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世界はコロナ禍と闘いながら脱炭素社会を目指す 米国がパリ協定に復帰し、COP26に向け機運の高まり期待

2021.01.29

内城喜貴 / サイエンスポータル編集部、共同通信社客員論説委員

 世界は、新型コロナ感染症の拡大が一向に収まらない中で新しい年を迎えた。2021年もこのパンデミックと闘わなければならない。国連環境計画(UNEP)によると、コロナ禍による経済停滞により20年の世界の二酸化炭素(CO2)排出量は減ったものの地球温暖化を抑える効果は期待できないという。世界は顕在化する「気候危機」とも立ち向かうことが求められている。

 「新型コロナと気候危機」。人類はこの2つの巨大リスクを何としても克服しなければならないが、光明も見えてきた。副反応の懸念は残るとはいえ、英米など海外でワクチン接種が始まった。ジョー・バイデン米大統領が就任し、世界で2番目の温室効果ガス排出大国・米国がパリ協定に復帰する。日本を含む120カ国以上の国が2050年までの脱炭素社会実現を目指すと宣言している。11月には国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)が開かれる。この1年、新型コロナが何とか収束に向かい、温暖化対策の機運が世界で高まる―。そう期待したい。

危機を警告する報告書が「緑の復興」求める

 昨年12月9日にUNEPが注目に値する報告書を公表した。「2020年排出ギャップ報告書」と題し、新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、20年の世界のCO2排出量は減るものの地球温暖化を抑える効果はほぼなく、経済停滞に頼らない大胆な対策を進めないと今世紀末の気温は産業革命前と比べて3度を超えて上昇すると警告したのだ。

UNEPの「2020年排出ギャップ報告書」の表紙(UNEP提供)
UNEPの「2020年排出ギャップ報告書」の表紙(UNEP提供)

 報告書によると、世界の温室効果ガス排出量は10年以降、平均して年間1.4%増加。19年はCO2換算で591億トンと過去最高を更新した。アジアや南米アマゾンで森林火災が多発したこともあり、前年比2.6%増となった。20年は、新型コロナの影響で人々の移動が激減、発電量も減少し、さまざまな産業活動が低迷することにより、CO2排出量は前年比7%減ると推測した。しかし、この減少分は50年までの温暖化をわずか0.01度抑制する効果しかないという。

 パリ協定は産業革命前からの気温上昇を2度未満、できれば1.5度未満に抑えることを目標にしている。報告書はパリ協定の下で各国が提示している削減目標が全て達成されたとしても、気温は3度以上上昇すると指摘。改めて「今の対策では不十分だ」と強調している。その一方で「コロナ禍からの経済復興に脱炭素の観点を考慮すると、30年の温室効果ガスは最大25%削減できる」と指摘。昨年、欧州で提唱された「グリーンリカバリー(緑の復興)」と呼ばれる体系的な政策の広がりに期待を寄せている。

昨年、世界は過去最高レベルの暑い夏だった

 年が明けた1月14日。世界気象機関(WMO)が2020年の世界の平均気温は14.9度で16年、19年と並んで観測史上最高となったと発表した。発表によると、11~20年の10年間の平均気温も過去最高を記録した。20年は一時的な気温を押し下げる効果がある「ラニーニャ現象」が続いたにもかかわらず、高温になったという。20年の平均気温は産業革命前比で1.2度上昇したことになる。

 WMOは、日本の気象庁や米海洋大気局(NOAA)など5機関の観測データを基に世界の平均気温を算出している。今回の算出結果について「気温は気候変動の一指標にすぎない」としつつも「(16年、19年同様)20年も記録上最も暖かい年に数えられた。このことから地球全体の生命と生活を破壊する気候変動が絶え間なく続いていることが分かる」として各国に温室効果ガスの排出削減へ一層の取り組みを求めている。

2020年6~8月の北半球の平均気温が記録的に高かったことを示すNOAAの図(NOAA/WMO提供)
2020年6~8月の北半球の平均気温が記録的に高かったことを示すNOAAの図(NOAA/WMO提供)

 気象庁も1月4日、2020年の全国の年平均気温は平年値(2010年までの30年平均)よりも0.95度高く、過去最高を更新したと発表した。東日本では平年値を1.2度上回り、統計開始以来の最高を記録したという。昨年は降水量も多かったようだ。近畿の太平洋側で平年値より19%、沖縄で18%、山陽で16%、東北日本海側と四国で15%それぞれ多かった。

 気象庁は4日の発表の中で地球温暖化との関係については言及しなかったが、国立環境研究所の多くの研究者は、最近の日本の異常気象は明らかに温暖化と関係がある、との見方を示している。

米国がパリ協定に復帰し、4月に「気候変動サミット」を開催

 バイデン米大統領は1月20日に行われた就任式のわずか数時間後にパリ協定に復帰する大統領令に署名。環境分野でもトランプ前大統領が主導した「米国第一」主義から決別する姿勢を鮮明にした。米ホワイトハウスによると、新政権は早速国連に復帰を申請した。国連の規定に基づき米国は2月19日に協定に再加入する見通しだ。

バイデン大統領(左)とパリ協定復帰を知らせる米ホワイトハウス広報のホームページの一部(右)(米ホワイトハウスのホームページから)
バイデン大統領(左)とパリ協定復帰を知らせる米ホワイトハウス広報のホームページの一部(右)(米ホワイトハウスのホームページから)

 バイデン氏は大統領選挙候補者討論会で「温暖化は現実の脅威であり(米国も)対策を進める道義的責任がある」などと強調した。選挙公約では2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにする目標を掲げ、35年までに電力部門のCO2の排出をなくすことを目指すと公言した。またトランプ前政権時代に実施された石油開発への補助金を打ち切り、4年間で2兆ドルもの巨費を再生可能エネルギー(再エネ)分野に投資。数百万人の雇用を創出すると明言した。

 コロナ禍のために1年延期されたCOP26は11月1日から英グラスゴーで開かれる予定だ。パリ協定に参加する各国が提出した温室効果ガス削減目標値が達成できても、今世紀末の気温は産業革命前比で3.2度上昇してしまうとされ、会議では各国の目標引き上げが最大の議題になる。

 バイデン氏は就任演説で「この地球そのものから生き残ろうとする叫びを上げている」と強調し、協定復帰のための大統領令文書署名時に「かつてないやり方で気候変動と闘う」と述べている。パリ協定の取りまとめに米国代表として尽力したケリー元国務長官が、気候変動問題を担当することが決まっている。

 米ホワイトハウスによると、バイデン氏は1月27日、気候変動対策を米国の安全保障の柱にするとした大統領令にも署名し、4月22日に主要排出国の首脳らが参加する「気候変動サミット」を開催することを決めた。米新政権は排出大国であることを自覚しながらパリ協定の国際交渉で主導権を狙うとみられる。環境政策に積極的な欧州主要国の首脳や世界の環境団体などは、米国の国際協調路線を歓迎している。

気候サミット開催など気候対策強化を進めることを明らかにしたバイデン米大統領の記者会見内容を伝える米ホワイトハウスホームページ
気候サミット開催など気候対策強化を進めることを明らかにしたバイデン米大統領の記者会見内容を伝える米ホワイトハウスホームページ

日本も「2050年脱炭素」宣言

 昨年12月12日。日本国内では新型コロナウイルス感染症の「第3波」が拡大の様相を見せていた時期で大きく報道されなかったが、パリ協定採択5周年を記念した国連オンライン会合が開かれていた。多くの国の首脳らが2050年までの脱炭素方針を示した。

 この中でも注目を浴びたのが欧州連合(EU)のフォン・デア・ライエン欧州委員長の演説だった。温室効果ガス排出削減目標を現行の「30年までに1990年度比40%削減」を「55%まで増やす」と宣言した。日本の菅義偉首相も「50年までに温室効果ガス排出を実質ゼロにする」と演説した。ただ、日本の目標である「30年度に13年度比26%削減」の上積みの可否には触れなかった。

 菅首相が日本も脱炭素社会を目指すことを宣言したのは昨年10月。それまでは「50年目標としては80%削減」だった。国連オンライン会合から約2週間。年末も押し迫った12月25日、政府は「50年脱炭素」実現に向けた「グリーン成長戦略」を発表した。

「グリーン成長戦略」は「脱ガソリン車」など14重点分野

 「グリーン成長戦略」は、洋上風力発電などの再エネの普及を促進し、ガソリン車から電動車への移行や水素の利用推進などを盛り込んだ。14の重点分野を設定し、分野ごとに目標年次も定めた。そして経済効果を2030年に年約90兆円、50年に年約190兆円、と試算している。

UNEPのホームページに使われている風力発電のイメージ画像(UNEP提供)
UNEPのホームページに使われている風力発電のイメージ画像(UNEP提供)

 温室効果ガスの排出削減対策には国のエネルギー構造が密接に関係する。国の長期的なエネルギー政策の指針となる現行の「エネルギー基本計画」は、30年度の再エネの電源構成比を22~24%と定めている。19年度の実績は約18%。このため排出削減対策を強化するためには、今年中に改定される新基本計画では30年度の再エネの電源構成比を上げる必要がある、と指摘されている。

 成長戦略では、再エネの30年度の電源構成比には触れていないものの、現状の約3倍に当たる「50年に50~60%」を「参考値」として示した。また、現在主力の火力発電は縮小し、再エネの導入を加速するとした。そして洋上風力発電を再エネの要と位置付け、40年の発電能力の目標を最大4500万キロワットに定めている。「脱ガソリン車」を掲げたのも特徴で、乗用車は30年代半ばまでに、新車販売の全てを電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)など電動車にする方針を掲げた。このほか水素利用も打ち出しており、車や発電での利用増加を見込んでいる。

2050年の日本の脱炭素に向けた電源構成のイメージ(経済産業省提供)
2050年の日本の脱炭素に向けた電源構成のイメージ(経済産業省提供)

 菅首相は1月28日未明にバイデン米大統領と初の電話会談を行い、気候変動やコロナ対策など国際社会に共通する課題について日米両国が協力することを申し合わせた。

脱炭素とレジリエント社会に向かう転換点になる年に

 新型コロナ感染症の世界感染者は1月27日に1億人を超えてしまった。死者も210万人以上に達している。ワクチン接種が英米など海外で始まり、国内でも2月下旬以降始まる計画だ。コロン禍収束に向けたワクチン効果への期待は大きいが、残念ながら現時点で収束の時期は見通せない。

 新型コロナ感染症のような新興感染症の増加は環境破壊と関係がある、との指摘は少なくない。UNEPは昨年4月に「4カ月ごとに新しい感染症が発生し、その75%が動物由来で、動物から伝播する感染症は森林破壊、気候変動などに起因する。これらの要因が解決されなければ新たな感染症は引き続き発生し続ける」とする報告書をまとめている。

 コロナ禍は人為的な自然喪失を背景とした人間生存の危機とも言える。コロナ禍によって世界の人々の生活は大きく変わった。いや応になしに多くの人々が自分たちの日常を見直している。「緑の復興」は国の政策だけでなく、一人一人が環境負荷の少ない生活を志向しないと実現しないだろう。世界がこのパンデミックと対峙することし一年が、脱炭素とレジリエントな社会に向かう大きな転換点になることを願いたい。

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