レビュー

編集だよりー 2007年3月3日編集だより

2007.03.03

小岩井忠道

 新国立劇場で上演中の「コペンハーゲン」は、作者がジャーナリスト出身だから書けた劇ではないだろうか。そんな趣旨の感想を編集だより(3月1日)に載せてしまった後で、急に心配になった。その夜、劇場で購入したプログラムを、それも数ページ読んで得た情報以外、何の根拠もない。作者をよく知る人が見たら笑ってしまうかも、と。

 ということで、図書館に出かけてみたら、運よくこの英国人作者、マイケル・フレインの最近の戯曲「デモクラシー」(常田景子訳、岩波書店)という本があった。

 こちらは、「コペンハーゲン」よりはるかに新しい歴史的事実を題材にしている。西ドイツ首相ブラントの側近、ギュンター・ギョームが、実は東ドイツのスパイだった—。1974年に起きた、世界を驚愕させた事件である。無論、東西ドイツが統合される前のできごとだ。

 「デモクラシー」は「コペンハーゲン」の5年後、2003年に書かれている。訳者のあとがきによると「コペンハーゲンより、劇的で面白い」ということだが、編集者にとっては、複雑ですんなり理解できないという点ではまったく同じだった。

 ただ、フレイン自身の長いあとがきを読んで、ともかく胸をなでおろす。「ジャーナリスト出身だから…」という編集者の直感的な感想も、それほど見当違いではなさそうに思えた。

 ブラントに対して「20世紀における最も魅力ある人物の一人だ」という印象を持ち、この戯曲を書くまでの作業が、まさに有能なジャーナリストのやり方そのもの。そんな印象を受けたからである。

 まだ、多くの人の記憶に残る事件を題材にし、東西両ドイツの要人が多数、登場する。明らかにうそだとわかることは、書けないはずだ。作者もあとがきで書いている。「このフィクションは、確かに歴史資料に端を発している。…登場人物の性格も、ほとんど実在の人物について彼らを知る人々や歴史家が語ったのと同じである」

 ところで、当時、どれだけ報道されたのか分からないが、これだけのスキャンダルが暴露されても、ブラントは首相をやめたくなかったらしい。劇中で、ブラントが、結局、次の首相になる長年の同志、シュミットと言葉を交わす場面がある。

 「君は私を支持してくれる。」
「変わることなく支持します。」
「ありがとう。どうやら、君に外務大臣の座を渡せる見通しがついたよ。」
「何ですって……?」

   (引用は、「デモクラシー」=常田景子訳、岩波書店=から)

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