レビュー

編集だよりー 2007年11月15日編集だより

2007.11.15

小岩井忠道

 研究者に文章を書いてもらうのはなかなか容易ではない。編集者の経験、感じでは、成功率5割といったところだろうか。

 日比谷潤子・国際基督教大学(ICU)教授に、ICUが打ち出した教学改革について寄稿をお願いし、こちらが要望した日に原稿が届いた。こういうケースはなかなかない。記事を読んでいただければ分かるように、大学入学時に理系、文系の選択を受験生に強いない。入学後も2年間は受講する科目も自由にして、3年に進むときまでに好きな方向を決めさせる。ICUは、来春からそんな大学になるということだ。

 この改革を朝日新聞の記事で知ったときの最初の関心事は、入試科目をどうするのかということだった。大学に問い合わせたら「入試科目はこれまでと変わらない」というので、ますます興味をそそられる。日本の若者はすべて、高校2年生くらいで早々と、理系か文系か、人生の基本的な方向ともいえる選択を強いられている、とばかり思っていたからだ。

 そもそもこうした日本の高校、大学の在り方に疑問を投げかける声は、編集者自身、昔から聞いている。理系、文系という今のような学問の区分けはやめてしまう。その代わり、例えば「法則」といった学問区分をつくったらどうか。そんな提案を10数年前、物理学者の和達三樹・東京大学教授(当時)から聞いたことがある。人間社会を律する法学、自然界を律する物理学を同時に学び、研究するような学問があってもいいではないか、というわけだ。

 人文科学者や社会科学者が乗ってくるかどうかはともかく、理系の学者の大まじめなアイデアだという気がしたのを覚えている。和達氏は次のようにも話していた。

 「高校で早々と理工系、文科系志望に分けられ、理工系に進むとさらに狭い専門の選択を迫られる。有能な若者をつぶしてしまってはいないだろうか」

 しかし、世の中はその後、理工系の人気がさらに低落しているだけで、理系、文系の深い溝はさっぱり埋まっていないように見える。「慢性的な理科離れの中、(理工系学生の中でも)クラシカルな理工学を志向する学生の数は、20〜30年前の6、7割ではないか。残りの2割は法律、経済といった文系志向で、1割は医学系志向の学生であると実感する」(上坂充・東京大学大学院工学系研究科原子力専攻教授、6月8日付ハイライト参照)。

 別の工学系教授からは「理工系学生の1割が、実際は文科系志向と思われる」という指摘も最近聞いた。大学入学時に理工系を選んだものの、よくよく考えてみたら自分は文系の方が向いていそうだ、と思い直す学生が1〜2割はいるということだろう。

 理系志望から文系志望に変わるのは、そこそこの苦労で軌道修正は可能かもしれない。しかし、逆はどうだろう。高校の時に数学、理科をまともに学ばず、理系に鞍替えするというのは、理系から文系に変わるより相当、難しいのではないだろうか。

 要するに、高校生で事実上、理系か文系かが決まってしまう現状が、少子化、人口減が進む日本の人材育成、活用という点から見て、妥当かどうか、という話である。

 入試の方法を変えず、しかも入学時に文系、理系に振り分けない。ICUがこうした改革に踏み切ることができたのは、筆記試験の一つに「一般学習能力考査」というのがあるため。大学の広報担当者が送ってくれた今年の入試問題集を見て、合点がいった。理学科志望、その他の文系学科志望を問わず、受験生全員に一様に課される筆記試験だが、論理的思考能力をしっかり見ていると思われる問題が並んでいるからだ。

 試みにいくつかの問題を解いているうちに「かつて日本育英会(現・日本学生支援機構)が、特別奨学生の選抜の際に実施した試験に似ている」という気がしてきた。

 特別奨学生というのは、大企業の大卒初任給が2万円台くらいの時、月8,000円を支給し、その上、将来3,000円分しか返さなくともよい、という低所得家庭には実にありがたい制度だった。当然、家が貧乏というだけでは駄目で、学力を判断する全国一律の筆記試験が課されたわけだ。理系、文系志望を問わず試験問題は同じところも、ICUの「一般学習能力考査」との共通点である。

 編集者が大学受験を前にこの試験を受けていたころ、日本育英会でこの試験問題の作成と事務局作業にあたっていたのは、編集者の高校の大先輩である。だいぶ前、理事を最後に退職しているが、あらためて電話で当時の状況を尋ねてみた。特別奨学生の筆記試験は「国語関係」と「数理関係」の能力を見る2つからなっていたが、やはり、「数理関係」の試験問題も計算能力などより、論理的な思考能力があるかどうかを見るための問題をそろえた、ということだった。

 ただし、全国一斉の試験問題を作成し、実施するのは大変な作業で、その後にできた「進学適性検査」の結果で代替するようになり、さらに、その「進学適正検査」が3年ほどで廃止されたのに伴い、特別奨学生のための筆記試験そのものがなくなってしまった、という。

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