サンケイプラザで開かれたシンポジウム「未来を拓く人文・社会科学」をのぞいた。
今回のテーマは「イノチのゆらぎとゆらめき」で、第1部の「生命改造技術のインパクト」の内容が、刺激的だった(ハイライト「育種という生物改造技術の意義再検討も=林良博氏」参照)。
「ゲノムの情報の完全な解釈にはまだ時間がかかるが、いずれはゲノムを自由に改造でき、技術的には設計できる時代が確実に来る」(野地澄晴・徳島大学大学院ソシオテクノサイエンス研究部教授)というのである。いまのところ、青いバラや光るカエルなどがつくられているだけだ。しかし、いずれは天然にはないもっと多様な動物、植物が創れる時代になる、ということだ。
これまでも、人間は動物や植物を“勝手に”改造してきている。野生生物の特定の特徴に目を付け、人間にとって好都合な家畜や農作物を作ってきた。遺伝子(ゲノム)を直接、いじるということではなく、時間のかかる育種という方法によって。
実は、育種という手段によっても、近親交配による負の遺産をかかえる品種がいるという講演を聞いて、昔、サラブレッドやミニブタの取材をしたときのことを思い出した。
競馬をやめてだいぶたつので、最近の実情にはうといが、今、日本の競馬界でいい馬を最も多く輩出している種牡馬は、サンデーサイレンスらしい。ディープインパクトをはじめ、国内の大レースを勝った馬の多くが、この子どもたちというから。
30年ほど前は、テスコボーイという種牡馬が活躍していた。トウショウボーイが最も有名な子である。当時、このテスコボーイを北海道・静内の牧場まで出かけて見てきたが、牧場員の忘れられない一言がある。
「生まれつき、前脚のひざが逆(前方)に反っている。種牡馬としては、そんな子供ができる弱点がある」というのだ。ひざが前方に反るというのは、サラブレッドに時々見られる特有の“遺伝疾患”らしい。
サラブレッドは、近縁同士の交配、逆に近縁にないもの同士の交配を交互にうまく繰り返して作り上げた動物だ。とはいえ、というかそれ故に、早く走る能力にかかわる遺伝形質だけを引き継いでいるというわけにはいかないらしい。近親交配の弊害である悪い遺伝子も持っているため、一定の確率で競走馬としては使い物にならない子供もできてしまう、ということのようだ。
サラブレッドは、父方の祖先(3頭のアラブ馬)までさかのぼってすべて血統をたどることができる。血統の保証があるサラブレッド同士からしか、子孫は創れないということだ。さらに種付け(交配)をする場合、人工授精は認められていない。
ゲノムを直接いじることによってあらたな生物を作り出そうという「生物改造技術」すべてに適用できるルールをつくるのは、可能だろうか。サラブレッド並みとは言わないまでも。