前から気になっていた本にようやく目を通した。「ルポ正社員になりたい-娘・息子の悲惨な職場」(影書房)という本で、2007年労働ペンクラブ賞受賞作である。著者のブログ「小林美希の取材日記(つぶやき)」をのぞいてみると、「上海から戻った翌日、いろいろ原稿の締め切りだったので、1日で1万5000字も原稿を書いた」などと恐ろしいことが書いてある。そんなに忙しいなら、やはりしばらく誘うのはやめようと思った。
非正規という雇用形態が日本社会に急速に広がる中で、いかに多くの若者が悲惨な生活、人生を強いられているか。彼女が、週刊エコノミスト誌上で繰り返し特集記事を書いていたころ、何度か一緒に飲んだことがある。高校の先輩後輩という関係だ。30歳も年が離れているのに、こういうことが後ろ指指されずにできるところが実によい。
彼女がこのテーマで特集記事を書くたびに週刊エコノミストのその号は販売部数が急上昇したそうだ。しかし、それで経済的な見返りでもあったかといえば、そうではないという。彼女自身が正社員でなく契約社員だったのである。月給の額を聞いて驚いたのを思い出す。仕事自体はやりがいがあるが、このままでは将来の展望がない、と考えたのだろう。いまはフリーだ。
無論、好んでそのような人生を選んだわけではなく、大学時代、会社説明会や企業訪問で「覚えているだけで50〜60社の企業の門をたたいた」。しかし、当時は就職率55.8%という超就職氷河期。結局、就職できないまま卒業となってしまったそうだ。そんな経験があるから、その後取材者となっても視線は取材対象となった若者と常に同じレベルということだろう。
日本を代表する企業で、12年ものあいだ派遣社員として働き続けた女性の話が、本の中に出てくる。会社と交渉した結果、正社員となったのだが「社員食堂の500円の定食も食べられなくなった」。派遣時代の年収を18カ月で割った金額を月給とされたため、それまでの月収26万円が、基本給16万6000円に下がってしまったからだ。
この本をやっと読む気になったのは理由がある。連休の最中、旧友宅に招かれバーベキューを楽しんだ。かつて赴任地が同じだった記者仲間が、久しぶりに顔をそろえた。昔は、家族ぐるみでよくこうした場をもったものだった。変わったことといえば、夫人連の顔が半減したくらいだろうか。この仲間だけすべての家族が順風満帆、平穏無事というわけにはいかない。
小さかった子どもたちも皆、それぞれすっかり大きくなっているのだが、ここでまさに娘の労働環境があまりにひどいという話が出たのである。身分の不安定さもさることながら、身体がいつまで持つかを心配しなければならないような仕事ぶりだという。
記者は社会の不公平に対して先頭切って追及することを期待され、実際の仕事でもそれを基本に据えているはず。報道機関を離れた今でも考える。その報道機関の人間ですら、最も身近なわが子が「ルポ正社員になりたい—娘・息子の悲惨な職場」で多々紹介されているような労働環境に置かれる時代、ということだ。
実は身近な人間から同様な話を聞くのは今回が初めてではない。自由な競争がない社会もごめんだが、理不尽な不公平を拡大するがままにしている社会はもっと不気味。そう思う人は多いと思うのだが。