レビュー

編集だよりー 2007年3月1日編集だより

2007.03.01

小岩井忠道

 ナチス政権下の1941年、ドイツを追われたボーアと、ドイツに残ったハイゼンベルク。物理学史上に輝かしい名を残す2人が、デンマークのボーア家でほんの一時だけ会った事実に題材をとった劇「コペンハーゲン」を、新国立劇場で観た。

 登場人物は、この2人とボーア夫人だけ。舞台装置は、いす以外なにもない。家の中に見立てた円形の舞台を、庭と思われる周回路が囲んでいるだけだ。

 1998年にロンドンで初演されて以来、パリ、ニューヨーク、東京などで上演され、数々の賞に輝いている。日本での上演は、6年ぶり2回目という。

 ボーアとハイゼンベルクが何を話し合ったのか。多分、核爆弾開発に関する話が出たに違いないと想像されているが、いまだに真相は不明。劇は、あの世へ行ってしまった後の3人が、昔を思い出して話し続けるという複雑な設定である。

 「不確定性原理」や「相補性原理」といった2人が提唱した物理学用語だけでなく、アインシュタイン、シュレーディンガーなど当時の著名な物理学者との交流や、彼らが提唱した理論の話などが次々に出てくる。

 しかし、物理学の啓蒙に劇の狙いがあるはずはないから、すべての台詞が2重3重の意味合いを持ち、入り組んでいるということなのだろう。

 この劇が、瞬く間に世界中で大評判になったのはなぜか。編集者の思考能力をはるかに超える、というのが観劇後の感想である。残念ながら。

 プログラムによると、この劇の作者、マイケル・フレインは、「ガーディアン」紙の記者を経て、同紙や「オブザーバー」紙のコラムニストを務める、とある。小説、テレビドラマ、映画の脚本も手掛けているが、ジャーナリストとしての活動も並行して続けているということのようだ。

 編集者の経験からいうと、「核」に関心を持つ記者は少なくない。どちらかというと、問題意識が強い記者で、出身は理科系、文科系出身を問わない、いや、文科系の方が数からいうと多いだろう。マスメディア業界は、大半が文科系出身者だから。

 この作者も、ある時、核に関心を持ち、いろいろ調べているうちに、物理学にも興味を持ったのだろうか。著名な物理学者たちの生き方を知るうちに、その面白さに引き込まれ、これを題材にすればだれも書こうとも思わなかった面白い劇が書けるのでは。そう思い至ったのでは、という気がしてくる。

 作者もすごいが、この劇を1度観ただけで、そのすばらしさを理解する人々がいるということにも、驚く。

 一つ一つが練り上げられた台詞のうち、なぜか次の台詞が印象に残った。

 「あなたは、曖昧なことが好きだっただけよ」

 昔から、ハイゼンベルクのことがあまり好きではなかったらしいボーア夫人が、ハイゼンベルクに投げつけた言葉だ。

 それで、2人の言い争いが始まる、などという単純な劇ではないが…。

 注)コペンハーゲンの上演は、18日まで新国立劇場で。

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