レビュー

編集だよりー 2007年10月29日編集だより

2007.10.29

小岩井忠道

 東京国際映画祭の特別招待作品としてワールドプレミアム上映された「明日への遺言」(小泉堯史監督・脚本)をオーチャードホールで観た。最後に俳優、スタッフ、協力者たちの名前が次々に表示され、しんがりに「監督 小泉堯史」の名が中央でピタッと静止すると、待ちかねたように満員の観客席から盛大な拍手がわき上がった。

 「15年前、大岡昇平夫人に手紙を書いて映画にしたいとお願いし、12、3年前に脚本を書き上げたが、難しい素材なのでなかなか映画にこぎつけられなかった」。いつも舞台あいさつで多くを語らず製作会社の人たちをやきもきさせていた小泉監督も、今回はいつもよりは言葉数が多かったように見えた。一番撮りたかった作品だ、という思いが伝わって来る。

 主人公は、絞首刑に処せられたB級戦犯、岡田資・第十三方面軍兼東海軍司令官である。太平洋戦争の終結直前に名古屋地区へ米軍が焼夷弾爆撃を行った際、捕らえられた米軍機の搭乗員たちを処刑した責任を問われた。映画は、大岡昇平の原作「ながい旅」同様、事実を重視し、岡田資が主張したこと、求めたものが何かを浮かび上がらせる姿勢に徹しているように見えた。

 戦争映画を映画会社が作りたがらなくなってだいぶたつように思う。太平洋戦争に対する考え方が両極端な人々がおり、加えて戦争のことは深く考えたくないという膨大な国民が増えている。そんな現実を考えると興行的にリスクの多い題材はとても選べない、ということだろう。15年も前に、これを映画化したいと考え、その思いを持ち続けてきた小泉監督の志の高さにあらためて頭が下がる。

 この作品は脚本にロジャー・パルバース東京工業大学世界文明センター長が参加している。判事、検事、弁護人すべてが米国人という法廷場面で、英語の台詞に完ぺきを期すため加わった。そのパルバース氏が、パンフレットに書いた文章に次のような個所がある。

 「3年前だったら、この映画はアメリカでは公開されなかったでしょう。9.11以降の、イラクへの攻撃を人々は支持していたからです。しかし、アメリカが無差別爆撃という犯罪を犯したことにより、アメリカ人さえ、アメリカが正しくないという気分に襲われました。世論は、この半年の間に大きく変わったのです」

 15年前、小泉監督が国際情勢の変化をどのくらい見通していたか、きちんと聞いたことはない。しかし、岡田資が法廷で最後まで主張し続けたことは「無差別爆撃をした搭乗員たちはジュネーブ条約で規定された捕虜ではなく、戦争犯罪人。処刑したのは自分の責任だが、何ら法的責任を問われる行為ではない」ということなのである。

 この作品の見どころの一つは、岡田資を助けようとした誠実な弁護人は無論のこと、途中から岡田に対し敬意を抱くようになる検事、裁判長といった米国人と岡田資のやりとりにある。

 まずは何よりこの作品が多くの観客たちを集め、多くの映画賞でも正当に評価されるのを願う。さらに藤田まこと(岡田資役)や富司純子(岡田資夫人)に主演男優賞や助演女優賞だけでなく、これら米国人俳優にも助演男優賞が贈られたら、日本の映画賞の株も上がるはずだが…。

 舞台上での俳優たち、特に米国人俳優たちのあいさつを聞きながら、思った。

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