レビュー

飯島澄男氏カーボンナノチューブの評価は

2010.10.06

 今年のノーベル物理学賞は、グラフェンを実際につくり、性質を分析した英マンチェスター大学の2教授に授与されることになった(2010年ニュース「グラフェン発見の英大学教授2人にノーベル物理学賞」参照)。

 国際文献情報企業「トムソン・ロイター」は、研究者の注目論文がどれだけ引用されているかを分析したデータを基に、毎年その年のノーベル賞受賞有力候補を発表している。ノーベル物理学賞に輝いたアンドレ・ガイム、コンスタンチン・ノボセロフ両教授は、2年前にトムソン・ロイターが発表した物理学賞の有力候補者に挙げられていた。

 炭素(C)という地球にありふれた元素がナノレベルで多様な形態、性質を持つことは、特に近年、研究者たちの大きな関心を集めている。1996年には、サッカーボールのような形をした「フラーレンC60」を発見した米国人2人と英国人1人にノーベル化学賞が贈られている。

 グラフェンは炭素原子がシート状になっているのが特徴だが、筒状のカーボンナノチューブを発見した飯島澄男 氏(日本電気特別首席研究員、名城大学大学院教授、産業技術総合研究所 ナノチューブ応用研究センター長、名古屋大学高等研究院特別招聘教授)の業績も名高い。トムソン・ロイターは2007年に、物理学賞の有力候補者として飯島氏を挙げている(2007年9月11日トムソン・ロイタープレスリリース 参照)。今年の受賞者に決まったアンドレ・ガイム、コンスタンチン・ノボセロフ両教授を有力候補者とするより1年早い。

 ノーベル物理学賞の受賞者決定を伝える6日朝の各新聞記事は、それぞれ飯島氏が受賞を逃したことに触れていた。複数の新聞に飯島氏本人の「残念」というコメントが載っている。東京新聞は「カーボンナノチューブを開けばグラフェンになる。一般的な生成法も同じで、ナノチューブの研究が今回のグラフェンの基礎になっている」という、今回の選考結果に疑問を投げ掛ける篠原久典 氏・名古屋大学教授のコメントも紹介していた。

 では授賞者を決めたスウェーデン王立科学アカデミーは、どのように評価したのだろうか。発表資料の「サイエンティフィックバックグランド」には、カーボンナノチューブについての記述が少ない。「関連の準一次元型カーボンであるカーボンナノチューブが数十年前、単層(single walled)ナノチューブが1996年から知られている。これらはグラフェン・シートから形成され得る。電気的、機械的性質はグラフェンと多くの類似点がある」としている程度だ。飯島氏や遠藤守信 氏・信州大学教授の論文も、資料の最後に多くの参考論文の一つとして掲げられているだけである。

 むしろ発表資料で目を引くのは、今回の受賞者たちの業績が、将来の応用の可能性よりも、むしろ基礎的研究としても興味深いことを詳しく紹介していることではないだろうか。量子ホール効果やディラック方程式(フェルミ粒子に対する量子力学の基礎方程式)といった言葉が何度か出てきて、基礎的研究面でも大きな影響を与えたことが強調されている。

 「ナノチューブとグラフェンで共同受賞もあると思っていたが、これは正直、チャンスが少し少なくなったという気がしますね」。朝日新聞記事の中で飯島澄男氏がコメントしているが、スウェーデン王立科学アカデミーの発表資料を見る限り、氏の心中も理解できるような気がする。

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