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先駆的研究で温暖化予測の基礎築く 気候変動モデル開発した真鍋氏にノーベル物理学賞

2021.10.07

内城喜貴 / サイエンスポータル編集部、共同通信社客員論説委員

 世界が直面する重大な問題である地球の温暖化や気候変動。この問題がまだほとんど注目されていなかった1960年代から半世紀以上、温暖化予測につながる研究に取り組んできた米プリンストン大学上席研究員の真鍋淑郎さん(90)が今年のノーベル物理学賞に選ばれた。

 授賞理由は「複雑な物理システムの理解に向けた画期的な貢献」で、真鍋さんの研究に関連する成果を上げたドイツとイタリアの研究者との共同受賞。真鍋さんはプリンストン大学で記者会見し「受賞するとは夢にも思わなかった。本当に幸せで驚きました」などと喜びを語った。

米ニュージャージー州プリンストンにあるプリンストン大学で記者会見する真鍋淑郎さん (プリンストン大学提供/Photo by Denise Applewhite, Office of Communications)

複雑な大気や海洋の挙動をコンピューターで再現

 ノーベル財団が5日の記者会見で明らかにしたより詳しい授賞理由は「大気中の二酸化炭素(CO2)濃度の上昇が地球表面の温度上昇をもたらす仕組みを解明した。1960年代には気候変動の物理モデル開発をリードし、現在の気候変動予測の基礎を築いた」だ。

 真鍋さんは1931年9月21日に愛媛県・新宮村(現・四国中央市)で生まれた。53年に東京大学理学部を卒業し、58年に同大学大学院博士課程を修了した。同年渡米し、米気象局(当時、後に海洋大気局=NOAA)の研究員になった。大学院の時に書いた論文が評価されたと言われる。米国では早速、気象に関する研究に従事し、60年代に入ると、太陽から地上に届く熱と大気の循環がどのように相互作用するかを分析するモデルを開発した。

 太陽からの熱や光は地域ごとに異なり、大気は極めて複雑に動く。モデル開発は難しい課題だったが、当時まだ性能が十分でなかったコンピューターを駆使して大気などの動きを単純化し、限られた計算能力の制約の中で開発したという。

 このモデルで真鍋さんは、地表で反射した赤外線がCO2などの温室効果ガスに吸収されて生じる気温変化を予測。CO2濃度が2倍になると気温が2.3度上昇するという推定値を導き出して論文に発表した。1967年のことだった。

1960年代に既に温暖化予測につながる大気大循環モデルの研究をしていた真鍋淑郎さん(米プリンストン大学提供、撮影時期や場所など不明)

 その後も研究は続き、コンピューターの性能も次第に高まった。大気と海洋の循環を組み合わせて長期的な気候変化をシミュレーションする「大気海洋結合モデル」も開発した。ノーベル財団は「現在の気候モデルの基礎を築いた」と真鍋さんの研究成果を称えた。日本の気象庁が発表している「長期予報」などもこのモデルが応用されているという。

 真鍋さんの受賞が決まった後、日本の一部メディアは「戦後海外頭脳流出の代表学者」と紹介した。しかし1997年に米国から帰国し、海洋科学技術センター(現海洋研究開発機構)などによる共同研究プロジェクトの責任者になった時は、米国内で「頭脳流出」と言われたという。2001年に再渡米したご本人にとって「思う存分自由に探求できる場」はやはり米国だったのだろうか。それでも度々帰国して何人もの日本の若い研究者を育てている。 

IPCCの報告書づくりに当初から参画し、環境政策に影響

 1988年に国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)により設立された国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は今年の8月初めに「人間が地球温暖化を引き起こしていることは疑う余地がない」と断言する第6次評価報告書を公表した。報告書は「温室効果ガスを多く排出し続けると世界の平均気温は産業革命前と比べて2021~40年の間に1.5度以上上昇する可能性が非常に高く、排出量を低く抑えても1.5度を超える可能性がある」と指摘し、世界が一致して対策を急ぐことを求めている。

IPCCが8月に公表した第6次評価報告書の表紙(IPCC提供)

 IPCCは設立2年後の1990年8月にスウェーデンのスンツバルで全体会合を開き最初の報告書(第1次評価報告書)を採択している。当時、現地で世界の約80カ国の研究者のほか政策担当者も出席した全体会合を取材した。温暖化に伴う各国の利害がぶつかり合い激しい議論が展開したが、最後は採択された。

 報告書は精緻な構成で、「温室効果ガス濃度は産業革命前に比べCO2換算で50%増加。温室効果ガスの大気中濃度の安定化には排出量の60%以上の削減が必要」「来世紀には平均で10年間に0.3度の割合で上昇し来世紀末までに3度上昇する」などと詳細な将来予測を網羅した。これらの予測はごく一部で海面上昇や森林破壊、感染症増加など多岐にわっている。

 その後、IPCCは最新の科学データにより何度も報告書を更新している。細かい数値は変わっているが、1990年の第1次報告書が初めて示した将来予測の基本的な内容は変わっていない。振り返って注目したいのは、30年以上も前にできた報告書で既に「人間活動によるCO2排出は大気と地球システム、海洋との間の炭素循環を著しく乱している」と明示していることだ。

 第1次報告書には世界の約1000人もの研究者が参加しているが、今回ノーベル物理学賞受賞が決まった真鍋さんが執筆責任者として名を連ねている。温暖化による地球の危機は1980年代から90年代にかけて既に指摘され始めていたが、温暖化懐疑論も強かった。しかし真鍋さんは早い時期から自ら開発したモデルによる解析結果に自信を見せ、早く対策を進めることの大切さを訴えている。

 真鍋さんも参画して1990年に公表されたこの報告書が大きな契機となった。92年に気候変動枠組み条約が採択された。97年には京都議定書が、2015年にパリ協定といった国際枠組みができ、世界の温暖化・気候変動対策が大きく進んだ。

第6次評価報告書に盛り込まれた、5つのシナリオによる気温上昇予測(IPCC提供)

記者会見で好奇心の大切さを強調

 真鍋さん受賞の一報は米国東部のニュージャージー州プリンストンの自宅に5日早朝届いた。プリンストン大学は90歳を迎えてなお、現役の上席研究員として研究を続ける職場だ。そこで早速記者会見が行われた。

 同大学によると、真鍋さんは「ノーベル物理学賞を受賞するなどと夢にも思わなかった。過去の受賞者リストを見ると皆信じられないほど素晴らしい人ばかりで、私がやってきたことは些細なことのように見えます」「本当に幸せで驚きました」と率直に語っている。

 会見場には同大学の学生、教職員のほか、日本のメディア関係者ら100人以上が詰めかけた。「研究を始めたころは大きな成果をもたらすとは想像していませんでした。自分の好奇心でやっていました。好奇心のおかげで研究活動を続けることができました」「(アルフレッド・)ノーベル氏の寛大さと先見の明によって設立されたノーベル賞に選ばれたことは名誉です。NOAAの研究所とプリンストン大学に感謝しています」。真鍋さんはこのように述べながら「気候モデルの研究は楽しかった」と何度も繰り返し、妻の信子さんへの感謝の言葉を強調したという。

プリンストン大学に妻の信子さん(左)と訪れた真鍋淑郎さん(プリンストン大学提供/Photo by Denise Applewhite, Office of Communications)

 会見を取材した共同通信記者によると、好奇心を持つことの大切さを強調。その上で、「これからの気候が気になる」と述べ、日本の科学界については「好奇心に基づく研究が少なくなってきているのではないか」「科学者が政治に対して効果的に助言する米国のように、両者がもっと意思疎通をすべきではないか」とも語ったという。

 「待ったなし」と言われる気候危機への対策が求められる中で真鍋さんらの受賞が決まった。今月末からは英国で気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)が開かれる。ノーベル財団の今年の物理学賞決定の判断は、世界に向けたメッセージと受け取ることもできる。

記者会見の後、プリンストン大学の学生らに囲まれる真鍋淑郎さん(プリンストン大学提供/Photo by Denise Applewhite, Office of Communications)

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