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今年のノーベル賞【前編】「C型肝炎」「ブラックホール」「ゲノム編集」 おなじみのテーマがそろい、陰で日本人研究者の貢献も

2020.10.19

内城喜貴 / サイエンスポータル編集部、共同通信社客員論説委員

 ノーベル医学生理学賞は「C型肝炎ウイルスの発見」、物理学賞は「ブラックホールの存在を証明」、化学賞は「効率的なゲノム編集技術を開発」―。2020年の自然科学分野のノーベル賞は、3賞とも一般になじみのあるテーマで先駆的な成果を上げた研究者が選ばれた。残念ながら日本人の受賞はなかったが、いずれのテーマも陰で日本人研究者の貢献があったことを強調したい。

医学生理学賞、抗ウイルス薬の開発に道筋

 スウェーデンのカロリンスカ研究所が医学生理学賞に選んだのは、米国立衛生研究所(NIH)のハーベイ・オルター博士、カナダ・アルバータ大学のマイケル・ホートン博士、米ロックフェラー大学のチャールズ・ライス博士の3人。

医学生理学賞を受賞する3氏。左からハーベイ・オルター博士、マイケル・ホートン博士、チャールズ・ライス博士(ノーベル財団提供)

 肝臓は人体の中で最も大きな臓器で、栄養を貯蔵し、有害物質を解毒・分解し、食べ物の消化に必要な胆汁の合成・分泌するという極めて大切な働きをする。不衛生な水や食べ物などを口にすると感染し、劇症化もするA型肝炎と、血液や体液を介して感染し、慢性肝炎を発症するB型肝炎は、いずれも1960年代から70年代に原因ウイルスが発見されていた。その後も輸血を受けて慢性肝炎になりながら、A型でもB型でもないケースが相次いで報告され、しばらく「非A非B型」と呼ばれながら原因は不明だった。

 ノーベル財団やカロリンカ研究所によると、オルター氏はA型やB型の原因ウイルス以外にも肝炎を引き起こす病原体がある可能性があることを1975年にいち早く見いだし、チンパンジーを使ってそれが新しいウイルスであることを突き止めた。ホートン氏は1989年にウイルスを特定。直接ウイルスを分離できなかったが、独自の手法で感染したチンパンジーの血液から遺伝子断片を複製した。ライス氏はチンパンジーの肝臓にこのウイルスを注入して新型の肝炎を起こすことを確認、ウイルスの複製に重要な遺伝子部分の特定もした。この成果が抗ウイルス薬開発につながった。

一連の研究が実を結んだ(ノーベル財団提供)(c) The Nobel Committee for Physiology or Medicine. Illustration: Mattias Karlen.

 C型肝炎はウイルスに感染しても自覚症状がないケースが多く、慢性化して数十年後に肝硬変や肝臓がんに移行する恐れがある。日本ではかつて血液製剤による集団感染が問題になり、国を相手取った訴訟も起きている。3人の研究によって高感度の血液検査が可能になり、新たな患者の発生が抑えられた。感染した患者を治療する抗ウイルス薬の開発にもつながった。カロリンスカ研究所は「世界の多くの地域で輸血後肝炎を大きく減少させた。世界の人口から根絶することが期待されている」などと3人の業績を評価した。

日本人特有の遺伝子配列を明らかに

 今回、医学生理学賞受賞が決まった研究に続いて同じ研究分野で世界的に知られる業績を残した日本人研究者がいる。現在、国立国際医療研究センター特任部長の下遠野邦忠氏だ。同氏はホートン氏の研究の後、国立がんセンター研究所(当時、現在国立がん研究センター研究所)で日本の患者の血液から日本人特有のC型肝炎ウイルスの遺伝子配列を明らかにしている。下遠野氏以外にもこの肝炎の基礎研究や治療研究に貢献した日本人は多い。

 日本ではインターフェロンに加えプロテアーゼ阻害剤などの併用により、多くの患者が治療できる体制ができている。しかし世界的に見ると根絶まではほど遠く、世界保健機関(WHO)は、C型肝炎の患者は世界で年間7000万人に上ると推計。このうち40万人が肝硬変や肝臓がんになって死亡しているとしている。

 C型肝炎の研究は現在も世界で精力的に続けられている。WHOは2030年までにC型肝炎の撲滅を目指している。カロリンカ研究所は今回「抗ウイルス薬を世界中で利用できるようにする国際的な取り組みが必要だ」と指摘した。

物理学賞、理論と観測から巨大天体に迫る

 物理学賞はブラッホールの存在を理論と観測から明らかにした英国オックスフォード大学教授のロジャー・ペンローズ氏、ドイツのマックスプランク地球外物理学研究所所長と米カリフォルニア大学バークレー校教授を兼ねるラインハルト・ゲンツェル氏、カリフォルニア大学ロサンゼルス校教授のアンドレア・ゲッズ氏の3人が選ばれた。

物理学賞を受賞する3氏。左からロジャー・ペンローズ氏、ラインハルト・ゲンツェル氏、アンドレア・ゲッズ氏(ノーベル財団提供)

 ブラックホールは、超高密度で、強い重力のために光も抜け出すことができない。現在ではこの宇宙に多く存在するとされながらも、光を全く出さないためにその姿を直接見ることができない実に魅惑的な天体だ。その性質の解明は容易ではないだけに一層人々の好奇心をそそる。

 スウェーデンの王立科学アカデミーによると、ペンローズ氏は独自に考案した数学的手法により、宇宙のブラックホールの形成がアインシュタインの一般相対性理論に基づいて説明できることを証明した。なかなか難解なのだが、ブラックホールの中心には密度が無限大で通常の物理法則が成立しない、時空がゆがむ「特異点」が存在するという理論を1965年に示した。

 ブラックホールの存在は一般相対性理論が発表された1915年ごろに既に予言されていたが、アインシュタインはその存在を信じていなかったと伝えられている。ペンローズ氏が理論を発表したのは、アインシュタインの死去から10年後の成果だった。同アカデミーによると、同氏の理論は宇宙の始まりにもこの特異点があることを示したことを意味し、一般相対性理論に対する最も重要な貢献という。

 理論的に存在が証明されたブラックホールを観測により決定付けたのがゲンツェル氏とゲッズ氏だ。2人は1990年代から2000年にかけ、天の川銀河の中心にある「いて座Aスター」の領域をそれぞれの研究チームを率いて観測。観測で得られた星の動きからこの領域には太陽の約400万倍もの質量がある天体があり、目には見えない天体が強い重力によって他の天体を引きつけていることを確認した。超巨大ブラックホールの存在を示す結果だった。

日本も参加の国際チームが「影」を初めて撮影

 現在、ブラックホールの観測は国際協力によって進み、新たな発見も続いている。日本も参加する国際チームの「イベント・ホライズン・テレスコープ」(EHT)は昨年4月、地球から約5500万光年離れたおとめ座のM87銀河の中心にある巨大ブラックホールの影を世界で初めて撮影したと発表している。この国際チームは国立天文台水沢VLBI観測所(岩手県)など日本の研究者のほか、欧米の研究者も参加し計約200人で構成された。

 国際チームは、日本などが運用する南米チリのアルマ望遠鏡やハワイ、南極など6カ所にある8つの望遠鏡の観測データを組み合わせる壮大な観測計画を立てた。そして、2017年4月、巨大ブラックホールを狙って観測。高解像度の観測で得られた膨大なデータから画像を作成する作業を進めた結果、ブラックホールの周辺にあるガスがリング状に輝き、中心が影のように黒く見える画像が得られた。リングの直径は約1000億キロ、ブラックホールの質量は太陽の約65億倍だった。

国際チーム「EHT」が発表した画像。M87銀河の中心にある巨大ブラックホールの影(中央の暗い部分)が見える(国立天文台などEHTチーム提供)

 ペンローズ氏らは長く物理学賞の有力候補だったが、昨年世界を驚かせたEHTの研究成果も授賞対象になるのではとの期待もあった。EHTに参加する国立天文台の本間希樹教授は3人を祝福した上で「ブラックホール研究の科学的な重要性が改めて認められたもので、我々の今後の研究に大きな励みになる。ゲンツェル氏とゲッズ氏らが行ってきた天の川銀河の中心のブラックホールの存在確認は、EHTがブラックホールの撮影を目指すきっかけになった。我々の撮影成功が今回の授賞者決定を後押したのであればたいへん嬉しい」とコメントしている。

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