レビュー

若田さん「懐かしい出張先」ISSで始動 日本人最多5回目の飛行

2022.10.11

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 若田光一さん(59)と米露3人の飛行士を乗せた米スペースX社の宇宙船「クルードラゴン」5号機が日本時間6日午前、米フロリダ州のケネディ宇宙センターから打ち上げられ、7日午前、国際宇宙ステーション(ISS)に到着した。日本人最多の5回目の飛行で、日本人11回目の長期滞在。8年ぶりにISSに着いた若田さんは同日夜、ツイッターに「とてもスムーズな飛行でした。懐かしい出張先に戻ってきた印象です」と投稿。大ベテランによる半年間の宇宙生活が始動した。

ISSに到着し、待ち受けた飛行士と喜ぶ若田さん(手前)=日本時間7日午前(NASAテレビから)
ISSに到着し、待ち受けた飛行士と喜ぶ若田さん(手前)=日本時間7日午前(NASAテレビから)

宇宙船からツイッター「応援よろしく」

クルードラゴン5号機を搭載し打ち上げられるファルコン9=6日午前(NASAテレビから)
クルードラゴン5号機を搭載し打ち上げられるファルコン9=6日午前(NASAテレビから)

 クルードラゴンは同社の大型ロケット「ファルコン9」に搭載され、6日午前1時に飛び立った。約12分後にロケットから分離され打ち上げは成功。全自動で飛行を続ける間、若田さんはツイッターに「応援どうぞよろしくお願いします!」「到着が近づいてきました。『きぼう』日本実験棟などでの利用成果をしっかり出していけるよう頑張ります」などと、2度にわたり投稿した。

 クルードラゴンの日本人搭乗は野口聡一さん(57)、星出彰彦さん(53)に続き3回目。若田さんは出発前の会見で、サイエンスポータルの質問に「操縦桿(かん)がない宇宙船は初めて。機械仕掛けの計器がたくさんある宇宙船(米スペースシャトルや露ソユーズ)から、タブレットで操作する新しい世代の宇宙船に搭乗できる」と期待を語っていた。5号機の機体は、5月に地球に帰還した3号機の再利用で、「エンデュアランス(耐久、忍耐)」と命名されている。

斬新な宇宙服に身を包み、搭乗口で笑顔の若田さん(右)とロシアのキキナさん=米東部時間5日(NASA提供)
斬新な宇宙服に身を包み、搭乗口で笑顔の若田さん(右)とロシアのキキナさん=米東部時間5日(NASA提供)

 若田さん以外の3人は初飛行。このうちアンナ・キキナさん(38)は、ロシア人で初めてクルードラゴンに搭乗した。米航空宇宙局(NASA)とロシアの宇宙開発公社ロスコスモスが7月、双方の宇宙船に相手国の飛行士が搭乗し合うことで合意したのを受けたもの。ロシアのウクライナ侵攻で緊張が高まる中だが、両者は自らの宇宙船が万一運用不能に陥った場合にも、ISSの活動を継続できる道を求めた形だ。これにより既に9月下旬、米国人がソユーズに搭乗している。また今回、ニコール・マンさん(45)は米先住民の女性として初飛行で、かつクルードラゴン初の女性船長となった。

ISS(左)に接近するクルードラゴン=日本時間7日午前(NASAテレビから)
ISS(左)に接近するクルードラゴン=日本時間7日午前(NASAテレビから)

 7日午前6時1分、高度約400キロのISSに到着した。結合部の気密性などの確認を経て、午前7時49分にハッチ(扉)がオープン。米国の2人に続き、若田さんがISSに姿を見せ、長期滞在が始まった。歓迎式で「ゼロG(無重力)に戻り、もう一つの家に帰った気分だ。支援してくれた方々に感謝する。素晴らしい飛行士の皆さんと一緒に仕事をするのを待ちきれない」と笑顔で語った。

 8日にはまず各棟を掃除した後、小中学生とのアマチュア無線交信イベント、緊急事態の対応手順の確認などを行ったという。無重力で体力が低下しないよう、自転車こぎの装置を使った有酸素運動を早速、始めた。

歓迎式で語る若田さん(左下から2人目)。滞在飛行士は一時的に11人の“大所帯”となった=7日午前(NASAテレビから)
歓迎式で語る若田さん(左下から2人目)。滞在飛行士は一時的に11人の“大所帯”となった=7日午前(NASAテレビから)

物質材料、生命科学…無重力使い多彩な実験

「きぼう」の外観(JAXA、NASA提供)
「きぼう」の外観(JAXA、NASA提供)

 「きぼう」はISSの進行方向前面に取り付けられた、大型バスが入るほどのISS最大の実験棟。若田さんの滞在と同時期に、宇宙航空研究開発機構(JAXA)はここで多彩な活動を計画している。具体的には、

(1)小型の人工重力発生装置で月(地上の重力の6分の1)、火星(3分の1)を再現して潤滑油などの液体の性質を調べる。月面探査車の開発研究をはじめ、月や火星での有人探査で使用する機器などの設計に役立てる。今回が初めての実験となる。

(2)動物が加齢すると筋肉の萎縮や代謝不全、神経・筋変性疾患、免疫力の低下などが起こるが、無重力の宇宙で線虫を育てると似た現象が起こることが、これまでの「きぼう」での実験で分かってきた。さらに神経伝達物質のドーパミンの減少などに着目して実験し、仕組みや対処法の探索につなげる。

(3)無重力では空気の対流が起こりにくく、火災時にはさまざまな物質の燃え方が地上とは異なる。酸素濃度との関係などを調べ、評価法を開発し、また将来の有人探査の安全に役立てる。

「きぼう」の内部。写っているのは2017~18年に滞在した金井宣茂さん(JAXA、NASA提供)
「きぼう」の内部。写っているのは2017~18年に滞在した金井宣茂さん(JAXA、NASA提供)

(4)融点の高い試料を帯電させて浮かせ、加熱して物性を調べる「静電浮遊炉」を利用。原子炉の制御棒材料の溶融状態の性質を調べるなど、複数の実験を進める。

(5)無重力では地上とは異なり、溶液中のタンパク質分子の密度の違いによる対流や、不純物の結晶への取り込みが起きにくく、高品質のタンパク質の結晶を生成できる。これを利用し、多剤耐性菌などの抗菌薬の開発や、生体イメージング技術などに関係する実験を行う。

 このほか再生飲料水の衛生管理に関する実験、宇宙空間に装置や材料を晒す実験、国内外の若者を対象にした遠隔のロボット競技会や公募実験、超小型衛星の放出--などが計画されている。これらの多くを若田さんが担当すると見込まれる。

 JAXA有人宇宙技術センターの梅村さや香インクリメントマネージャは「それぞれの担当飛行士は国際的な調整で決まるが、若田飛行士はきぼう利用のスペシャリスト。多くのミッションを実施してほしい」と期待する。

意外にも船外活動は未経験、今回は…

飛行士候補に選ばれ会見する若田さん=1992年(JAXA提供)
飛行士候補に選ばれ会見する若田さん=1992年(JAXA提供)

 若田さんは1963年、埼玉県生まれ。5歳の時、米アポロ11号の月面着陸をテレビで見て感動したのが、宇宙への関心の原点という。県立浦和高校では野球部で捕手として活躍。九州大学で航空工学を学び、大学院修士課程を修了した。日本航空で整備や機体構造技術に携わった後、1992年、宇宙開発事業団(NASDA、現JAXA)の飛行士候補に、372倍の難関を突破して選ばれた。2004年、九州大学大学院工学府博士課程を修了している。

 過去4回の飛行では(1)1996年、シャトルに日本人初の搭乗運用技術者として搭乗、(2)2000年、日本人として初めてISS建設に参加、(3)09年、日本人初のISS長期滞在を実施、(4)13~14年の長期滞在の後半約2カ月間、日本人初のISS船長に就任--し、数々の「日本人初」を成し遂げてきた。

 優れた技量、チームワーク、前向きで明るい性格を兼ね備えた人物として評価は高く、2010~11年にやはり日本人初となるNASA宇宙飛行士室ISS運用部門長、18~20年にはJAXA理事を務めるなど、管理職としても活躍を重ねてきた。ただ、豊富な経験にもかかわらず、意外にも船外活動をしたことがない。7月の一時帰国会見では「経験できればと楽しみにしている」と意欲を示した。

 日本人が毎年のように宇宙飛行をするようになって久しく、活動自体は以前ほど大きなニュースにはならなくなってきた。ちょっと寂しい気もするが、日本の有人宇宙開発の進展を物語ることではある。国際協力で月や火星を目指す動きの中で、これからは活動の中身にますます焦点が当たり、問われる時代になっていくだろう。

 ISSは2024年までの運用が参加国により合意済みだが、米バイデン政権は昨年末、30年までの延長を決めており、各国が参加の検討を進めている。人類はISSのような地球低軌道の利用と、宇宙のより遠くを目指す活動をそれぞれどう考え、進めたらよいか。日本はどうすべきなのか。専門家任せにせず、飛行士の活動ぶりなどを通じ、私たちは考えていきたい。

 ところで、若田さんはJAXAの現役飛行士で最高齢とはいえ、50代だ。ところが7月の会見では記者たちから「還暦まで1年~」「肉体的な変化は、ハンデは~」と、なんか年寄りっぽく見てない?とも思える質問がチラホラ…。実際のご本人はお世辞ではなく、青年のような爽やかさをたたえていることを、最後に申し添えたい。

若田さんらが乗ったクルードラゴン(Crew-5 Dragon)が到着した時点のISSの外観(想像図)。係留中の宇宙船は有人と無人合わせ5機となった(NASA提供)
若田さんらが乗ったクルードラゴン(Crew-5 Dragon)が到着した時点のISSの外観(想像図)。係留中の宇宙船は有人と無人合わせ5機となった(NASA提供)

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