この冬、4回目の風邪を引く。こんなに繰り返しかかるのは記憶がない。数だけでなく一度引くとなかなか治りにくいのも、認めざるを得ない現実だ。運動して汗をかいたら治ってしまった。そんな時代もあったのに…。などと往生際の悪いことなど考えず、とにかくすぐ医者にかかって薬を処方してもらう。この冬得た教訓に従い仕事を終えた後、近くのクリニックに寄ってから、旧友たちとの飲み会に向かう。
いろいろな場所に詳しい幹事(全国紙論説委員)が今回設定したのは、入谷鬼子母神近くの店だった。今夜もうまいもの食べられそう。のれんをくぐった途端に確信する。タラちりが自慢のメニューとのことで、手打ちそばを最後に残った汁に放り込む、という食べ方にも大いに満足した。
「都心まで出てくるのが金銭的に結構な負担。電車代だけで○千円かかる。会社というのはこんなに高い交通費も払っていたのだ、と今になってありがたみが分かる」。横浜市郊外から先に到着してビールを飲み始めていた仲間の1人が、笑いながらこぼす。昔から給料もよく、その上企業年金も相当な額らしいという評判の全国紙のOBだ。だいぶ前、日本記者クラブで顔を合わせた旧知の元民放ラジオ局報道部長も、全く同じことを言っていたのを思い出す。日常生活での出費に伴う金銭感覚は、たくわえや年収とはまた別のもの。特にそれまで無縁だった出費に対しては、ということだろうか。
しかし、ひょっとすると、日本は公共輸送機関の料金も外国に比べて高いのではないか。ようやく皆の目にも明らかになりつつある電気料金だけでなく、という気もする。日本のようにかつてのような経済成長がもはや望めない国においては、高齢者にもお金を使ってもらわないと経済はうまく動かない。そう考えると、退職者が家にこもってばかりでは困る。まずはあちこち出歩いてもらうため電車や地下鉄、バス料金などが安くならないと、と思われるのだがどうだろう。
知識の豊富さにいつも舌を巻く幹事の全国紙論説委員は、千葉県のこれまた遠方に住む。こちらの電車料金は横浜方面よりさらに高い。また編集者の知らない事実を教えてくれた。千葉県では、公共事業などを行う事業者が土地を取得する際に利用できる「土地収用制度」が全く用をなさなかった時期がある。成田空港建設反対運動の中で千葉県収用委員会会長に対するテロ行為が起き、収用委員会自体が長い間、完全に機能停止になってしまう。この間、土地収用制度が適用されなかった結果、新しくできた千葉県内の鉄道は土地取得費がかさみ、それが高い運賃に跳ね返っている、というわけだ。
円高、デフレ、製造業不振、非正規社・職員の増加、国債発行額の増加…。今の国内状況を整理して考えるのは、経済の常識、基本原理にも疎い人間にとって至難のわざである。ただ、こうした問題を考える時にいつも思い浮かぶのが「金は天下の回り物」という言葉だ。経済開発協力機構(OECD)が、日本の家計における教育費の占める割合が大きいことを示す報告(2009年)を公表したことがある。幼稚園などの就学前教育では日本全体の教育支出の38.3%を家計が担っており、大学など高等教育では51.4%が同じく家計負担となっている。韓国以外のOECD加盟国に比べ数倍から倍近い値だ。
教育に公費だけでなく、個人的にも高い金を投入していること自体は、世界に向けて自慢してよい国民気質だろう。しかし、これって結局、自分の子供がかわいいため、と言えないだろうか。「いや、そうではなく、社会のためになる人間を1人でも多く育てたいから」と考える親は一握りなのでは、という気がしてならない。塾や予備校関係者が潤うだけでなく、もっとさまざまな人たちにもお金が回るような使い方もしないと…。
入谷鬼子母神前の言問(こととい)通りを東に浅草まで行くと、行きつけのバーがある。旧友たちをよほど誘おうかと思ったのだが、これも風邪のせいだろう。東海村の単身赴任先に戻る友人を上野駅で見送り、残りの皆と一緒にそれぞれ電車で帰宅となった。
それにしても「金は天下の回り物」ということわざには、プラスの価値観は含まれているのだろうか。そうであって世の中はうまく動いている、という…。