レビュー

編集だよりー 2010年10月22日編集だより

2010.10.22

小岩井忠道

 米映画の歴代トップ10というものを、高校の先輩たちの同窓会に参加して教えられたことがある。1年半前の編集だよりで紹介したが、どこが選んだランキングだったのか、先輩の話を聞き逃した。ウェブサイトで調べてみたら、どうもアメリカ映画協会というところが2007年に発表したもののようだ。

 なぜ、今になって調べる気になったかと言えば、歴代9位にランクされていたというヒチコック監督の「めまい」(1958年)についてその編集だよりで触れたことによる。映画の冒頭、高所恐怖症の主人公が高いところから落ちそうになる夢を見てうなされるシーンがあったのを思い出したからだ。

 実は編集者も幼少時、足を踏み外したかして、がけの上から空中をどこまでも落下していく恐ろしい夢を何度も見て、恐れおののいた記憶がある。友達に話したら「おれも同じ経験が」というのが何人かいた。

 「空中を落下する夢というのは、人類がまだサルだった時代に木の上からしばしば落ちた時の恐怖が、記憶として延々と引き継がれているため」。その後、そんな話をどこかで読んで、ひょっとしてそうかも、などと信じかけたこともある。記憶が次の世代にまで伝えられるというのはいくら何でもないだろう。とは思いつつ、最近、理化学研究所から面白い研究成果が発表されていたことに気づき、昔の記憶がよみがえってきた、というわけだ。

 プレスリリースによると、ゼブラフィッシュという熱帯魚の研究で「進化的に保存された恐怖反応を制御する仕組みを解明」したというのである。小さな熱帯魚の研究成果ではないか、と軽く見ることはできない。ゼブラフィッシュというのは、脊椎(せきつい)動物のモデル実験動物なのだ。

 研究チームがやったことは、まず遺伝子組み換え技術を応用し、手綱核と呼ばれる脳の部位にある神経回路の情報伝達を阻害するゼブラフィッシュをつくりだした。手綱核というのは、魚類からヒトまで共通に存在するという。次に赤い光を見せると同時に電気刺激を与えてやることで恐怖を教え込み、その後、赤い光だけを見せ、どういう行動に出るか調べた。つまり電気刺激という恐怖が来ると感じたときに、どんな対応をとるか調べたわけだ。すると正常なゼブラフィッシュはすぐさま逃げるのに対し、手綱核の神経回路の情報伝達機能を取り除かれた方はその場に凍りつくように動かなくなる「すくみ」行動をとることが分かったという。

 脊椎動物の中で最も単純な脳を持つとされる小型魚だから、こんな違いが明確に出るのだろうか。ともかく恐怖を感じたときの行動が、脳の一部の働きを人為的に変えられただけでこうも違ってくるというのである。手綱核なる脳の部位の機能が、脊椎動物が進化する中でどう変わってきたのか、あるいはどう変わっていないのか。大いに気になるところだが、さらにこれから多くの研究が必要ということだろう。

 そういえば、がけから落ちる夢を見て身がすくむような思いをしなくなって、どれくらいになるだろう。ほかにもそんな人たちはいないだろうか。もっと恐ろしいことは世の中にいくらでもある。特に人間も相当、恐ろしい。頼りになる人もまたたくさんいるが。なんてことを成長するにつれ、嫌でも知らされた結果として…。

 編集者などは、特段、秀でたところがあるようにも見えないのに傲慢(ごうまん)な人間というのが、とりわけ苦手だ。すぐさま逃げる。

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