境の激変に対するケアの大切さだ。

必要な支援者や災害弱者へのケア

 家族を含めた多くの知り合いや家を失い、見慣れた町や風景が一瞬にしてその姿を変える残酷な震災。多くの専門家は心身の不調が現われるのは人間の反応として自然なことと言う。地域や社会の長期的支援が何より求められるが、これまでの大震災の経験からは、寒さに耐えている被災者だけでなく、さまざまな形で過酷な現場で懸命に救助、支援活動をしている警察、消防、自衛隊や医療従事者の人々へのケアも忘れてはいけない。

 東北大学災害科学国際研究所は「誰一人取り残さないためのインクルーシブ防災」を研究理念に掲げている。栗山進一所長(災害公衆衛生学分野教授)は、東日本大震災災害関連死の約4分の1は障害者だった統計を挙げ、今回の震災でも高齢者を含めた災害弱者に対するケアや支援の重要性を強調。災害前、災害直後の急性期から復興期を含めた「誰も取り残さない」ためのコミュニケーションが何より大切だと指摘している。

栗山進一氏(東北大学災害科学国際研究所提供)
栗山進一氏(東北大学災害科学国際研究所提供)

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