レビュー

編集だよりー 2010年10月13日編集だより

2010.10.13

小岩井忠道

 芸能やスポーツの世界で名を成し、かつ筆も立つという人といえば、豊田泰光氏と池部良氏がすぐ思い浮かぶ。もっとも編集者のカバー範囲は新聞に連載コラム欄を持つような人に限られるが。

 今でも日経新聞スポーツ面にコラム「チェンジアップ」を連載している豊田泰光氏は文章が十分、練れていることに加え、なにより毎回、切り口に舌を巻く。「同感!」とつぶやくこともしばしばだ。おそらく同郷(妹さんとはほんの一時期だが小学校で同級だった)のせいもあるのだろう。反論もないけれど、なるほどと感心することもなければ、にんまりさせられるような個所もない。そんな話を読まされる心配はなく、いつも納得する。

 池部良氏は、毎日新聞に連載されていた「そよ風ときにはつむじ風」という連載コラムに毎回、感服したものだ。ときどき登場する父上(池部釣氏。漫画家として著名だったという)が、またご当人以上にすこぶる面白い人に描かれていた。この親にしてこの子あり、ということだろうか。「とてもこんな文章は書けない」とあきらめながら読んだことを思い出す。氏素性、経験、何をとっても格があまりに違いすぎるという感じだった。

 俳優としての池部良氏といえば、まず思い出すのが「恋人」(市川崑監督、1951年)だ。結婚式を明日に控えた久慈あさみが、小さいときから兄のように慕っていた池部良を誘い、未明まで最後のデートをする。キスシーンもない。うじうじしたところも全く感じさせなかったが、結果だけから見れば、大塚博堂の歌「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」みたいな役柄といえるだろうか。

 「これでよかったのよね」。最後に久慈あさみの両親、千田是也と村瀬幸子が静かに語り合う最後の場面を、よく覚えている。

 もう一つ、「四つの恋の物語」(1947年)というのもあった。豊田四郎、成瀬巳喜男、山本嘉次郎、衣笠貞之助という大監督たちが、一話ずつ撮ったのを1本にしたぜいたくな作品だ。豊田四郎監督が担当した第一話「初恋」に主人公の旧制高校生役で出ている。母のいない女学生、久我美子が父親の転勤のため、父親同士が親しい池部良宅に預けられる。当然、2人の間には恋心が芽生えて…、という話だ。

 池部良の両親役は、志村喬と杉村春子だった。この作品も悪い人物は出てこない。二人の関係を心配する母親の気持ちを察して久我美子が家を出て行き、オルゴールが一つ残される…。

 この作品は、黒澤明監督のオリジナル脚本である。似たようなタイプの映画を黒澤監督自身が撮ることはついになかったし、数多くの出演作品がある池部良氏が黒澤監督の作品に出ることもなかった。

 黒澤監督の作品には合う役がなかったか、池部良氏に合うような作品を黒澤監督が撮らなかったか、のどちらかなのだろう。

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