あらゆる立場の人が体験や対話を通じ、科学技術と社会をつなぐ国内最大級のイベント「サイエンスアゴラ2024」(アゴラ)が26、27日の2日間にわたり開催された。5年ぶりの完全実地開催(配信による前夜祭を除く)の舞台となった東京・お台場の2会場が研究者や若者、家族連れなどでにぎわった。
「AIブースラリー」「キュレーション」が案内役
アゴラは科学技術振興機構(JST)が主催し、今年で19回目。例年、実地で開催していたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で2020年から昨年までオンライン形式や、実地とオンラインの併催が続いた。完全実地開催が復活した今年はメイン会場のテレコムセンタービルに加え、日本科学未来館(所在地はいずれも東京都江東区青海=あおみ)とも連携。約150の企画を盛り込んで実施した。25日に「前夜祭」をオンラインで配信した。
実地開催では例年、楽しく過ごせるよう趣向が凝らされる。今年は人工知能(AI)を活用した「AIブースラリー」が目を引いた。来場者が自身のスマートフォンで、訪問したブースにあるQRコードを読み取ると、AIが次に訪れるとよいブースを薦めてくれた。産業技術総合研究所とJSTの連携で実現したもので、来場者の充実感を高める取り組みとして、科学技術以外の各種のイベントでも活用できそうだ。
昨年に続き「キュレーション」により、ブースの配置などを分かりやすく整えた。キュレーションとは情報を集め、テーマに沿って編集しながら意味や価値を見いだす作業、といった意味。アゴラでは有識者11人からなる推進委員会が、多彩な企画を参加者の興味関心に応じて価値づけ、分類するキュレーションを進めた。「学び・体験・ものづくり」「食・暮らし・健康」といった5つのトピックを手がかりにしており、AIブースラリーとの相乗効果により、来場者が有効に時間を過ごせたのではないか。
「科学コミュニケーション」重要性の認識深める
各種のセッションでは環境・エネルギー問題、生命や物質の不思議、医療や防災の課題、宇宙の謎、科学技術や研究のあり方といった、さまざまなテーマの企画を通じて登壇者と来場者が議論を深めた。
アゴラは科学界と一般社会が交流し、知的好奇心を深めてより良い社会を目指す「科学コミュニケーション」の重要なイベントだ。それだけにこの分野をめぐり、国内外の登壇者の意見が関心を集めた。「科学者がソーシャルメディアや講演、イベントなどを通じ市民に直接、情報を伝える機会がますます増えている」「人々は科学コミュニケーションや情報の質に不満を言う一方、良質な記事を読むためにお金を払いたがらないという矛盾がある」といった状況認識が示された。
さらに「日本では新聞の購読者が多いのに、新聞の科学ニュースの扱いが小さい。科学雑誌の休刊も続いた。研究広報の人材が圧倒的に少ない。科学コミュニケーションの重要性の認識や、執筆の教育が足りない」「科学コミュニケーションの質を高めるには情報が正確であるだけではなく、文脈や聴衆を意識し、考え方を押し付けず会話を刺激する専門的なスキルが必要だ」など、厳しい指摘も相次いだ。
科学者からは仕事の難しさと魅力が、口々に語られた。「学校の授業では仮説通りの結果が得られるが、研究では思った通りの結果にならない。実験が間違っているのか、仮定が違うのか。考えることの繰り返しだが、それが楽しい」「自分で課題を見つけられるようになると楽しくなり、とても夢がある」「大変なことも多いが、解析している間に(研究対象の真の姿を)自分だけが知っていると思うと、とても興奮する」「競争もあるが、世界の研究者と一緒に活動するのが楽しい」。一連の言葉は進路を考える若者に限らず、多くの人の心に響いたのではないか。
研究者を目指すかどうか迷う人に向けて「理系に対する苦手意識のバイアスを取り払って」「数学が苦手だから理系ではないといった考え方は、おかしいのでは」「自分のやりたいことに制約をかけずに取り組んでほしい」などとエールが飛び交った。
恐竜、展覧会…VRとAIが目を引いたブース
ブースでは研究機関や学校、企業などの出展者により、実験や観察、社会課題をめぐる意見交換などの体験企画、ワークショップが多数、実現した。今年は特に、仮想現実(VR)やAIの技術を活用したものが光った。恐竜の化石をVRで観察する福井県立大学などによる企画は、親子で楽しむ姿が絶えなかった。画像生成AIによる絵を鑑賞し、各人が自由に解釈しながら未来の科学技術を考える立教大学の企画は一見、展覧会のようで、多くの人を引き込んでいた。
日本科学未来館の屋外ではNTTドコモなどが、遠隔地の診療や治療を支援するシステムを搭載したトラックを展示。第5世代(5G)移動通信システムとクラウド技術を駆使したもので、災害時を想定したデモンストレーションを通じ、未来の医療技術をいち早くのぞく機会を提供した。
こうしたブースの出展者から、独自の視点でアゴラを評価する声が聞かれた。「さまざまなイベントに参加しているが、アゴラは特に来場者の年代が幅広く、展示内容に対する多彩な見方があり、対話の内容が広がる」「出展者が多いので、よそのブースを見て回ることで新たな企画のヒントになる」「アゴラに一日いると専門外の研究者の話を聞ける」「研究に親しみを感じてもらえるよう、各ブースにどんな研究者がいるのか、より人物像にフォーカスした紹介があるとよい」
「話したいこと、聞きたいこと」さらなる交流を望む声
会場で思いを自由に書き留める「ご意見募集ボード」には、カラフルな付箋(ふせん)でコメントが寄せられた。「科学の面白さに魅了され、それを伝えようとする熱に満ちた素敵な場でした」「サイエンスは少しドキドキして、おもしろいです。自分ではっけんしてみたいです」「サイエンスなグッズを作れて楽しかった! 大切に持ち帰ります」などなど。付箋を貼る位置を考えたり、イラストを添えたりするなど、思いを表現すること自体を楽しむアゴラの特質が、ここにも見られた。
来場した東京都北区の大学院生の男性(20代)は「実地開催ならではの臨場感と緊張感が、企画の質と参加者の満足度を上げていると感じた。研究者が話したいことと、一般の人が聞きたいことに開きがあると感じる場面もあった。両者のさらに深い交流の機会がほしい」と話した。江戸川区の公務員の男性(30代)からは「幅広い展示を楽しめたが、タイトルから直感的に内容が伝わらないブースもあった」と改善を望む声も聞かれた。
あくまで筆者(草下)の体感だが、今年は小学生とみられる子供の姿が、昨年までよりさらに目立った。なぜかは分からない。26日の昼に開かれたサイエンスショーのほか、各ブースの実験や体験に歓声を上げ、のめり込んでいた。身の回りの現象の不思議や面白さを、早くから五感で感じ取ることが大切だと再認識した。また年代を問わず、会場に一日いると自然に多くの人と声を交わし、思考を巡らすことになる。今年のアゴラも多くの来場者にとって、にぎわいの中で新しい知識や技術に触れ、知的好奇心を刺激する機会となったに違いない。
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