レビュー

地球外生命“発見前夜” 木星衛星へ、日本参画の探査機が船出

2023.04.17

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 「生命は必ずしも我我の五感に感ずることの出来る条件を具(そな)えるとは限っていない」とは芥川龍之介の言葉(警句集「侏儒(しゅじゅ)の言葉」)だが、どうだろう。21世紀の今、人類はこれに挑む新たな探査機を宇宙へと放った。地球外生命の手がかりを木星の衛星で探す欧州の「ジュース(JUICE)」だ。日本は重要な観測機器の開発や科学研究で参画している。木星到着は8年後。果たして木星の衛星に生命がいて、科学技術で磨き上げた“五感”がそれを捉えられるだろうか。

木星の衛星ガニメデを周回する探査機「ジュース」の想像図(JAXA提供)
木星の衛星ガニメデを周回する探査機「ジュース」の想像図(JAXA提供)

「人類最大の疑問に答える」

 ジュースは日本時間14日午後9時14分、南米の仏領ギアナの宇宙センターから欧州のアリアン5ロケットで打ち上げられた。順調に飛行し28分後、高度1500キロで地球脱出軌道へと正常に投入。さらに22分後、ジュースの信号を地上で確認すると、管制員らが拍手をし、抱き合って喜んだ。欧州宇宙機関(ESA)のヨーゼフ・アッシュバッハー長官は「人類最大の疑問に答えるべく、私たちは共に科学と探査の境界を押し広げていく」とコメントした。ESAは翌15日夜、地球を離れゆくジュースが撮影した初画像を公表した。

 ESAにとって初の木星系探査であり、長期計画「コズミックビジョン」の最初の大型探査として開発に注力してきた。燃料込みの重さが6トン、太陽電池を広げた幅が27メートルという太陽系探査機史上最大の機体に、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と情報通信研究機構(NICT)が開発に関わった4台を含む、10台もの観測機器を搭載した。

 今後は地球や月、金星の引力などを利用して軌道と速度を変える「スイングバイ」を重ね、2031年7月に木星の周回軌道に到達する。木星の大気や磁気圏を観測し、3つの衛星に計35回接近して探査した後、34年12月、3つのうち一つで、最重点のガニメデの周回軌道に投入される。35年9月にガニメデに衝突し役目を終える。ジュースは「木星氷衛星探査機(JUpiter ICy moons Explorer)」を縮めた名称だそうだ。打ち上げ成功を祝い、関係者はジュースで乾杯したのだろうか。

(左)ジュースを搭載し打ち上げられるアリアン5ロケット=日本時間14日夜、仏領ギアナ(ESA提供)、(右)打ち上げ4分後にジュースが撮影した地球(ESAなど提供)
(左)ジュースを搭載し打ち上げられるアリアン5ロケット=日本時間14日夜、仏領ギアナ(ESA提供)、(右)打ち上げ4分後にジュースが撮影した地球(ESAなど提供)

ガリレオ発見の衛星に海は? そして…

 「欧州主導だが、日本がサイエンスで非常に重要な役目を果たしている。ついに日本が太陽系の巨大ガス惑星、そして生命の可能性に本格的に足を踏み入れる、記念すべき探査となる」。生命の起源を追究し、ジュースのJAXAチームで科学研究を統括する東京工業大学地球生命研究所の関根康人所長は、言葉に力を込める。

 木星は太陽から見て、地球の2軒先の惑星。直径が地球の11倍、重さ318倍で、恒星になり損ねた太陽系最大の惑星だ。地球や火星のような固い地面はなく、重さのほとんどを水素とヘリウムが占める。そのため土星と共に、ガス惑星に分類される。

 ではなぜ、生命探しを木星で? ジュースが目指すのは、木星が従える大小95ともいわれる衛星のうち3つだ。木星には内側から順にイオ、エウロパ、ガニメデ、カリストの四大衛星があり、1610年にガリレオ・ガリレイが発見したことからガリレオ衛星とも呼ばれる。このうち活火山があるイオを除く3つは、表面が厚い氷で覆われた「氷衛星」。これらでは、木星の巨大な重力で生じる潮汐(ちょうせき)作用のために氷が変形するなどして、熱が生じている。そのため地下に、氷が溶けてできた海があると考えられる。関根所長によると、エウロパは地下海の存在が確実視され、ガニメデも可能性が高い。そしてこの10年あまりの研究で、木星や土星の氷衛星の海に生命がいる可能性が、盛んに語られるようになっている。

ガリレオ衛星。右上から時計回りにイオ、ガニメデ、カリスト、エウロパ(NASA提供、合成写真)
ガリレオ衛星。右上から時計回りにイオ、ガニメデ、カリスト、エウロパ(NASA提供、合成写真)

 生命を育むには液体の水、有機物、エネルギーの3要素が必要と考えられる。地球でこれらがそろう場所には、必ず生命がいるのだとか。そこで、この3要素がこれらの星にあるかどうかが関心事となる。

 地球の深海底には、マグマで温められた熱水の噴出孔がある。ここでは水と岩石が高温で反応しており、できた水素などを手がかりにエネルギーを得て暮らす微生物による独特の生態系が知られている。氷衛星の海にも、エネルギーや有機物が存在するのではないか。もし生命が存在すれば、代謝活動による物質や体の一部の物質があるのでは。そこでジュースが上空から、地表に噴き出したり落ちたりした海水の成分を調べる。

 「既に土星の衛星の地下海の成分を、日本の地球化学や地質学、惑星科学が連携し、世界に先駆けて明らかにしている。日本はリードしており強みがある」と関根所長は言う。土星の衛星エンケラドスでは探査機のデータや再現実験を基に、生命の3要素を満たし、海底に熱水噴出孔のようなものがあることが既に分かっている。

 一方、ジュースを追うように米国も来年10月、エウロパへと探査機「エウロパクリッパー」を打ち上げる。一見、地味な存在にも見える木星の衛星で、米欧が“人類史上最大の発見”を競う構図もうかがえる。

木星の大移動、太陽系にどう影響

ハッブル宇宙望遠鏡が2019年に撮影した木星(NASA、ESAなど提供)
ハッブル宇宙望遠鏡が2019年に撮影した木星(NASA、ESAなど提供)

 ジュースが挑むもう一つのテーマは、太陽系の生い立ちだ。実ははっきり分かってはいない。

 原始の太陽系でまず、ガスやちりが集まった雲から小さな天体ができ、小さな天体が衝突と合体を繰り返して惑星に進化したと考えられている。太陽の近くは高温でいったん水が蒸発するため岩石の星、遠い場所は低温のため氷でできた星が並ぶなどと、説明されてきた。ところがこの20年あまり、太陽系の外で、それまでの理論で説明できない惑星が次々見つかっており、惑星系形成の理論は振り出しに戻ったような状況になっている。

 小惑星探査機「はやぶさ2」の成果などから、水や有機物が太陽系の広い範囲に行き渡ってきたことが分かってきた。その原動力は、巨大な重力を持つ木星が移動したために太陽系内がかき回され、水や有機物を持つ多くの小天体がばら撒かれたことだとの見方がある。

 太陽系のありようを大きく左右したとみられる木星がいつどこで、どうやってでき、移動してきたのか。その真相に迫るには、起こったできごとの証拠がすぐ消えてしまうガスでできた木星では難しい。クレーターなどが残りやすい固体ででき、しかも木星と共に歴史を歩んできた衛星を調べるのが好都合だろう。木星の衛星を詳しく調べることは、地球にも届いたと考えられる生命の材料物質の由来を含め、太陽系の歴史を知る重要な鍵となりそうだ。

 木星のような巨大惑星は太陽系外でも多数見つかっており、これらが移動する可能性を考える手がかりも期待される。関根所長は「地球のように海や大気を持つ惑星が誕生する確率や、生命が特別な存在かどうかの理解につながる」と説明する。

地球とは異なる磁気圏の理解へ

 地球や木星など一部の惑星には、星全体が大きな磁石のようになった磁場がある。一方、太陽からは電気を帯びた粒子、プラズマが太陽風として吹き出している。磁場は太陽風に抑え込まれる形で、磁気圏を作って地球を包んでいる。もし磁場がなかったら、太陽風が地球の大気を吹き飛ばしてしまうし、太陽風がなかったら宇宙の彼方から届く生命に有害な粒子が、地球にバンバン降り注いでしまう。磁場や磁気圏、太陽風の性質を知ることは物理学の知識を深め、星が生命を育む条件の理解につながる。

 木星は太陽系最強の磁場を持って高速で回転し、周辺のプラズマを猛烈に加速している。その詳しい仕組みや影響を調べることが、ジュースのもう一つの重要なテーマだ。衛星イオから発生するプラズマの加速や、太陽系の衛星で唯一、固有の磁場が見つかっているガニメデを詳しく調べる。

 ジュースのJAXAチーム長を務めるJAXAの齋藤義文教授は「ガニメデの固有の磁気圏がさらに、木星の大きな磁気圏に入っている。このような地球とは違う特殊な条件で起きていることを知り、現象の理解を深めたい」と言う。また関根所長は「プラズマの観測は地球外生命の研究にも重要」と付け加える。氷衛星の表面に叩きつけられるプラズマにより、氷が分解して酸素などが生まれるからだ。

ガニメデの磁気圏を調べるジュースの概念図。木星の磁気圏の中にあり、“磁気圏の二重構造”となっている(JAXA提供)
ガニメデの磁気圏を調べるジュースの概念図。木星の磁気圏の中にあり、“磁気圏の二重構造”となっている(JAXA提供)

日本、観測機器開発で重要な役割

 日本はジュースの4つの観測機器の開発で、重要な役割を果たした。NICTが衛星の大気や地表面を観測する「テラヘルツ分光計」を、JAXAがガニメデの地形やその変動を調べる「ガニメデレーザー高度計」と、プラズマが衝突してできる中性粒子を観測する「プラズマ環境観測パッケージ・非熱的中性粒子分析器」、磁気圏や衛星の大気、地下海などの解明に役立てる「電波・プラズマ波動観測器」をそれぞれ担当。科学研究ではジュースの全てのテーマに参加している。ジュースには米国とイスラエルも加わっている。

 レーザー高度計を担当したJAXAの塩谷(えんや)圭吾准教授は「もしガニメデに地下海があれば、潮汐作用でこの星が変形するはず。地下が固体だったらその効果はない。計測により海の有無を判別できるだろう」と説明する。

 日本の研究者たちは木星にも長年、熱い視線を送っており、ジュースに至る経緯の中で一時は、独自の木星系探査機も検討した。ところが2011年に起こった東日本大震災の影響による予算縮小などを受け、中止に追い込まれている。ジュースの木星到着は8年後とやや気の長い話だが、それまでに科学界のみならず、われわれも期待を膨らませておきたい。

生命理解へ、求められる総合知

エウロパの表面から水が噴出する様子の想像図。ハッブル宇宙望遠鏡が捉えたとして2013年に発表され、地下海に由来するものとみられている。そこに、生命は…(NASA、ESAなど提供)
エウロパの表面から水が噴出する様子の想像図。ハッブル宇宙望遠鏡が捉えたとして2013年に発表され、地下海に由来するものとみられている。そこに、生命は…(NASA、ESAなど提供)

 日本の太陽系探査は近年、初代はやぶさ、はやぶさ2が注目を浴びるが、水星から木星までの広い領域に手が届こうとしていることにも注目したい。日欧共同の水星探査計画「ベピコロンボ」の探査機が、2025年末の水星到着に向け航行中。金星探査機「あかつき」は困難を経たが、2015年に金星周回軌道に投入し運用中だ。火星の衛星フォボスの試料を採取して地球に運ぶ「MMX」の計画もある。

 なお月に対しては、高精度の軟着陸技術を実証するJAXAの「スリム(SLIM)」計画がある。民間では宇宙ベンチャー、アイスペース(東京)の計画「ハクトR」の着陸機が航行中で、今月26日にも月面に軟着陸する。

 結びに、やや前のめりな態度になってしまうが…筆者(50歳)は自分の目の黒いうちには、人類が地球外生命の、姿は見ないにしても、存在の科学的証拠をつかんでくれないかと勝手に期待している。今は“発見前夜”。少なくともそう思った方が、人生が多少は楽しくなる。芥川は冒頭に触れた文言に続き、火星の生命が「今夜も亦(また)篠懸(すずかけ)を黄ばませる秋風と共に銀座へ来ているかも知れない」とした。銀座にいるかどうかは知らないが、火星にだって地下に微生物のような形ででも、ひっそり生きながらえているかもしれない。

 ジュースをはじめとする太陽系探査、系外惑星の観測、理論の研究を見聞きするにつけ、期待が高まる。系外惑星は探査機を送れず確証は難しくても、生命の有力なサインを得るかもしれない。一方、「なかなか見つからない」状況が続いた場合、それをどう捉えるか。生命を深く理解するため、理工学の各分野のみならず、人文・社会科学も連携した総合知が求められる。地球外生命の探究は人類にこの星の尊さを教え、よりよく生きるための視座を与えてくれるはずだ。

ガニメデを探査する探査機「ジュース」の想像図(ESA提供)
ガニメデを探査する探査機「ジュース」の想像図(ESA提供)

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