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今後のAI戦略は学問の総力戦で人材育成も急務(國吉康夫 氏 / 東京大学大学院情報理工学系研究科教授)

2016.05.24

國吉康夫 氏 / 東京大学大学院情報理工学系研究科教授

総務省、文部科学省、経済産業省、科学技術振興機構、新エネルギー・産業技術総合開発機構主催「第1回次世代の人工知能技術に関する合同シンポジウム」(4月25日)から

國吉康夫 氏
國吉康夫 氏

 今日は大学の研究者の立場からお話ししたい。比較的自由な立場からの意見として聞いていただきたい。まず共有したいのは最近の人工知能(AI)の進歩の激しさだ。「ディープラーニング(深層学習)」がきっかけになって画像認識が話題になった。グラフを書くと分かるが例えば2010年から15年の画像、物体認識に精度はうなぎ上りであることが分かる。再三話題になった「アルファ碁」もそうだがディープラーニングで成功している。

 ゲームの世界での人工知能の進歩を見ると1997年にチェスで勝ち、2013年に将棋に勝った。この進歩をリニアに延長するとAIが碁に勝つにはその時点から10年はかかると皆が言っていたが、昨年「アルファ碁」が勝った。指数−関数的な進歩と言われているが確かにそうなっている。指数−関数的な進歩はあなどれなくて、ものすごい速度で加速する。例えば数年前は10年先と言われていたのが数ケ月となり、その次は数日という風に激しく(進歩の間隔が)縮んでいる。

写真 4月25日に日本科学未来館(東京都江東区青梅)で開かれた「第1回次世代の人工知能技術に関する合同シンポジウム」
写真 4月25日に日本科学未来館(東京都江東区青梅)で開かれた「第1回次世代の人工知能技術に関する合同シンポジウム」

認識、探索、動作性能が格段に向上

 ディープラーニングは認識、探索、動作の性能を格段に向上させていて、それとビッグデータの技術が合体することでさまざまな応用分野で力を発揮している。ただそれらは、実はこれまでAIができるはずと言われながら、なかなかうまくいかなったことがディープラーニングで実際にできるようになったという構図だ。そういうことがあちらこちらで起きている。しかし逆に言うと従来のAIの枠内でのできごととも言える。AI囲碁(アルファ碁)も盤面の中に限定された世界でのことで、その中では劇的に進歩しているが、このあとそれを越えられるかどうかだ。

 これまで激しく進歩して今日の日を迎え、産業界も国もこれからオールジャパンで推進していこうということで進歩も期待できる。しかし、これから一体どこに行けばいいのだろうか、何ができるようになるのか。何を目指せばいいのか。この大きな流れの先にどういう将来を作るのかということが必ずしも明確に描けていない。人工知能の戦略会議が立ち上がって検討されるので期待したいが、ここ数年思ってきたのは、AIの進歩についてどんどん盛り上がる中で一体どこを目指すのか、ということだ。

 今のAI研究のベクトルがどの方向に向かっているのか、を見ると、ひとつはロボットやIoTなど実世界に働きかける機能。IoTはコンソーシアムが立ち上がってわが国でも注目が集まっている。グーグルなどもやっているようにAIとIoT・ロボットの合体が世界のあちらこちらで起きている。もうひとつは人の心に働きかける方向だ。現在盛り上がり進歩している。ペッパーやアメリカのジーボというロボットは人間とのインタラクションを得意とする。IBMはワトソンのツールの一つとしてユーザーがどういう状態で何を望んでいるかをモデル化している。心的状態の推定ができる。ツイッターなどのテキスト情報から今どういう気持ち、気分でいるかを、最近ではさらにパーソナリティを推定する方法が発表されている。

情報の意味をきちんと扱う機能が必要に

 別の分野ではカメラ画像から人の顔を見るだけでその人の心拍や心拍変動を見てストレス状態まで推定できる。これが常識的な技術になっている。人の心を読み、働きかける方向が強く出ている。つまり「人間性」を考える方向が大事だ。実世界と人間的知能の二つがキーポイントになっている。これからどういう方向に行くかを考えると実世界的な知能に加え人間的な人工知能があるのではないかと考えている。

 日本ロボット学会、人工知能学会などが数年前にロードマップをつくり未来のイメージを描いた。未来の人間社会がどういう社会になるかについて「情報技術の発展」を軸に検討した。その中でいくつか重要なポイントを挙げた。まず、ソフトウエア、ハードウエア、つまり情報と、物理と人間との融合の課題がある。また情報の意味をきちんと扱う機能が必要になる。計算の速度とか情報の量はこれから膨大になる。そこからから意味をしっかり理解することできるか、が問われるようになってきている。

 世界でいろんなことが起きてデータが得られる。そのデータを処理して何か結果を出した、ということを考えた時に、理論的には、情報処理を重ねるごとに(情報が)減ることはあっても元より増えることはない。最初に情報を取るときに勝負は決まっているとも言える。

 画像からユーザーが何を行っているかを認識する場合、例えば天井や頭でなく、手にカメラが付いていると、作業中に手で持ったものが大きく安定して見えるので(人工知能は)認識が上手にできる。これはディープラーニングが機械の中で同じように処理していても情報の取り方を少し変えるだけで性能がぐんと上がる例だ。同じことは出力側についても言えて、同じ処理の結果でも、どういう身体構造を通して物理世界に働きかけるかで結果が変わる。

写真 「第1回次世代の人工知能技術に関する合同シンポジウム」で講演する國吉康夫氏
写真 「第1回次世代の人工知能技術に関する合同シンポジウム」で講演する國吉康夫氏

日本的な美徳、スキルの機能が重要に

 もう一つの古典的AIの問題として、例えば、AIが積み木を積みて何かを作ろうとしている。AIが考えて置いた積み木が偶然傾いて崩れてしまったとする。その崩れた状態は、このAIがいままで見たことがない状態なので(思考が)破綻してしまい理解できない。積み木をさらに取ろうとしても積木は転がったりしてどんどん混乱が広がってしまう。これが古典的なAIの限界だった。

 まとめると、情報の取り方や、処理結果を世界に出す方法で知能が大きく変わること、また、(積み木が崩れてしまったといった)外で起きた、見たことのない状況でも瞬時にうまく対応ないし活用すること、これらをきちんと扱わないと、実世界で機能するAIはできない。そのためには、「身体性知能」「行動創発」「認知発達」が重要で、こういった新しい能力を、生物の知能の仕組みにヒントを得ながら解明し、つくる研究が必要だ。我々を含め、主に日欧の先端的な研究グループがこれを進めていて、強みがある。我々は、人間の赤ちゃんが身体と環境を通して行動を「創発」しながら新たな情報を次々に獲得し、脳がそれを学んで発達するモデルを作ることで、新たな知能の仕組みを根源から解明し、つくろうとしている。

 将来の話として、全地球・全人類がセンサーやネットワークを介してつながり、ロボットが人間生活のあらゆるところに浸透する。その結果、リアルタイムであらゆる人をつなげて、どんどん人の関係を調整していくことも実現するだろう。別の言い方をすると人工交渉知能のようなものだ。その中で、「察する」とか、「思いやり」とか「きめ細やかさ」「すり合わせる」といった、日本的な美徳とかスキルに関わる機能が重要になってくる。

 自分の心と実世界とを瞬時に考慮して調整する。そうしたことがリアルタイムで全地球的ネットワークで起きる。新しいテクノロジーで実現可能な多次元価値で結ばれる。より進化する。民主主義についても多数決原理だけでなく、多様な意見の統合などもできるようになるだろう。

「人間性」「人間の進化」について考えることが重要

 人類は(技術、文化)を通して人間とは何かを作り出してきた。AIを人のためになるものにするためには「人間性」について積極的に考え、AIに深く埋め込んで人間的にすべきではないかと考えている。非人間的な機械は危険だし、人間社会に受け入れられないと思う。AIを取り込んで人間そのものはどう進化するかを考えていくべきだ。倫理とか価値とかいったことが重要になる。これは文系だけの問題でなく科学技術の問題として考えていくことが重要になっていく。また人文科学が知能、ロボットを扱うことも必要だ。

 AIは激しく進歩しているが将来ビジョンはまだはっきり見えない。これは作らなくてはいけない。ディープラーニングが大きな成果を挙げ、これからはIoTやロボットと合体して、どんどん進めていくべきだし進んでいくだろう。これまでは古典的なAIの枠組みだった。今後は実世界と人間性の方向がどんどん重要になる。実世界に関しては身体性知能の研究とセンサーやロボットなどものづくりが、人間性については認知発達研究と気配りや思いやりと倫理などが重要。実は、これらは日本の強みがある分野。そしてこれらを取り込んだ新しいAIは、社会経済の新たな駆動原理になる。AIが社会を変えていく可能性がある。このへんが重要な話題になっていく。

 学問としての総力戦になる。人文科学とも一体となっていくことが必要だ。人材育成も急務だ。こういう研究進める人材が少ないことも深刻な問題だ。これらを進めるには、もっと大きなスケールで産学官連携でやっていく必要がある。

(内城 喜貴)

國吉康夫 氏

國吉康夫氏プロフィール
1991年東京大学大学院修了、工学博士、電子技術総合研究所研究員、1996〜97年マサチューセッツ工科大学(MIT)人工知能研究所客員研究員、2001年東京大学助教授、2005年同教授。2012年から理化学研究所BSI-トヨタ連携センター長兼務。新学術領域研究「構成論的発達科学」領域代表。日本ロボット学会論文賞、IJCAI(国際人工知能学会)最優秀論文賞など受賞多数。日本学術会議連携会員、日本ロボット学会フェロー。

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