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チャットGPT、世界に急速普及して期待と懸念が交錯 G7で国際ルールの策定目指し議論

2023.04.27

内城喜貴 / 科学ジャーナリスト、共同通信客員論説委員

 対話型の人工知能(AI)「生成AI」の一つ「チャットGPT」の利用者が世界各国で急増している。手元のパソコンやスマートフォンからの求めに応じて自然な文章などを作ってくれるという簡便性から急速に普及した。想定される活用分野はビジネス、行政、教育など幅広いだけに、このツールへの期待と懸念が交錯し、活用の仕方や規制に関するさまざまな議論が国内外で盛んだ。

 主な懸念材料は偽情報の流布、著作権侵害や個人情報の無断使用などで、イタリアなど欧米諸国では禁止を含めて規制の動きが出ている一方、日本政府は今のところ規制には慎重姿勢だ。4月29、30日に群馬県高崎市で開かれる先進7カ国(G7)デジタル・技術相会議では、活用や規制に関する国際ルールの策定に向けて議論する。ここで採択される共同宣言は5月のG7首脳会議に引き継がれ、人類に資するAIの在り方が議論される見通しだ。

 日本国内ではチャットGPTを利用する方針を決めた企業や自治体が現れる一方、学生の安易な利用にくぎを刺す大学が出るなど、利用の賛否を巡り、熱を帯びたさまざまな意見が交わされている。議論のテーマや方向性はさまざまだが、課題を体系的に整理しながら、冷静に検討、対応すべきだろう。

オープンAIのチャットGPT公式サイト(オープンAI提供)
オープンAIのチャットGPT公式サイト(オープンAI提供)

利用者、2カ月で1億人超

 チャットGPTは、起業家のサム・アルトマン氏らが2015年に共同で設立した米新興企業「オープンAI」が開発し、昨年11月にプロトタイプを公開した。操作が簡単で多言語に対応できるため利用者は2カ月で1億人を超えた。質問を入力すると自然な文章で回答するほか、文章の要約、翻訳などもできる。現状では得意な質問と苦手な質問があり、質問の仕方により回答が不正確なケースも多く報告されている。

 AIがインターネット上などに存在する膨大なデータを学習し、それを基に適切な答えを探して利用者に提示する。これがチャットGPTの基本的な仕組みだ。オープンAIは、自然言語処理や画像認識などで広く使われている「トランスフォーマー」と呼ばれる深層学習モデルを利用した。トランスフォーマーは入力データを学習できるのが最大の特長。同社は独自のLLM(大規模言語モデル)を開発し、ネット上の数千億もの文章のデータをAIに学習させて完成した。チャットGPTは深層学習のたまものといえる。

 利用方法の応用編としては調査・分析や、プログラミングもあり、テーマを指定すれば調査や提案もするが、代表的、初歩的な使い方は「質問に対する回答・応答」だ。使い方の基本はまず、オープンAIの公式サイトを開け、登録画面にメールアドレスで自分のアカウントを作成する。登録が完了すれば誰でも利用できる。現在、無料版と高度な利用ができる有料版とがある。質問などは無料でできる。

 例えば「日本の現在の科学技術の課題は何ですか」と質問すると、即座に「人口減少に伴う研究者不足」「インターネットによる個人情報漏洩の問題」「エネルギー問題」など、5つの課題を挙げた。この回答の評価はどうだろう。どの課題も既に指摘されているが、科学技術に関わる問題は多種多様で視点によっては5つ以外にもある。

質問の場合、下部のメッセージに質問を記入する。日本語でも可能(チャットGPT画面から、オープンAI提供)
質問の場合、下部のメッセージに質問を記入する。日本語でも可能(チャットGPT画面から、オープンAI提供)
チャットGPTの質問と回答例
チャットGPTの質問と回答例

起源は人工ニューラルネット

 AIの進歩に大きく貢献した深層学習は、人間の脳の神経細胞の仕組みを再現した多層ニューラルネットワークを利用した技術だ。

 ニューラルネットの起源はカナダ・トロント大学名誉教授のジェフリー・ヒントン博士の研究成果とされる。同博士は1970年ごろから「人工ニューラルネット」の研究を始めた。人間の脳の仕組みをモデルに、膨大な神経細胞の活動パターンを用いて学習するという独創的な発想に基づいて提唱した。しかしコンピューターの処理能力不足などから実用化研究は進まず、1990年代は「AI研究の冬の時代」とまで言われた。

 そうした中でもヒントン博士らの研究グループは2002年に高速アルゴリズムを発表、09年に多層ニューラルネットによって音声認識技術を劇的に向上させ、12年にはさらに進歩したネットワークで画期的な画像認識技術を実現させるなど、深層学習を使ったAI技術に革命をもたらした。同博士は19年に本田賞(主催・本田財団)を受賞している。

 深層学習を利用したAIは現在、社会のさまざまな分野で利用されている。16年に米グーグル傘下の英国ベンチャー企業ディープマインドがAI囲碁ソフト「アルファ碁」を発表、世界トップクラスの棋士に勝ち越してAI技術の威力を世界に印象付けた。

 米グーグルやアマゾン・コムなども生成AIを使ったサービスを始めており、類似のツールを開発中の企業が相次ぐなど、生成AIの登場は大きなビジネスチャンスとして世界的な競争が激化している。

2019年11月に本田賞を受賞し、受賞記念講演するジェフリー・ヒントン博士
2019年11月に本田賞を受賞し、受賞記念講演するジェフリー・ヒントン博士

企業での利用が広がるも、学術分野では警戒感

 オープンAIは3月に最新の「GPT-4」を公開し、この頃からチャットGPTの世界的な普及が一層拡大した。現在の国内外の関心や注目度の高まりはかつてないものになっている。こうした国内外の社会の反応や反響は業務、業務効率化やコスト削減を期待される活用、応用分野の広さを反映しているといえる。

 チャットGPTは文章の加工や要約、翻訳などが簡単にできるため、まず企業での利用が広がっている。自社の情報や用語、業界関連用語などを事前に学習させれば個別の企業に特化した使い方ができるという。経済団体の幹部らの間では利用に前向きな意見が多い。メガバンクや証券会社がいち早く導入を表明している。チャットGPTではないが、パナソニックホールディングスも傘下の企業がつくった生成AI「PX―GPT」をグループ企業の全社員約9万人で利用するという。

 一方、利用への懸念や反対の声も多く聞かれる。その主な理由は、正確性への疑問、情報漏えい、著作権に抵触する情報の勝手な使用などだ。特に学術分野では警戒感が強い。生成AIが作成した論文が横行して盗用が広がりかねないとの懸念からで、米科学誌サイエンスは生成AIを使っての論文執筆を禁じるという。芸術の分野も絵画や音楽が無断で使われれば著作権が侵害されるとの心配が広がっている。

 大学の多くはAIが進歩した一つの形態として生成AIの誕生を評価しつつ、リポート作成での利用を禁止する文書を学内向けや公式のサイトに掲載するなど、対応に追われている。上智大学は3月下旬にいち早くリポートや学位論文作成時に無許可で使うことを禁止した。

 4月に入ると多くの大学が相次いで対策に乗り出した。東京大学や東北大学、大阪大学、早稲田大学などが、「リポートは学生本人の作成が前提でAIのみを用いて作成することはできない」(東京大学)などと、表現は大学で異なるもののチャットGPTの特長や問題点などを説明しながら学生や職員の安易な利用に注意喚起している。

自治体や学校現場で検討や戸惑い

 自治体では神奈川県横須賀市が4月20日、業務効率化のために全国の自治体としては初めて試験導入した。同市によると、約1カ月間、広報の作成や議事録の要約に使い、有効なら本格的に導入する。また、機密情報や個人情報の漏えい、流出を防止するために秘匿性の高い情報の入力を禁止しているという。

 横須賀市での試みは今後広がる可能性があり、検討を始めた自治体は多い。兵庫県や香川県の知事は記者会見で利用に前向きな姿勢を示し、具体的な利用方法と注意点を検討することを明らかにしている。こうした動きに対し、鳥取県の平井伸治知事は20日、政策策定や議会答弁作成など、さまざまな業務での使用を禁じると発表している。

 小学、中学、高校の初等、中等教育の現場からは日常的な学習での利用について賛否両論や戸惑いの声が聞かれる。

 文部科学省の「GIGAスクール構想」もあって既にタブレット端末を児童、生徒に配布している学校は増えている。チャットGPTは児童、生徒でも簡単に使えるため、「調べもの」に使える半面、作文などで安易に使うなどの悪影響も指摘されている。「依存しすぎると文章力や思考力の低下を招く」などと警告する専門家は少なくない。

 このため、文部科学省は教育現場での取り扱いを示すガイドライン(指針)の検討を始める。松野博一官房長官が4月6日の記者会見で明らかにし、「新たな技術の活用についてはメリットとデメリットの両方に留意することが重要だ」と述べた。先行事例の調査を実施し、専門家の意見を聞くなどして指針をまとめるという。

 また7日に記者会見した永岡桂子文部科学相は「新たな技術の生成AIをどう使うかという視点や、生成AIの回答を批判的に吟味して自分の考えを形成するために生かす視点が重要だ。文部科学省としては学校現場が主体的判断をするために参考になる資料(指針)をできるだけ速やかに取りまとめたい」と語っている。

4月7日に閣議後記者会見する永岡傾向桂子文部科学相(文部科学省提供)
4月7日に閣議後記者会見する永岡桂子文部科学相(文部科学省提供)

欧米は規制の方向、日本政府は前向き

 チャットGPTなどの生成AIの利用については欧州主要国や米国などから規制の動きが伝わる。

 共同通信によると、イタリア政府は3月31日、チャットGPT を一時的に使用禁止にすると発表した。膨大な個人情報を違法に収集した疑いがあり、13歳以上を想定している利用者の年齢確認の仕組みがないことなどを問題視した措置で、禁止は世界でも初めてという。ドイツやフランスも規制の方向で具体策を検討している。

 バイデン米大統領は4月4日、ワシントンで開かれた科学技術諮問会議で「議会は(AI)企業の個人データ収集に厳しい制限を課す法案を可決する必要がある」と発言。生成AIが利用者のプライバシーを脅かす可能性があることに懸念を表明した。米議会では個人情報保護のためのデータの扱いを規制する法案が審議されている。

 こうした欧米の動きに対し、日本政府は現段階では規制に慎重な姿勢で、関係閣僚からは利用に前向きな発言が聞かれる。

 チャットGPTの利用について河野太郎デジタル相は7日や11日の記者会見で、懸念や課題をクリアする必要があるとした上で政府部内や中央省庁での文書作成などに活用する考えを示した。西村康稔経済産業相は21日の記者会見で「仕事などを抜本的に変える可能性がある」と述べ、新たなサービスの創出に積極的に取り組む意向を示した。

 また高市早苗経済安全保障担当相は14日の衆院内閣委員会で業務効率化など、利用の利点を強調し、「現状では使用を禁止する考えはない」と述べている。松野官房長官も同様の答弁をし、政府として規制の予定はないことを明言している。政府は24日、生成AIを政府の業務で利用する際の課題を検討する省庁横断の「AI戦略チーム」初会合を開き、総務省、経済産業省、文部科学省、デジタル庁などの担当者が参加した。

英知集め正しく賢い活用を

 G7デジタル・技術相会合ではAI活用に伴う社会的リスクや有用性、個人情報の保護などが主要議題になる。政府は国際ルールの策定に向けた道筋を付けたい考えで、現在内閣府やデジタル庁などが共同宣言案の詰めの作業を行っている。

 政府関係者によると、宣言案は「信頼できるAI」「責任あるAI」を掲げ、「AIガバナンス」の推進や適切な利用に向けた文言を盛り込んでいる。また行動計画の策定も目指すという。

 宣言案づくりの基礎になったのは、政府の統合イノベーション戦略推進会議(議長・松野官房長官)が昨年4月にまとめた「AI戦略2022」だ。ここでは「人間尊重」「多様性」「持続可能」の3つの理念を掲げ、「産業競争力向上」「大規模災害など危機への対処」など5つの戦略目標を定めている。

「AI戦略2022」の概要(内閣府提供)
「AI戦略2022」の概要(内閣府提供)

 この日本のAI戦略を受け、政府部内には産業競争力を高めるためにも生成AIを積極的に利用したいとの意向が強い。規制に動き始めた欧州主要国や米国とは温度差がある。このためG7のデジタル・技術相会合や首脳会議で議長国の日本は、どのような議論を展開し、AIの開発と利用の規律に関する国際ルールにつながる議論をまとめることができるか指導力が問われる。

 AI技術の進歩は急速だ。いったん生まれた技術の普及を止めるのは難しい。利便性が高く、誰でも使えるとなればなおさらだ。この社会が、AI社会を生きる一人一人が、知恵やリテラシーを試されている。新たに登場した生成AI、チャットGPTというツール。英知を集め、正しく賢い活用を期待したい。

G7デジタル・技術大臣会合のホームページ(上)と出席する議長国の日本政府3閣僚(内閣府提供)
G7デジタル・技術大臣会合のホームページ(上)と出席する議長国の日本政府3閣僚(内閣府提供)

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