理系出身者の方が文系出身者より収入は恵まれている、という意外な結果が、西村和雄 氏・京都大学経済研究所特任教授、浦坂純子・同志社大学社会学部准教授らの調査で明らかになった(2010年8月27日ニュース「理系出身者の方が高収入」参照)。
従来は全く逆の通説が流布されており、大学受験生やその親に理工系学部への進学をためらわせる原因の一つといわれていた。どうしてこのような根拠あやふやな通説がまかり通ってきたのか。日本社会の最上部だけ眺めているとこうした通説が本当らしく思えてくる現実はある。圧倒的に文系が優位な政官界だけでなく、大企業のトップも確かに文系が多い。
西村教授らの記者発表では、収入の比較だけでなく、もう1点重要な知見として指摘されたことがある。こちらは新聞報道などでは、触れられていない。「難易度Aの大学出身者ほど、高い人的資本が求められる仕事に就いており、数学学習が効果的に機能していることが示された」というのだ。これはどういうことか。記者発表の根拠になった西村教授らの論文「数学教育と人的資本蓄積—日本における実証分析」(Journal of Quality Education Vol.3)を見てみる。
調査は、ベネッセコーポレーションによる2008年度の大学入試難易ランキングを用いて、得られたサンプルを偏差値50未満(低ランク)、50-59(中ランク)、60以上(高ランク)に分けた比較もしている。文系理系の違い以前に、文系出身に限った中で、数学で受験したかそうでないかを比較した結果が興味深い。大学入試で一度だけでも数学で受験したことがあるグループと、大学入試で数学をとらなかったグループで社会人になってから年収に違いがあるかどうかを比べた結果だ。
偏差値が低ランクでは変わりないが、中ランク、高ランクになるほど数学受験グループの年収が高くなるという結果が出ている。西村教授らは「入試難易度が高い出身大学ほど、優良な企業などに就職する可能性が高く、数学学習で培われた数理的能力がより多くの選択肢の中からより有利な仕事を手に入れる機会をもたらし、着実な昇進、引いては所得に強く影響を与えるため」という解釈を示している。
同じ文系出身の中ですらこのような違いが見られたのだから、理系と文系出身の違いを加味したらもっとはっきりと差が出るのは当然だろう。
数学で受験したかどうかによる年収への違いを、偏差値ランクごとに文系、理系で比較するとどうなるか。最も高収入を得ているのは偏差値60以上(高ランク)の理系出身で、45-60歳ですべて年収1,000万円を超す。次に高収入を得ているのは、高ランクの文系出身でかつ数学で大学受験した人たちとなっている。ただし60歳になると偏差値では下位(中ランク=偏差値50-59)の理系出身者に抜かれる。要するにトップ3のグループはすべて大学受験時に数学をとっている人々ということだ。
中ランク(偏差値50-59)の文系出身で数学の受験経験のない人々が、50歳までは同じ中ランクの文系、ただし数学で受験した人たちを上回っている。しかし、55歳になると追いつかれ、60歳になると数学受験組より年収が下回ってしまうことも興味深い。
要するに単純に平均をとっても、数学を学んだかどうかまで見て比較しても、理系出身が文系出身より所得が劣るということなど全くない、ということだ。
今、高校の教育現場では「国公立大学に何人合格したか」が、大きな指標の一つになっているという。西村教授は、20年以上前から大学生の基礎学力低下に警鐘を鳴らし続けており、その一つの原因に大学入試の科目減を挙げている。入試科目を増やそうという動きは大学側にまだないようだが、高校の方が先に、気づき始めたということだろうか。比較的、入試科目の多い国公立大学に生徒を送り込んだ方が本人のため、と。
今回の調査結果が、大学側の入試に対する考え方に影響を与えるかどうかも注目される。