レビュー

編集だよりー 2009年10月1日編集だより

2009.10.01

小岩井忠道

 朝青龍が優勝が決まった後でガッツポーズをしたことが、また騒がれている。内館牧子・横綱審議会委員は当然、カンカンだと伝えられているし、高砂親方も28日の横綱審議会でまた頭を下げたという。

 こうした朝青龍たたきにくみしない人もいる。この欄に前に登場願った小長谷 有紀・国立民族学博物館 研究戦略センター教授(2007年8月7日オピニオン「モニタリングモニタリングという呪縛」など)も、一笑に付していた。モンゴル高原をフィールドワークにする文化人類学者としては、日本人あるいは日本の基準だけで、モンゴル人である朝青龍を批判することなど到底、容認できない。そんな思いだろうと勝手に解釈して、詳しくは伺わないままになっているが…。

 日経新聞運動面の連載コラム「チェンジアップ」に1日、豊田泰光氏がまたしてもなるほどと思うことを書いていた。「私の時代は本塁打を放っても派手なポーズはとらず、ベンチの何人かと握手する程度。…喜びは心に秘め、胸の内で味わうのが基本だった」。氏も朝青龍のガッツポーズを「とんでもないこと」とみなしている。しかし、皆と一緒に朝青龍への文句で記事が終始するようなら、編集者が氏のコラムの愛読者であるはずはない。

 「野球選手が試合途中で見せるものよりマシ。…勝負が決まっていないうちから喜んでいて、負けたらあの万歳にどう始末を付けるのか…」。「現実問題として、今の人たちに感情表現の抑制を説いても無駄だろう。朝青龍は外国人だが、昨日今日に来日したわけではない。朝青龍が過ごしてきた日本の環境から既にそういう感性が失われつつあったのかもしれない」と続くのだ。

 地域の少年野球チームで小学生の孫が毎日曜日、ボールを追いかけている。いいところでヒットを打って一塁ベース上でガッツポーズしたとたんに、コーチにどやしつけられた。「馬鹿! そんな暇があったら2塁を狙え」

 娘から先日聞いた話を思い出す。

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