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小型ロケット「イプシロンS」2段燃焼試験で爆発 秋田のJAXA実験場

2023.07.18

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 秋田県能代市の宇宙航空研究開発機構(JAXA)能代ロケット実験場で14日、開発中の小型ロケット「イプシロンS」の2段機体の燃焼試験中に爆発が発生した。機体は散乱し試験施設が損壊したが、けが人の情報はない。17日のJAXAの説明によると、爆発時の燃焼室内の圧力は実際の飛行時の最大値を下回っており、原因は不明だ。イプシロンSは昨年10月に運用を終了した「イプシロン」の改良型。来年度に初打ち上げを計画しているが、遅れる恐れが出てきた。イプシロン最終6号機が打ち上げに失敗したのに続き、今年3月にも大型の「H3」1号機が失敗しており、国産ロケット技術の信頼性に影を落とす事態が続いている。

イプシロンSの2段燃焼試験中に起きた爆発=14日午前、秋田県能代市(JAXA提供)
イプシロンSの2段燃焼試験中に起きた爆発=14日午前、秋田県能代市(JAXA提供)

開始1分足らずで一変、立ち上る黒煙

 試験はイプシロンSの3段構成のうち、2段機体の燃焼に関わる約170項目を計測する目的で14日午前9時から実施した。約2分間燃焼する計画で点火したが、約57秒で爆発した。JAXAの画像によると、当初は燃焼の炎と煙が試験棟の外へと横向きに正常に噴射したものの、爆発により「真空燃焼試験棟」が炎に包まれ、黒煙が上空へと立ち上った。消火活動の結果、午前10時半ごろ火勢を鎮圧した。試験棟や内部の設備が損壊し、隣接する建屋の窓ガラスが割れるなどした。試験時に600メートル以内の立ち入りを規制しており、けが人の情報はないという。

 JAXAが17日明らかにした調査によると、試験では点火後20秒ごろから燃焼室内の圧力が予測値から外れ始めた。その後、約57秒で約7.5メガパスカル(1メガパスカルは約10気圧)となり爆発した。ただ、飛行時にかかる最大圧力の8メガパスカルや、設計上の耐圧能力の10メガパスカルを下回っていた。試験データや映像、機体の検査記録などから原因の究明を進める。

当初は順調に進んだ燃焼試験=14日午前、秋田県能代市(JAXA提供)
当初は順調に進んだ燃焼試験=14日午前、秋田県能代市(JAXA提供)

 JAXAは「地域住民の皆様、地元地域をはじめ関係者の皆様に多大なご迷惑をお掛けすることとなり、深くお詫び申し上げます」と謝罪した。

 永岡桂子文部科学相は14日の閣議後会見で「開発中での爆発であり、まずは影響などを精査したい。これを糧として宇宙開発をしっかり進めたい」と述べた。高市早苗宇宙政策担当相は「日本は優れた宇宙関連技術を持っている。輸送能力の強化、つまりロケットを安定的に打ち上げられる環境を作っていくことが重要。しっかり原因を分析して対応していただきたい」とした。

イプシロン。写真は昨年10月に失敗した最終6号機(JAXA提供)
イプシロン。写真は昨年10月に失敗した最終6号機(JAXA提供)

 イプシロンは3段式の固体燃料ロケット。大型の液体燃料ロケット「H2A」や後継機のH3と共に政府が「基幹ロケット」と位置づけてきた。科学や観測、技術実証目的の小型衛星を搭載。1段をH2Aの固体ロケットブースターと共通化し、機体点検や管制を合理化するなどしてコストを抑え、2013年から昨年まで内之浦宇宙空間観測所(鹿児島)で打ち上げた。

 改良型であるイプシロンSは全長27.2メートル。打ち上げ能力は、重さ600キロの衛星を地球観測などに使われる太陽同期軌道に載せる場合に最高高度700キロとなり、イプシロンの同500キロから向上する。1段は、やはりH3の固体ロケットブースターと共通。機体上端のフェアリング(衛星カバー)が3段機体を覆わない構造にすることで、衛星を搭載して10日以内に打ち上げられるようにするなど、合理化を図っている。JAXAとIHIエアロスペース(東京)の共同開発で、2機目から同社に打ち上げ業務を移管する。イプシロンで50億円前後だった打ち上げコストの目標は非公表だが、将来は消費税と安全監理費用を除き30億円以下を目指すとみられる。

2段機体、目立った新機軸なし…なぜ爆発

 14日の2段燃焼試験は、先月6日に同じ能代実験場で行った3段の試験に続くものだった。イプシロンSの2段はイプシロンの全長4メートルから4.3メートルに大型化し、搭載燃料は15トンから18トンに増量。推力を470キロニュートンから610キロニュートンに高める設計だ。打ち上げで1段を分離後、2分程度にわたり燃焼する点は変わらない。試験に用いた機体は実機より小振りで、やや仕様が異なる。

2段機体の比較。イプシロン(左)に比べ、イプシロンSでは大型化しているが仕組みは同じだ(JAXA提供)
2段機体の比較。イプシロン(左)に比べ、イプシロンSでは大型化しているが仕組みは同じだ(JAXA提供)

 固体燃料ロケットは、燃料や燃焼の仕組みが液体燃料ロケットとは全く違う。液体燃料ロケットにはエンジンがあり、燃料や酸化剤をそれぞれポンプで加圧して燃焼室に送るなど、構造が極めて複雑だ。これに対し固体燃料ロケットは合成ゴムとアルミニウム、酸化剤を混ぜて固めた燃料を直接燃やす。燃料を触ったことのある人は「砂消しゴムみたい」と言う。燃料を燃やしガスを作って飛ぶ仕組みは、基本的にロケット花火と同じ。いったん点火すると途中で止められないが、構造が簡単で運用しやすい。飛行の精密制御の点では液体燃料が有利だ。なお固体燃料ロケットでは各段の燃料や容器、ノズルなど一式をモーターと呼び、エンジンとは呼ばない。

固体燃料ロケットと液体燃料ロケットの各段の基本的な仕組み。固体燃料ロケットはエンジンを持たないなど、構造が簡単だ(資料や取材を基に作成)
固体燃料ロケットと液体燃料ロケットの各段の基本的な仕組み。固体燃料ロケットはエンジンを持たないなど、構造が簡単だ(資料や取材を基に作成)

 このようにイプシロンSの2段は基本的に、イプシロンを大型化、強化したもので、目立った新機軸を採り入れてはいない。構造も比較的簡単で、今回爆発したことは意外といえる。JAXAの固体燃料ロケットの歴史上、燃焼試験で爆発したのは初めてという。原因は調査中だが、爆発したことからして、どこかに過大な圧力が生じたことが考えられ、解明が待たれる。

 なお実際の打ち上げでは、はるか60年あまり前の1962年、電離層観測などが目的のカッパ8型ロケット10号機が秋田県内で発射直後、爆発した例がある。この時は、固体燃料にムラが生じていたことが指摘された。

 ロケット開発の目的には打ち上げ能力向上やコスト低減、それらのための新技術の採用があるほか、技術の継承も重要とされる。日本は戦後、1950年代から固体燃料ロケット技術を積み重ねてきたが、ここへ来て、これが思った以上に高いハードルとなっている側面もあるのだろうか。

 今後、原因を究明し対策を講じるほか、試験棟の大規模な修復も必要となる。試験の再実施の時期などは未定といい、計画通り来年度にイプシロンSの初打ち上げができるかどうか、不透明さが出てきた。

基幹ロケット「自立性を確保する上で不可欠」

失敗したH3ロケット1号機=今年3月(サイエンスポータル編集部 腰高直樹撮影)
失敗したH3ロケット1号機=今年3月(サイエンスポータル編集部 腰高直樹撮影)

 政府の基幹ロケットは2003年のH2A失敗を最後に20年近く、地道に成功を重ねてきた。H2Aと、強化型で20年に終了した「H2B」を合わせると49機連続で成功。イプシロンも21年の5号機までは全て成功した。ところが昨年10月、イプシロン6号機の2段に姿勢異常が起き失敗した。原因は姿勢を制御するガスジェット装置の燃料タンクのゴム膜がちぎれ、燃料の配管をふさいだことだった。今年3月にはH3の1号機が種子島宇宙センター(鹿児島)から打ち上げられたが、2段に着火できず失敗した。エンジンの電気系統に過大な電流が発生したためとみられ、究明が続いている。いずれも搭載した衛星を喪失した。

 打ち上げ失敗が相次ぐ中、試験とはいえ今回の爆発を起こしたことで、日本のロケット技術の信頼性の影を濃くする形となったことは否めない。

 基幹ロケットは第一に、日本が防災や安全保障、科学技術などのあらゆる分野で、宇宙開発利用を自在に行うためのものだ。政策に基づく地球観測や測位の衛星、情報収集衛星のほか、太陽系探査機や宇宙ステーションの物資補給機などを、外国に頼らずに打ち上げる。政府は先月13日に閣議決定した新たな宇宙基本計画に、イプシロンSなどの基幹ロケットを「政府ミッションを達成するため、国内に保持し自立性を確保する上で不可欠な輸送システム」と明記している。

燃焼試験での爆発後、黒煙が高く上がった=14日午前、秋田県能代市(JAXA提供)
燃焼試験での爆発後、黒煙が高く上がった=14日午前、秋田県能代市(JAXA提供)

 主に大型衛星を担うH2Aなどに対し、イプシロンには小型衛星を効率よく打ち上げる役割がある。“先輩”の小型ロケットたちは、1970年に旧ソ連や米仏に続き日本初の人工衛星を打ち上げ、85年には固体燃料でありながら地球重力圏を脱出して彗星探査機を打ち上げるなど長年、日本の宇宙技術を世界レベルに引き上げてきた。国民的感動を呼んだ小惑星探査機「はやぶさ」(初代)も、2003年に「M5」ロケットが打ち上げている。

 用途のもう一つの柱はビジネスだ。基幹ロケットを存続させるにはロケットを高頻度に打ち上げて関連産業を維持、振興する必要があり、政府の衛星だけでなく、海外の衛星や商業衛星の受注が欠かせない。国産ロケットの競争力を高めようとH2Aは2007年、打ち上げ業務をJAXAから三菱重工業に移管して市場に参入。これまでに外国の衛星や探査機を有償で5回打ち上げた。イプシロンSを2機目からIHIエアロスペースに委ねる狙いも同様で、商業打ち上げへの本格参入を目指す。

 イプシロンSの1機目には、NECが開発を受注したベトナムの地球観測衛星「ロータスサット1」を搭載する。日本の政府開発援助(ODA)基金を利用したもので、ベトナム国家宇宙センターから住友商事が受託し、NECが開発、打ち上げ調達、現地の人材育成などを一括受注したもの。国産小型ロケットが海外の衛星を打ち上げるのは初めてとあって、宇宙産業の海外展開の重要ステップとして注目されている。それだけに、イプシロンSの開発が、今回の爆発から早く立ち直ることが強く期待される。

イプシロンSとH3、晴れて飛翔する日を

イプシロンSが打ち上げるデスティニープラスの想像図(JAXA提供)
イプシロンSが打ち上げるデスティニープラスの想像図(JAXA提供)

 先月改訂された宇宙基本計画工程表によると、イプシロンSは順調なら来年度に3回打ち上げる。ロータスサット1と、小惑星「フェートン」を探査する深宇宙探査技術実証機「デスティニープラス」、実証用部品や機器を積んだ複数の衛星を搭載した「革新的衛星技術実証4号機」だ。その後も2026年度に同5号機を計画するなど、技術実証や宇宙科学に関わる衛星の打ち上げが続く。

 なおH2Aロケットは、失敗したH3と技術的に共通する部品で、失敗原因となった疑いの拭えないものについて対策を講じ、47号機が来月26日に打ち上げられる。日本初の月面軟着陸に挑む技術実証機「スリム」と、2016年に運用ミスにより失われたエックス線天文衛星「ひとみ」の代替機「クリズム」を搭載する。ただ、今回の爆発原因が不明となると、H2Aの固体ロケットブースターは大丈夫だろうか。

 ウクライナ侵攻により世界は突如、ソユーズ、プロトンといった宇宙大国ロシアのロケットを恐らく長期に利用できなくなった。各国の官民による宇宙利用が進む中、市場は深刻なロケット不足に陥っている。次世代大型機の欧州「アリアン6」や米「バルカン」は延期を経て年内の初打ち上げを目指す。欧州の新小型機「ベガC」も昨年末、2段の異常で打ち上げに失敗した上、先月末の燃焼試験が不調に終わっている。

 技術的にも政治的にも安定して利用できるロケットを世界が切実に求める中、日本が技術的な苦難から脱することは国内の問題にとどまらず、“宇宙先進国”として必達の責務だろう。イプシロンSとH3が晴れて飛翔する日を待ちたい。

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