大阪市の人工島・夢洲で開催されている大阪・関西万博では、未来の食事について考えるコーナーやパビリオンがたくさんある。「くいだおれの街・大阪」にぴったりの出展だ。一方で、人口増加、気温や気候変動、食習慣の変化、宗教観、アレルギー対応など、食が抱える様々な課題をテクノロジーが解決していく必要もある。今回、未来のおかず・主食・デザートに沿って、培養肉・小麦を使わない麺・植物性のアイスクリームを紹介する。
鶏肉にサケも 諸外国で広がる培養肉
7月8日午後、照りつける太陽と大粒の雨が交互に訪れる天候の中、大阪ヘルスケアパビリオンの前で「CULTIVATED MEAT JOURNEY 2025」というイベントが開催され、大勢の人が集まった。cultivatedとは「栽培された」という意味。この日は培養肉研究で知られる大阪大学大学院工学研究科の松崎典弥(まつさき・みちや)教授らが登壇し、培養肉の意義や、普及のための方策を高校生らと考え、一般の万博来場者も培養肉の香りをかいだ。

培養肉は、国連の持続可能な開発目標(SDGs)に対応するために森林伐採や畜産業を拡大することが難しいこと、人口増加に伴い動物性タンパク質が不足することなどから解決策として誕生した肉だ。いくつか種類があり、植物性タンパク質を使う例えば大豆ミートのような代替肉も、大きなカテゴリでは培養肉の一種とされる。2000年代に入り、諸外国では培養肉のチキンナゲットや培養サーモンが誕生している。
他方で、一部の国では既存畜産業の保護や、宗教観から生産が禁じられている。食品安全の観点から全面的に禁じている国はまれだ。
この日会場に登場した培養肉は、鹿児島県のと畜場で検査を終えた牛の肉の細胞を使用した。牛の肉から脂肪細胞と筋繊維を培養し、脂肪分が3~4割になるように形を整え、1辺約4センチメートル、もう1辺が約3センチメートルに加工した「構造化培養肉」と呼ばれるもの。天然の牛肉に比べ、繊維の筋がはっきり見えており、ややピンク色が強い。ただし、細かく見比べないと分からないほどの差異だ。

会場にフライパンとカセットコンロが準備され、培養肉を焼いた。「香りをかいでみたい方」と司会が尋ねると、多くの手が挙がった。指名された男女が壇上で「スモーキーな香り。ビーフジャーキーみたい」「焼き肉屋の前で流れてくる香り」「白ご飯が食べたい」と口々に語った。
培養肉をはじめとした「細胞農業」にはまだ直接適用される法律がなく、現行法の食品衛生法などの規制を受けることになる。今回食することはできなかったが、遠くない将来、培養肉の試食が始まるだろう。白いご飯に合うという感想を聞いた松崎教授は「感覚に訴えるものでないと長続きしない」と喜び、現在は企業や研究機関での官能評価にとどまっている培養肉について「一般の人が来て香りをかぐのは初。人の五感は高いセンサーを持っている。記憶に残ればと思い、ポジティブに受け止めた」とイベント後に話した。

ビーフンの製造技術生かし 米粉のラーメン
次は主食の未来だ。アレルギー対応食も様々な分野で進化を遂げている。ラーメンは小麦アレルギーの人にとっては「大敵」だが、神戸市の食品メーカー「ケンミン食品」は、主力のビーフンの製造技術を生かし、小麦を使わないラーメンを開発した。
ラーメンは麺とスープがうまく絡み合う、コシがある麺だ。他方で、米から作られているビーフンの麺はつるつるしており、中華麺・ラーメンに特有のコシや食感、風味がそのままでは足りないという課題があった。そこで、同社はラーメン職人らと検討を重ね、中華麺によく使われている「かんすい」というアルカリ塩水溶液を加えることでこれらの課題が解決できるのではという結論に達した。

1950年の創業以来、初めてかんすいを米粉に加えて製麺したところ、本格的な中華麺に似た食感とのどごしが再現できた。大屋根リング内、静けさの森ゾーンに面する『EARTH TABLE~未来食堂~』で、小麦を使わないグルテンフリー(GF)の「GFしょうゆラーメン」として1杯1600円で販売している。
同社のネーミングは「健康を民(みなさま)にお届けする」ことに由来する。小麦が体質で食べられなかったり、アレルギーなどで避けなければならなかったりといった多様な食の課題解決に向け、「全ての方が安心しておいしくラーメンを食べていただきたい」と話している。
牛乳を使わない「アイスクリーム」 環境負荷低く
食後にはデザートが食べたくなる。先ほどのGFしょうゆラーメンの店舗のそばで、別腹を満たす、乳製品が入っていないアイスクリームが販売されている。アイスクリームは乳製品の代表格だが、米国発のスタートアップの日本法人「エクリプス・フーズ・ジャパン」のプラントベース(植物由来)の代替乳製品を使用している。
このアイスクリームを出したのは、佐賀県に本社を置く「竹下製菓」。九州のご当地アイスクリームとして名高い『ブラックモンブラン』(310円)を、米粉を使ったチュロスと共に売っている。

このブラックモンブランは、乳成分の代替品として、ジャガイモ、トウモロコシ、キャッサバといった干ばつに強い植物を用いた。これらの植物をベースに、牛乳の脂肪分やタンパク質に近づける配合を行い、クリーミーな口溶けを再現している。チョコレートのコーティング部分以外は植物由来で乳製品フリーとなっている。同社の担当者は「プラントベースの原料を使用することで、牛を育てる必要がない。そのため水の使用料を減らし、温室効果ガスの排出が大幅に少なくなり、SDGsに貢献できる」としている。

万博はパビリオンといったハコモノの美しさやきらびやかさだけではなく、ソフト面の科学技術の進歩も楽しめる。食は私たちの生活になくてはならないもの。他にも未来の農作業の様子を、ポイントをためるゲーム感覚で楽しめる「クボタ」のフューチャーライフ万博・未来の都市パビリオン、一生で私たちがどれだけの食物を摂っているかや、世界の食卓を可視化する小山薫堂プロデュース・EARTH MARTパビリオンなど、食について学び、考え、課題を自分事にする場が設けられている。会場で食べ歩きながら、見識を深めるのも良いだろう。

