レビュー

編集だよりー 2010年1月8日編集だより

2010.01.08

小岩井忠道

 「ウナギの先祖は深海魚」という東京大学海洋研究所などの研究者による面白い研究成果を紹介した(2010年1月7日ニュース「ウナギの古里やはり深海」参照)。ここで詳しく触れなかったことがある。先祖である深海魚のそのまた祖先は、浅い海に生息しており、ウツボやアナゴなどは深海魚というウナギと同じ道筋を経ずに進化したという事実だ。

 少々、ややこしいが重ねて説明すると以下のようになる。シギウナギ、ノコバウナギなどの深海魚(いずれもウナギという名前はついているがウナギ科ではない)だけでなく、ウツボもアナゴも本をたどればウナギと祖先は同じ。深海に住むシギウナギなどの深海魚がウナギにとって近縁で、むしろより形が似ているウツボやアナゴの方が遠縁にあたる、ということだ。ウナギは浅い海に住んでいた“大祖先”からウツボやアナゴに進化する祖先と別れ、いったん深海に住む魚に進化する。一方、ウツボ、アナゴはそれぞれ進化していまの種になったが、“大祖先”同様、そのまま浅い海あるいは大陸棚斜面に住み続けた、ということだ。

 面白いのは、ウナギがシギウナギやノコバウナギなど深海に住み続けた種と分かれて、産卵時以外は淡水域(一部は浅い海でも)ですむ今のウナギに“先祖返り”したことである。

 プレスリリースには、深海魚から分かれて淡水域で住むようになった理由は説明されていた。しかし、その前になぜ浅い海からいったん深海にという回りくどい進化をしたかの理由が書かれていない(おそらくまだ分からないのだろう)。そこで、ある話を思い出し、帰宅してその本を引っ張り出した。

 地球物理学者で科学誌「ニュートン」の初代編集長としても著名だった竹内均氏が、1986年に編集者の属する東京知道会(茨城県立水戸一高の首都圏同窓会)の総会で講演されたことがある。プレートテクトニクスや地震の話だったが、ウェゲナーが最初に大陸移動説を唱えたとき証拠として数多く上げた中の一つとしてミミズの例を紹介された。古代ミミズの化石が大西洋を挟む両側の4大陸(アフリカ、ユーラシア、南・北米大陸)の大西洋に面した部分にだけいる。ミミズが大西洋を横断したとは考えられず、かつて4大陸がくっついていた時、ちょうど分裂をし始めた辺りに分布してミミズが大陸の分裂・移動に伴ってそれぞれの大陸の太平洋岸に離ればなれになった、というわけだ。

 これに付随した挿話が面白い。昭和天皇に竹内先生がご進講された時の話だ。講話後のお茶の時間に竹内氏が逆に陛下から教えられたことがある。米国と欧州のウナギの産卵場が大西洋の真ん中にあって、左に行ったものが米国のウナギに、右に行ったものが欧州のウナギになった、と。デンマークの海洋生物学者ヨハネス・シュミット博士が、北米大陸東岸に分布するアメリカウナギと、欧州や地中海沿岸に分布するヨーロッパウナギがいずれも北大西洋のサルガッソー海で産卵することを1922年に突き止めている。昭和天皇はこれをご存知だったということだろう。

 興味深いのはそれに付け加えられたという陛下のコメントだ。昔、欧州と北米がくっついていて、大陸移動で両大陸がちょっと開いた時、大西洋はまだ池みたいな状態だった。そこに、アメリカウナギとヨーロッパウナギの先祖がいたのではないか。1年に数センチずつ大西洋が聞いていく。最初のころは産卵場所への里帰りも簡単。大陸の間が広くなるにつれて里帰りの距離も長くなり、とうとう今のような状態になったのではないか…。竹内氏によると昭和天皇はそうおっしゃったということだった。

 ウナギの“大祖先”が浅い海に住んでいた理由は大陸移動で説明できる! 東京知道会50年史に収録されている竹内均博士の講演を読み返して思った。

 しかしである。これでは説明がつかないことが、東大海洋研究所のプレスリリースを再度見直してすぐ分かった。アメリカウナギ(Anguilla rostrata)もヨーロッパウナギ(Anguilla Anguilla)も、ニホンウナギ(Anguilla japonica)などウナギ科の仲間と同様、深海魚から枝分かれした後で淡水で住むように進化したもので、アメリカウナギとヨーロッパウナギが進化系統樹で2つに分かれるのも深海魚からだいぶ進化が進んでからとなっている。

 それに大陸移動が始まったのも、深海魚からウナギ科が分岐する時期よりさらに古い出来事らしく、アメリカウナギとヨーロッパウナギの一番近い祖先が「まだ池みたいな状態」の“大西洋”で仲良く暮らしていたというのはどうにも時間的に合わない。

 “深海魚よりさらに前のウナギの大祖先は、大陸移動が始まったころの小さな池のようなところに住んでいた”。昭和天皇のお言葉から連想したわが“仮説”もあえなくお蔵入りに、という次第だ。

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