レビュー

編集だよりー 2009年6月19日編集だより

2009.06.19

小岩井忠道

 楽天の岩隅投手がひじ痛で故障者リスト入りというニュースに、評論家、豊田泰光氏の顔が思い浮かんだ。これから体をつくるという時期に野球選手に目いっぱいのプレーを強いるのがいかに危ういことか。ワールド・クラシック・ベースボール(WBC)で大けがをした横浜・村田選手に触れて、豊田氏が日経新聞のコラムで指摘していたのを3カ月ほど前に紹介したからである(3月27日編集だより参照)。WBCの2年連続優勝で日本中が大騒ぎしていた最中だ。

 さて、その後、どうだったか。松坂投手も一時、試合に出られなかったし、その後もピリッとしないと心配するファンも多いのではないだろうか。心身ともにタフそうに見えるイチロー選手ですら、ほんの一時期とはいえ胃潰瘍(かいよう)で休養を余儀なくされた。同僚の城島選手に至っては、太ももの肉離れに続き、足の親指骨折とかで2度目の故障者リスト入りしたままである。

 ダルビッシュ、田中両投手は大活躍だ。しかし、この2人は体力的にまだ延び盛りの若手。WBCに出たことが精神的な自信となってプラスに作用しているから、と考えると納得できる。

 結局、少なからぬ選手にとって、WBC出場による今年1年の帳尻は豊田氏の危惧(ぐ)した方に向かいそうな雲行きに見える。

 先週末、高校の同窓生たちとグルジア料理を楽しむという会があった。よくスポーツの話で盛り上がる後輩(野球部OB、ヤクルト球団親会社勤務)に尋ねてみた。ヤクルトの主軸、青木選手も打率がもう一つらしいから「WBCのつけで迷惑している」という返事でも帰ってくるかと思ったわけだ。ところが、答えは全く逆である。ペナントレースで活躍が今ひとつだろうと、WBCの優勝に貢献した意義に比べりゃ、どうということではない、というのだ。

 なるほど、日本中をわかせた世界的イベントに自球団の選手がさっぱり活躍できなかったとしたら、そちらの方が親会社だって面白くないということらしい。

 そのうち隣にいたもう1人の後輩(こちらはスポーツ経験がどの程度か知らないが)も、怒ったような声で一言。「あれだけ日本中をわかせたのだから、それで十分!」。そこで旗を巻き、早々にその話題は打ち切った。

 WBCの主催者は、メジャーリーグベースボール(MLB)とMLB選手会である。野球の市場を世界に広げようという戦略から生まれたそうだ。だから、本番のメジャーリーグに影響を与えないようさまざまな“ルール”が導入されている。あくまでMLB主導の大会という基本はしっかり抑えているものの、一方、本気で世界一になろうという気があるのかどうか、どうもはっきりしない。MLBの選手だけでなく、米国のファンも春先、ほんの一時期の催しより、シーズンを通して楽しめるメジャーリーグの戦いを重視しているから、米国内ではMLBで優勝などしなくても何の問題も生じない。こんな実態、背景はプロ野球関係者なら先刻、承知のはずだ。

 これに対し、とにかく世界大会と銘打った野球の試合があるのだから、日本が優勝すれば万々歳。MLBが本気かどうかなどどうでもいい、というのが大方の日本人ファンということだろう。そうなると日本のメディアも選択は限られてくる。ファンの気持ちに合わせて「世界一万歳」というスタンスで報じるほかない、と腹をくくるしか。

 日経新聞の毎木曜朝刊スポーツ面に連載されている豊田泰光氏のコラム「チェンジアップ」は、何年続いているのだろうか。根強いファンが多いと思われる。しかし、昔から不思議だったことは、日経以外のメディアでは氏の露出度がそれほどでもないことだ。豊田氏に比べるとまるで面白くないことしか言いそうもない元選手が、ラジオやテレビの解説者としてたくさん出ているように見える。

 野球界に耳の痛いことをズバズバ言うので、監督やコーチの話などあるときから全くこなくなった、とご本人がいつか書いていた。しかし、これもメディアへの露出度が意外に少ないことの説明にはならない。

 結局、豊田氏の切り口の面白さを理解しない野球ファンが多数派だから、と考えると合点がいく。とにかく勝ったらつべこべ言わず素直に喜べばいいではないか。そんなスポーツファンがあまりに多くなると、記者や評論家の書くこともそこそこのもので結構、となってしまう、ということだろうか。

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