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「最も暑い夏」の影響でコメや野菜、果実に高温被害 異常気象の恒常化で急がれる適応策と支援

2023.11.16

内城喜貴 / 科学ジャーナリスト、共同通信客員論説委員

 日本列島は11月中旬になると上旬までの猛暑から一転、各地で今季一番の寒さとなった。四季のうち春や秋がなくなる「二季」になったかのようだ。今年の7~9月の月平均気温は3カ月連続して統計史上最高値を記録し「最も暑い夏」になった。その猛暑があまりに強烈だっただけに忘れそうだが、1月には「10年に1度」の強い寒波が日本列島を襲っている。

 日本だけではない。地球規模の気候変動により、世界各地で熱波の一方で寒波が、豪雨の一方で干ばつが観測されている。気象学者はこうした極端な気象は今後国内外で頻発し「恒常化」すると指摘している。

7月後半の顕著な高温をもたらした大規模な大気の流れに関する模式図(気象庁提供)
7月後半の顕著な高温をもたらした大規模な大気の流れに関する模式図(気象庁提供)

 日本の「最も暑い夏」がコメや野菜、果実の品質や収穫量に深刻な影響を与えている。極端な暑さや寒さが恒常化すると、農産物被害も繰り返される可能性が高い。政府は2018年に「気候変動適応法」を成立させ、「気候変動適応計画」を策定。改定しながら国や自治体、事業者に分野ごとの対策を求めてきた。しかし頻発する異常気象に日本の農業はまだ十分に対応できていない。国内産の農産物を守るためにも、高温や低温に対する適応策や農業者らへの支援策が急がれる。

3カ月連続の最高気温から一転冬模様

 気象庁は10月2日に9月の平均気温が平年(1991~2020年の平均値)を2.66度も上回って1898年に始まった統計史上最も高くなったと発表。7、8月も過去最高気温を記録しており、7~9月は連続して過去最も暑かった。同庁によると、7月以降の日本列島は地球温暖化に加え、太平洋高気圧の勢力が強くなり、加えて偏西風(亜熱帯ジェット気流)が蛇行して北寄りを流れ、暖かい空気に覆われやすかったという。

 10月に入っても日本列島は暑い日が多かった。気象庁によると、気温は北日本でかなり高く、沖縄・奄美地方で高かった。10月の日本の平均気温は平年を0.43度上回り、2月以降9カ月連続で平年より高温が続いた。11月に入っても東京都心で27.5度を記録し、100年ぶりに11月の最高気温を更新した。

 気象庁が暖冬傾向を予想していたため、多くの人は記録的暑さの影響は冬にかけて続くと感じていたようだ。ところが11月中旬に入ると西高東低の冬型の気圧配置になり、上空に寒気が流れ込んで13日は各地で今季一番の寒さとなった。同庁によると、同日の最低気温は東京都心で7.9度、名古屋市8.7度、大阪市6.8度、北海道北見市では氷点下4.6度、岩手県盛岡市で0.4度を観測した。1週間もたたない間の冬模様は体調管理に注意が必要な寒暖差だ。

9月は国内のほとんどの地域で同月の平均気温より2度以上高かったことを示す図(気象庁提供)
9月は国内のほとんどの地域で同月の平均気温より2度以上高かったことを示す図(気象庁提供)

1等米比率は過去最低、野菜・果実も大打撃

 農林水産省が10月31日発表した9月末時点の2023年産1等米の全国平均比率は59.6%で、過去最低になった。同じ条件で調査を開始した04年以降最低値だ。道府県別では香川県の8.5%が最も低く、次に福岡県の11.0%。「コメどころ」の新潟県は13.5%で前年同期比60.9ポイントも減り、下落幅が最も大きかった。

 同省によると、今夏の記録的猛暑の影響でコメに高温障害が発生したことが主な原因。調査で2等以下とされた理由は、粒が白く濁るなど「形質」が65.5%を占めた。買い取り価格が高い1等米が減れば、コメ農家にとって大打撃だ。

高温によりコメの整粒(左)と比べ白未熟粒(中央)や胴割粒(右)が増える(農林水産省提供)
高温によりコメの整粒(左)と比べ白未熟粒(中央)や胴割粒(右)が増える(農林水産省提供)
コメの白未熟粒(左)正常粒(右)の断面(農林水産省/環境省提供)
コメの白未熟粒(左)正常粒(右)の断面(農林水産省/環境省提供)

 コメだけでなく、トマトやダイコン、ネギといった野菜類も不作になった地域が多く、価格が高騰し、10月下旬ごろには地域によっては平年の2倍以上の高値を付けた。農林水産省が主産地から行った聞き取り調査によると、10月の価格はダイコン、ニンジン、ネギが同月中平年より高値を付け、トマトが同月前半に、レタスが同月後半に平年を上回った。

 果実についても、青森県産などのリンゴの着色不良のほか、ミカンの浮皮(果肉と果皮の分離)、ブドウが柔らかくなって腐るといった高温障害の報告・情報が同省に相次いで届いた。

 今年1月の寒波は忘れがちだが、日本各地の広い範囲で記録的な低温を観測し、大雪により交通障害が多発した。そして日常生活に大きな影響を与えた。当時「10年に1度の最強寒波」と言われた大寒波は、野菜や果実の凍結被害を出した。また大雪によるハウス倒壊などの被害をもたらした。

 これまでにないレベルの今夏の猛暑や1月の寒波という異常気象による農産物の被害や価格高騰は、農業者や卸売業者らだけでなく消費者の家計も直撃している。

11月に入り野菜の価格は10月よりは落ち着きつつあるが、高値の傾向は家計も直撃する
11月に入り野菜の価格は10月よりは落ち着きつつあるが、高値の傾向は家計も直撃する

容易ではない適応計画による対策

 今年5月に一部改定された最新の気候変動適応計画では、コメ、野菜、果実ごとに気候変動や異常気象による影響の現状と将来予測を明示している。コメについては「既に品質の低下が確認され、一部の地域や極端な高温年には収量の減少が見られる」とし、「品質に関して高温リスクを受けやすい割合が著しく増加する」と今年の猛暑の前に既に予測していた。

 野菜については「40以上の都道府県で既に気候変動の影響が現われている」とした上で「キャベツなどの葉菜類は気温上昇による成育の早期化など、トマトなどの果菜類は果実の大きさや収量への影響が予測される」などと指摘している。

 また果実への影響について「かんきつ類は浮皮や落果、リンゴは着色不良や日焼け、ナシは発芽不良、ブドウの着色不良、柿の果実軟化」などと指摘。ミカンの栽培適地北上やブドウ、モモなどの主産県での成育障害を予測している。今夏の果実被害はほぼ、これらの予測通りになっている。

リンゴは高温環境で育つほど着色不良になる(農業・食品産業技術総合研究機構提供)
リンゴは高温環境で育つほど着色不良になる(農業・食品産業技術総合研究機構提供)
ミカンは温度や湿度が高いほど浮皮の傾向が強まる(農林水産省/農林水産技術会議提供)
ミカンは温度や湿度が高いほど浮皮の傾向が強まる(農林水産省/農林水産技術会議提供)

 適応計画は農産物の高温耐性品種の開発・普及のほか、高温・渇水に対応できる肥培や水管理、栽培時期調整などを推奨している。農業が関係する適応策としては、豪雨に対する「流域治水」の推進や土砂流対策の「砂防堰堤(えんてい)」設置なども例示している。

 こうした適応策の導入が進んだ地域もあるが、多くの地域では遅れている。高齢化が進む小規模農家にとって高温耐性品種への転換といった個別の適応策は容易でない。果樹は一度植栽すると通常は同じ樹で30~40年栽培する。永年性作物である果樹の品種転換も手間や時間、コストがかかる。

 今夏の高温による農作物被害を受けて、農水省は23年度補正予算案の重点政策に高温耐性品種の導入支援策などを盛り込んだ。異常気象は農業者の生産継続の障害になる。緊急支援策から中長期対策まで、継続したきめの細かい農業者支援は喫緊の重要課題だ。

 適応計画は温暖化を前提としているため、個別、具体的な寒波対策は見られない。今後も極端な気象が予測されており、改定では考慮する必要があるだろう。

環境変動に強い品種の普及を柱に

 環境変動、特に高温に耐性がある改良品種をつくる「育種」の試みや研究が進んでいる。適応計画でも高温耐性のある農産物品種の開発や普及を適応策の柱に定めている。

 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)は農業環境変動研究センターが中心になって2016年度から20年度まで「気候変動などの環境変動への対応及び生物多様性保全のための研究開発」を実施した。

 そして麦類、水稲を中心に高温耐性品種の活用や高温障害を防ぐ技術などの開発を進めた。この研究プロジェクトは気候変動の影響評価、適応技術、緩和技術や農業環境基盤情報の集積・解析・発信技術の開発を目指した。

 農研機構がこうした試みを続けた結果、高温に強い水稲品種「にじのきらめき」を育成に成功し、その後普及に努めてきた。同機構によると、国内で最も多く栽培されている「コシヒカリ」は玄米の品質に大きな影響を及ぼす出穂後20日間の日平均気温が27度以上になると白未熟粒が増加する。

 同機構が新潟、群馬、岐阜の3県で行った、「にじのきらめき」の調査では20日間の日平均気温が28度の高温でも1等米の目安の整粒歩合70%程度を維持できたという。

農研機構が育成した「にじのきらめき」。2019年の収穫の玄米粒。同年夏は高温が続いたが整粒歩合が高かったという(農研機構提供)
農研機構が育成した「にじのきらめき」。2019年の収穫の玄米粒。同年夏は高温が続いたが整粒歩合が高かったという(農研機構提供)
出穂後20日頃の「にじのきらめき」(左)と「コシヒカリ」の穂場での様子。農研機構は「にじのきらめき」では穂が葉の中に隠れているために、穂への直射日射量が少ないことや、穂の周りの葉の蒸散による冷却効果を受けやすい可能性があるとみている(農研機構提供)
出穂後20日頃の「にじのきらめき」(左)と「コシヒカリ」の穂場での様子。農研機構は「にじのきらめき」では穂が葉の中に隠れているために、穂への直射日射量が少ないことや、穂の周りの葉の蒸散による冷却効果を受けやすい可能性があるとみている(農研機構提供)

植物のストレス応答をさぐる研究も

 環境変動に対応する植物のメカニズムをさぐる研究も盛んに行われている。国際農林水産業研究センター(国際農研)と農研機構や京都大学、名古屋大学などの研究グループは、植物生産に深刻な打撃を与える干ばつの初期段階で植物が干ばつというストレスをどのように受け、反応(ストレス応答)しているかを解明した、と10月3日に発表した。猛暑による干ばつ下でも収穫量を確保する栽培技術の開発につながるという。

 また理化学研究所(理研)は、植物が気温上昇などの過酷な環境にさらされた時に細胞の働きを維持する「細胞小器官の小胞体」のストレス応答の仕組みを解明した、と11月2日に発表した。理研は「環境変動に耐性がある作物の育種に重要な知見を与えると期待できる」としている。

 気候変動そのものを何とか防ごうとする国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)第28回締約国会議(COP28)が今月30日からアラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開かれる。今世紀末までの気温上昇を1.5度に抑えることを目指して、各国の温暖化対策の総点検と対策強化の具体策や発展途上国への資金支援の新たな仕組みなどが主要議題になる見通しだが、議論は紛糾しそうだ。

 世界的に最高気温記録を更新した今夏の猛暑について国連のグテーレス事務総長は「地球沸騰化」と表現した。パリ協定の「1.5度目標」の達成については悲観的な見方が増えている。このため温暖化や気候変動の被害を何とか軽減しようとする適応策の具体化や普及は国を問わず一層重要になっている。

COP28のホームページ(NFCCC/COP28事務局提供)
COP28のホームページ(UNFCCC/COP28事務局提供)

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