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人類の基盤である生物多様性、危機が一層深刻に 「豊かさの指標が48年間で69%低下」とWWF

2022.11.18

内城喜貴 / 科学ジャーナリスト・共同通信客員論説委員

 人類は地球というかけがいのない環境を多くの生命と分かち合っている。しかし、絶滅の危機に瀕している野生生物は増え続け、気候変動や森林破壊、環境汚染などにより生物多様性は失われつつある。人類の基盤である生物多様性の危機は一層深刻になっている。こうした状況の中で、生物多様性の豊かさの指標となる数値が過去48年間で69%低下した、とする報告書を世界自然保護基金(WWF)が10月にまとめた。

 地球の全人口はこの半世紀で40億人以上増加したが、この間、野生生物は3分の1以下に激減した計算だ。報告書は「気候と生物多様性の危機は表裏一体の関係にある」と指摘し、「今がその危機に対応できる最後のチャンス」と強調している。

 今年12月にはカナダで生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)が開かれる。この会議では生態系保全のための新しい国際目標について各国が議論する。生物多様性条約は気候変動枠組み条約と比べて実効性のある項目がまだ未整備だ。WWFの報告書が指摘するように、生物多様性対策は気候変動対策とともに「待ったなし」と言える。COP15では新たな国際目標採択が期待される。

「LIVING PLANET REPORT 2022」と題したWWF報告書の表紙(WWF提供)
「LIVING PLANET REPORT 2022」と題したWWF報告書の表紙(WWF提供)

「生きている地球指数」で5230種を分析

 WWFが分析したのは「生きている地球指数(LPI)」と呼ばれる指標の数値。WWFは英ロンドン動物園協会(ZSL)と協力して世界の哺乳類、鳥類、魚類、両生類、爬虫(はちゅう)類5230種、約3万2000個体群を対象に個体数や生息密度、巣の数などのデータを基に最新のLPIを算出した。

 LPIによって野生生物の個体群の変化・推移のほか、個体群の減少の主な原因である生態系の変化を知ることができる。このため、自然環境が中長期的にどのように変化し、破壊されているかが分かるという。

 最新のLPI分析の結果、1970年から2018年までの48年の間にLPIは平均69%低下し、生物多様性の消失が急速に進んでいることを示した。特に世界の淡水域の野生生物の個体群のLPIは平均83%減少していた。

LPIが1970年から2018年までに平均69%低下したことを示すグラフ。線が太くなっているのは統計信頼範囲を含むため(WWF提供)
LPIが1970年から2018年までに平均69%低下したことを示すグラフ。線が太くなっているのは統計信頼区間を含むため(WWF提供)
淡水域の野生生物の個体群のLPIが平均83%減少したことを示すグラフ。線が太くなっているのは統計信頼範囲を含むため(WWF提供)
淡水域の野生生物の個体群のLPIが平均83%減少したことを示すグラフ。線が太くなっているのは統計信頼区間を含むため(WWF提供)

 報告書によると、人類の半数以上は川や湖などの淡水域から3キロ以内の圏内で生活している。このため汚染や取水、野生生物の乱獲などが淡水域の生物多様性を脅かす原因になっているという。

 世界の地域ごとの分析では、生物種の個体群の減少率(LPIの低下)が最も大きかったのは中南米・カリブ海地域で94%も低下していた。魚類の中でも淡水魚や爬虫類、両生類が目立って減っていた。次いでアフリカ地域が66%、アジア・太平洋地域が55%、北米地域が20%、それぞれ低下していた。

気温が上昇すると生物種の絶滅が加速

 地球の気温は産業革命前と比べて既に1度以上上昇している。WWFの報告書は「人類がもたらした地球温暖化により自然界は変化し、生物の大量死や種の絶滅が多発している。気温が今後さらに1度上昇すると生物の死滅がさらに進み、人間にも大きな影響を与えることが予想される」と明示している。

 報告書は温暖化や気候変動が種を絶滅させた具体例も紹介している。例えば、オーストラリアでは2014年の猛暑日1日でオオコウモリ4万5000羽以上が死んでいる。コスタリカでは1989年、熱帯・亜熱帯地域の雲霧林で霧が発生しないためにオレンジヒキガエルが絶滅した。またオーストラリアとパプアニューギニアの間の島にだけ生息していた小型げっ歯類は洪水により2016年に絶滅した。気候変動は1000種類を超す動植物の個体群の全滅に関連しているという。

 猛暑や干ばつ、洪水など気候変動による極端な気象現象により、生物の生息地や食べ物は失われる。その結果、生物種は絶滅の危機に瀕する。報告書は「温暖化による気温上昇を 1.5℃にとどめることができなければ、今後何十年にもわたり気候変動が生物多様性損失の主要な要因となる可能性が高い」と指摘している。

 「2つの危機」は人類がもたらした。報告書は「自然破壊の流れを食い止めることに失敗し、後戻りできない転換点に達してしまうと人間社会にとっても地球の野生生物にとっても壊滅的な打撃になる」と警告している。

オドリコソウに止まるマルハナバチの女王バチ。WWFによると、このハチは花粉媒介者として植物や農作物に大切な存在だが、北米や欧州での調査では除草剤など人間活動の影響でマルハナバチ66種のすべての個体数が減少していた(WWF提供)
オドリコソウに止まるマルハナバチの女王バチ。WWFによると、このハチは花粉媒介者として植物や農作物に大切な存在だが、北米や欧州での調査では除草剤など人間活動の影響でマルハナバチ66種のすべての個体数が減少していた(WWF提供)

現在の人類の消費レベルは地球1.75個分

 森林、草原、湿地や海洋などの生態系は食料・飼料のほか、医薬品の原料やエネルギー源になり、人間生活に不可欠な多くの恩恵を与えている。人類は生態系に依存し、自然の恵みなしでは生存できないが、自然資源を過剰に消費してきたことは否めない。

 WWFは報告書作成に際して食料生産量のほか、二酸化炭素(CO2)の排出量、森林資源や漁業資源の消費量などのデータを基に、人類の活動が地球環境に与える影響を数値化して分析した。

 すると、「生態系による地球資源の再生能力(バイオキャパシティ)は「人間の地球資源に対する需要(エコロジカル・フットプリント)」を75%も超過している、との結果が出た。この数字は現在の人類の消費生活を支えるためには地球1.75個分が必要になることを意味する。

 WWFによると、森林が大気から吸収するCO2量は2001~19年の間毎年7.6ギガトンで人類が排出するCO2総量の約18%に相当する。しかし、現在毎年約1000万ヘクタールの森林が失われている。この広さはポルトガルの国土面積に匹敵する。

 熱帯地域での森林伐採はCO2量を増加させて気候変動を加速させる。このほか森林や海洋の開発は野生生物の生息地の減少をもたらす。動植物資源の過剰消費は絶滅種や絶滅危惧種を増やす。

 人口増加や発展途上国を中心とした急速な経済成長が、食料やエネルギー、さまざまな原料の需要を激増させる。生物多様性消失の背景にはこうした背景があることを報告書は詳述している。

地球全体のエコロジカル・フットプリント(EF、水色)とバイオキャパシティ(BC、緑色)の推移。2020年にEFはBCを75%超過した。商品やサービスの各過程で排出された温室効果ガスを示すカーボン・フットプリント(ピンク)も増えている(WWFジャパン提供)
地球全体のエコロジカル・フットプリント(EF、水色)とバイオキャパシティ(BC、緑色)の推移。2020年にEFはBCを75%超過した。商品やサービスの各過程で排出された温室効果ガスを示すカーボン・フットプリント(ピンク)も増えている(WWFジャパン提供)

生物の27%以上に絶滅の恐れ

 国際自然保護連合(IUCN)は世界の絶滅危惧種をまとめたレッドリストを定期的に更新し公表している。IUCNによると、生物の全評価種の27%以上に相当する4万1000種以上に絶滅の恐れがある。両生類は41%、哺乳類は27%、鳥類は13%が絶滅の危機に瀕しているという。

 IUCNは今年7月に最新のレッドリストを公表。この中で卵がキャビアとして珍重されるチョウザメは、世界に生息する全26種が絶滅の危機に直面しているとし、キャビアの違法販売などに対する規制強化を求めている。

IUCNの最新のレッドリストで深刻な絶滅の危機にあるとされたチョウザメ。国際河川のドナウ川の河口で捕獲される様子(WWF提供)
IUCNの最新のレッドリストで深刻な絶滅の危機にあるとされたチョウザメ。国際河川のドナウ川の河口で捕獲される様子(WWF提供)

 日本関連の生物では、大きな背びれが特徴のバショウカジキや、渡り鳥のウズラシギが新たに絶滅危惧種とされた。バショウカジキは暖かい海域に生息し、日本近海では主に東北地方沖以南で見られる。食用としての乱獲が主な減少の要因という。

 IUCNが2020年7月に公表したレッドリストではマダガスカルに生息するキツネザルの仲間107種のうち103種が絶滅危惧種とされ、うち33種が最も深刻な危急度1番目のランクに指定された。このほか日本になじみ深いマツタケなども絶滅の危惧があるとされた。

 キリン、トラなどの動物園で人気の動物やアオウミガメも既に絶滅危惧種に指定されている。地球で動物たちが生きていくことが難しい時代になりつつある。

2020年のレッドリストで絶滅危惧種に指定されたキツネザル(IUCN提供)
2020年のレッドリストで絶滅危惧種に指定されたキツネザル(IUCN提供)

来月のCOP15での具体的な成果を期待

 新型コロナウイルス感染症が世界に広がり始めた2020年1月に米ジョージタウン大学などの研究グループが「気候変動は生物分布を変え、ウイルスが野生動物から人間に移行する機会を大幅に増やす」とするシミュレーション結果を発表している。

 人類は人類だけでは存在できない。人類は無数の野生生物が織りなす生態系の中で存在している。生物種の保護、生物多様性の保全がいかに大切かは国際社会も共有している。生物多様性条約は生物種の保全と持続可能な利用を国際協力で進めることを目指す目的で1992年に採択された。しかし、生物資源の扱いは各国間での利害が異なり、これまでの締約国会議でも具体的な規制につながるような条約の内容整備は進んでいない。

 12月5~17日にカナダ・トロントで開催されるCOP15では、2030年までに生態系保全の新たな国際目標について議論する予定だ。本来20年に新目標が策定される予定だったが、コロナ禍の影響もあり、保全地域の拡大の可否などに関する議論は大幅に遅れている。新たな目標は2010年に名古屋市で開かれたCOP10で決まった「愛知目標」の後継目標として重い意味を持つ。

 WWFがまとめた「LIVING PLANET REPORT 2022」報告書は生物多様性の維持、保全が我々人類にとっていかに大切かを詳細なデータとともに示した。そして、2030年には自然を20年レベルより豊かにする「ネイチャー・ポジティブ」の実現を目標に掲げるよう提言している。

 ロシアによるウクライナ侵攻は国際社会が1つになることの難しさを見せつけている。しかし、生物多様性が人類存在の基盤であることを改めて共有し、COP15では何とか具体的な成果を残すことが求められている。

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