レビュー

編集だよりー 2010年2月19日編集だより

2010.02.19

小岩井忠道

 藤田まこと氏も「さとうきび畑」(作詩・作曲、寺島尚彦)が好きだったのか。東京新聞18日夕刊に載った安田信博記者の評伝を読んで思った。氏の訃報は各紙が18日夕刊、19日朝刊で一斉に伝えたが、この記事が一番読ませたのでは、と思う。藤田氏には戦死した海軍軍属だった兄がいることは聞いていたが、沖縄に船で向かう途中、米軍機の爆撃を受けたためであることはこの記事で初めて知った。17歳だったこと、亡くなる2カ月前にこの兄から届いたはがきを手に氏が歌謡ショーで戦争への思いを語り「さとうきび畑」を歌った、ということも…。

 ウィキペディアで調べると森山良子がこの歌を入れたLPを出したのは1969年とある。当時、編集者は社会人になったばかりだった。長くてどちらかというと退屈な歌というのが最初の印象だったが、繰り返しの多い歌詞と旋律がなぜかずっと耳に残っている。「ざわわ、ざわわ、ざわわ…」

 安田記者の記事は、この「さとうきび畑」のくだりに続いて映画「明日への遺言」(小泉堯史監督・脚本)で藤田氏が主役のB級戦犯、岡田資中将を演じたことに触れている。「入魂の演技といってもよい」。この役を演じたことが俳優人生でどのような位置を占めているか、記者の藤田氏に寄せる思いが簡潔かつ明快に表現されている。

 長い死亡記事を書いてもらえるような人は限られるし、記者の多くが長い死亡記事を書けるわけでもない。筆力は無論のこと、取材対象者とどのくらい深く人間的付き合いをしているか(記者自身がどのくらい取材対象者に信頼される人間か)までもろに出てしまうから、記者にとっては怖い記事だ。映画「明日への遺言」は産経新聞が製作費の一部を出しており、公開時には紙面上でも特段の肩入れをしている。当然、藤田氏の死亡を伝える記事も東京新聞以上に詳しかったが、その他の全国紙を見て記事の内容に大きな違いがあるのが気になった。「明日への遺言」が、藤田氏の代表作であることに気づいていないのか、としか思えない新聞もある。

 編集者は、この作品は完成直前のものも含め、4、5回見たし、法廷場面の撮影も見学している。脚本も何度か読み返した。藤田まことの主演男優賞は間違いない。おそらくその他の賞も、と確信したものである。ところがその年の映画賞・コンクールでは確かどの部門にも全くかほとんどノミネートすらされなかったのに驚いたものだ。

 映画賞の選定方法はいろいろあるだろうし、あってもよいとは思うが、小泉堯史監督作品に関して言うと、各映画賞・コンクール審査委員の評価基準が何とも腑に落ちない。デビュー作である「雨あがる」が各種の賞を総ざらいする評価を受けたのに比べ、その後の作品「阿弥陀堂だより」「博士の愛した数式」に対する映画賞・コンクールの評価が低すぎるように思えてならないからだ。

 何年たっても色あせない作品かどうか。その1点だけをもうちょっと重視するだけでも、違った評価が出てくるような気がしてならないのだが、映画ファンの多くはどう見ているのだろうか。

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