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既存薬の安全確認と転用、そして早期ワクチン開発が急務 人類の「難敵」新型コロナと戦うために国際協調も

2020.04.16

内城喜貴 / サイエンスポータル編集部、共同通信社客員論説委員

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界規模での拡大が収まらない。日本国内でも東京など都市部では感染爆発の危機が迫る。こうした歴史的な惨事の中で今、最も求められるのは特効薬やワクチンの開発だが、新規の特効薬の開発には時間がかかる。このため、差し迫った危機と戦うために、別の病気に使われている既存薬転用の安全性を確認するための臨床試験などが世界的に行われている。同時にワクチンの開発研究も急務だ。人類の危機との戦いに勝つためには研究機関や企業が国際協調も進めながら、この「難敵」と向き合うしかない。

 新型コロナウイルス感染症への有効性に期待が集まっている薬として、新型インフルエンザ、ぜんそく、エイズ、膵炎など、さまざまな病気の治療薬の名前が挙がっている。具体的には抗インフルエンザ薬「ファビピラビル(商品名アビガン)」、エボラ出血熱の治療薬候補「レムデシビル」、気管支ぜんそく治療薬「シクレソニド(同オルベスコ)」、膵炎治療薬「ナファモスタット(同フサン)」などだ。

 中でも現在、国内で最も注目されているのは富士フイルム傘下の富士フイルム富山化学が新型インフルエンザ治療薬として開発し、2014年3月に日本で承認されたアビガンだ。新型インフルエンザが流行した場合に使うことを前提にしているため、現在市場には流通していない。国が新型インフルエンザ用に200万人分を備蓄。新型コロナウイルス感染症用には約70万人分確保されている。

期待の既存薬は新型コロナウイルスの増殖を抑える効果

 アビガンの薬効メカニズムは、インフルエンザウイルスの遺伝子複製酵素であるRNAポリメラーゼの働きを阻害する。新型コロナウイルスも同じRNAを遺伝子本体とするウイルスであることから、ウイルスの増殖を抑えることで治療効果が期待できる、として中国で感染拡大が続いていた頃から専門家や臨床医が注目していた。中国政府は3月中旬にアビガンの臨床試験で良好な結果を出したと報告しているが、日本では、3月31日に第3相臨床試験が始まり、富士フイルムの4月9日の発表によると、米国でも第2相臨床試験を開始するという。同社と日本政府は承認までの手続きを急ぎ、早い時期の承認を目指している。

アビガンの作用メカニズム(富士フイルム提供)
アビガンの作用メカニズム(富士フイルム提供)

 日本感染症学会は患者の症例を臨床医から公募し、公表しているが、この中でアビガンの投与、回復例も報告されている。臨床医や感染症の専門家の多くが指摘するアビガンの特徴は、錠剤なので自宅療養中でも医師の処方箋があれば投与できることだ。体内にウイルスが大量に増える前の発症初期が効果的で、軽症患者によく効く半面、患者が重症化すると効果が低減する傾向にあるという。こうした治療成績は、ウイルスの増殖を阻害するアビガンのメカニズムを考えれば理解しやすい。

 安倍晋三首相は4月7日の記者会見で今後治療効果が期待できる既存薬としてアビガンのほか、気管支ぜんそく治療薬オルベスコ、膵炎治療薬フサンなどの名前を挙げた。特にアビガンについては、「観察研究」の枠組みの中で患者への使用を拡大する考えを示している。観察研究とは臨床研究のうち、患者に同意の上で投薬し治療効果を見る臨床試験とは異なり、患者の検査データなどを提供してもらい、薬の効果や安全性を評価するものだ。富士フイルムなどによると、政府から増産要請を受けているほか、海外からも引き合いがあるため、増産、生産強化に向けた態勢整備を急いでいるという。

米国の患者から分離された新型コロナウイルスの電子顕微鏡画像(Credit: NIAID-RML)
米国の患者から分離された新型コロナウイルスの電子顕微鏡画像(Credit: NIAID-RML)

増産だけでなく条件整備も必要

 ただ課題もある。新型インフルエンザ治療薬としての開発過程の動物実験で胎児に奇形が出る恐れが指摘された。このため、新型コロナウイルス感染症の治療薬として使う場合も妊婦や妊娠の可能性がある女性には使えない。また、ある程度増産、量産できたとしても、医師の診断の下で適切に処方され、適切な形で患者に届けなければならない。そのためには、自宅療養時の投与基準や医療機関での投与優先順位を決め、発熱外来の充実など医療態勢を整備し、発症初期に投与するためのPCR検査を拡充することも必要になってくる。

 安倍首相も言及した気管支ぜんそく治療薬のオルベスコは2007年に承認されている。新型コロナウイルスに対しても増殖抑制作用が期待されている。本格投与には安全確認も必要で、国立国際医療研究センターが臨床試験を計画している。同研究センターはエボラ出血熱の治療候補薬レムデシビルの臨床試験も続けている。この薬は米国の製薬会社が開発。米国立衛生研究所(NIH)が2月末に中国も参加する国際的な臨床試験の枠組みを作った。同研究センターはこの国際協調の枠組みに参加した形だ。

 膵炎治療薬フサンはコロナウイルスが細胞に侵入することを阻害する働きがあると期待されているが、この薬についてはアビガンと併用する観察研究の枠組みでの投与が計画されている。このほか、スイス製薬大手ロシュが、大阪大学が開発に関わった関節リウマチ治療薬「トシリズマブ(商品名アクテムラ)」が新型コロナウイルスによる肺炎治療に効果がある、として臨床試験を米国などと共同で実施することを明らかにしている。日本でも臨床試験を行う可能性があるという。

 アクテムラは、免疫細胞から分泌されて炎症を起こすたんぱく質インターロイキン6(IL6)の働きを阻害する作用があり、重症患者への治療効果に期待が集まっている。IL6は、現在大阪大学・免疫学フロンティア研究センターの特任教授の岸本忠三氏(元同大総長)が発見したことで知られる。

患者の血漿使う新薬の開発も

 こうした既存薬のほか、新薬開発の試みも注目されている。武田薬品工業は米企業と連携しながら、回復した患者の血液成分である血漿を使った新薬の開発を目指している。患者が回復するとその患者には新型コロナウイルスに対する抗体ができる。回復した患者の血漿から採取した「病原体特異的抗体」を濃縮し、これを新たな患者に投与するという試みだ。患者は免疫活性が高まって回復効果があると期待されている。同社は実用化に向けて開発作業を急いでいる。

 特段の瑕疵(かし)がなく市中感染してしまった場合でも、感染患者は自己嫌悪を感じることが多く、いわれなき差別を受けるケースも伝えられている。患者の血漿を使う治療は新たな患者の治療に貢献するため、患者自身のメンタルケアにも役立つだろう。

 新型コロナとの戦いは長期化する可能性が高い。言うまでもなく、この戦いに最終的に勝つためにはワクチンの開発は必須だ。世界保健機関(WHO)によると、ワクチン候補は50を超えるという。既にNIHや中国の研究機関が臨床試験を始めている。日本では国立感染症研究所や東京大学医科学研究所のほか、製薬ベンチャーなども独自の発想と技術によるワクチン開発を続けている。ワクチン開発の分野でも国を超えた研究機関や企業間での連携が増えている。

 ただし、ワクチンが実用化するめには、既存薬と異なり臨床試験の前の動物実験で慎重な試験を行う必要がある。健康な人が感染を予防することが目的なので、効果だけでなく、安全性の確認が極めて重要だ。実用化が急がれることは言うまでもないが、残念ながら臨床医の間では、「1年では難しいのでは。数年かかるかもしれない」との声が多い。

各国研究機関・企業の英知を集めて

 米ジョンズ・ホプキンズ大学の集計によると、新型コロナウイルス感染症の世界の感染者は日本時間 4月16日昼前の段階で200万人を、死者は13万人をそれぞれ超えている。日本はPCR検査数が少ないために正確な市中感染者数などははっきりしないが、報告数だけを見ても、数は増加の一途だ。大都市を中心に感染爆発の危機はまだ回避されていない。

世界のコロナウイルス感染者の増加を示すグラフ(米ジョンズ・ホプキンズ大学提供)
世界のコロナウイルス感染者の増加を示すグラフ(米ジョンズ・ホプキンズ大学提供)

 国連のグテーレス事務総長は新型コロナウイルスとの戦いは第2次世界大戦以来の最大の試練、などと警告している。医療体制が脆弱な発展途上国での感染拡大も懸念されている。新型コロナウイルスによって亡くなる人は、世界で一体何人を数えるのだろうか。既存であろうと新薬であろうと、治療薬やワクチンの開発のためには「自国主義」を超え、研究分野での国際協調の枠組みを最大限利用して各国研究機関の全英知を集めるしかない。

 3月下旬に日本記者クラブ(東京都港区内幸町)で記者会見した当時、日本医療研究開発機構(AMED)の理事長だった末松誠氏(3月末で退任、現・慶應義塾大学医学部教授)は新型コロナウイルス感染症対策として重要な国際的なデータ共有協定を1月中旬にいち早く締結したことなどを紹介した上で、新型コロナウイルスと戦うためには「(国内外の)すべての科学者、研究者を結集しなければいけない」と国際協調を前提に強調している。

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