レポート

恐竜王国・福井の最新研究事情【前編】新種化石の発掘、デジタル古生物学、来春創設の新学部…話題相次ぐ

2024.10.15

関本一樹 / サイエンスポータル編集部

 2024年3月に北陸新幹線が延伸した福井県。国内有数の「恐竜王国」であることは、同県のプロモーションなどを通じて多くの人が知るところだろう。今年、ホットな話題が相次ぐ福井のトップブランド「恐竜」の最新研究事情を取材した。

案内人を務めてくれた今井拓哉さん(福井県立大学恐竜学研究所・准教授/福井県立恐竜博物館・研究職員)
案内人を務めてくれた今井拓哉さん(福井県立大学恐竜学研究所・准教授/福井県立恐竜博物館・研究職員)

カナダ、中国と並ぶ世界三大恐竜博物館

 福井県の県庁所在地の福井市から1時間ほど山あいにある勝山市。恐竜王国の中心地であるこの街には「福井県立恐竜博物館」が置かれている。同市を「中心」と表したのは博物館の存在が全てではない。「フクイ」などの地名を与えられた福井県の新種恐竜すべてが、この勝山市から発掘されているからだ。

福井県勝山市の福井県立恐竜博物館。デザインは故黒川紀章氏が手掛けた
福井県勝山市の福井県立恐竜博物館。デザインは故黒川紀章氏が手掛けた

 2000年に開館した博物館は、恐竜を中心に展示する国内最大級の地質古生物学専門の施設だ。カナダ、中国の施設と並ぶ世界三大恐竜博物館の1つといわれている。昨年度末までに累計1300万人超の入館者が訪れ、新幹線延伸を見据えた2023年には拡張を伴う大リニューアルを敢行。満を持して迎えた今年度、開館以来の悲願であった年間入館者数100万人の達成も現実味を帯びている。

取材日も朝から驚くほど多くの観光客が訪れていた

新種すべてが見つかった北谷の現場

 我々はまず、勝山市北谷町にある発掘現場を訪れた。新種恐竜すべてが発掘された場所で、2011年度までに調査した区域は天然記念物に指定されている。恐竜博物館の付属施設「野外恐竜博物館」の一部で、この場所から切り崩した岩石から化石を発掘する体験ツアーがあるため、一般の人々にも大人気のスポットだ。

発掘現場に至る林道では福井の恐竜たちが出迎えてくれた
発掘現場に至る林道では福井の恐竜たちが出迎えてくれた

 訪れたのは夏の盛り。車の周りを飛び回るアブの大群に戸惑っていると「このあたりはクマも出ますよ」と今井さんが笑いながら教えてくれた。世界に誇る北谷の発掘現場は、動物や虫たちが主役の人里離れた山深い渓谷にある。

発掘現場の手取層群北谷層。当時この場所はアジア大陸の東縁にある蛇行河川地帯だった
発掘現場の手取層群北谷層。当時この場所はアジア大陸の東縁にある蛇行河川地帯だった

 この地形は渓谷を流れる杉山川が山を削ってできたもの。露頭した地層から貝などの化石が見つかるため、古くから地元の愛好家に親しまれていたという。1982年に中生代のワニ化石が見つかると状況が一変。福井県の事業として1988年に試掘調査、翌1989年には本格的な発掘がスタートし今日に至る。

 新種恐竜の発見は2000年に日本初の新種となったフクイラプトルを皮切りに、これまでに計6種が見つかった。研究中の化石の中にも、新種の期待がかかるものが多い。そのほかにも新種の原始鳥類フクイプテリクスを筆頭に、ネズミに似た哺乳類や貝類、5種にも及ぶゴキブリや最古級のスッポンなど貴重な化石が次々と発掘されている。

恐竜化石の発掘地点表示が実感を深める
恐竜化石の発掘地点表示が実感を深める

 恐竜たちは、その多くがボーンベッド層と呼ばれる地層で集中して見つかっている。1億2000万年もの間、彼らが時を過ごした現場をわずか数メートルの至近距離で見られたことに興奮を隠せなかった。次の発掘計画も申請準備が進んでいるそうで、さらなる大発見を大いに期待したい。

産業用CTスキャナーを駆使して非破壊分析

 発掘現場を後にした我々は、その成果が展示・収蔵されている博物館本館へと向かった。福井県で発掘された新種恐竜はもちろんのこと、国内外の恐竜骨格50点を中心に1000点を大きく超える標本が展示されている。その迫力は圧巻の一言。感動の展示を力説したい気持ちを抑え、ここからは福井県で行われている研究の最前線を紹介したい。

11月4日まで開催中の企画展には、今井さんが中心となって借用した北米の恐竜化石が展示されている。写真は「ブラックビューティー」と呼ばれるティラノサウルスの頭骨化石
11月4日まで開催中の企画展には、今井さんが中心となって借用した北米の恐竜化石が展示されている。写真は「ブラックビューティー」と呼ばれるティラノサウルスの頭骨化石(編集部で加工)

 今井さんら福井県の恐竜研究者が近年力を入れているのが「デジタル古生物学」だ。化石の外観的特徴から比較・検討を進める従来のアプローチに加え、産業用CTスキャナーやCGなどのデジタルツールを駆使する手法で、世界中で行われている。例えばCTスキャナーの場合、従来は壊すことでしか調べられなかった化石の内部構造を、非破壊かつ容易に分析できるようになったという。

CTスキャンしたデータを3D化して断面を分析する
CTスキャンしたデータを3D化して断面を分析する

 既にさまざまな成果が出ている。例えばフクイラプトルの場合、CTスキャンで成長線を測定したところ4歳程度の若い個体であることが昨年、分かった(フクイラプトルのようなアロサウルス類の寿命は22~28歳程度といわれている)。

フクイラプトルの成長線。成長線とは植物の年輪のように動物の骨に1年ごとに刻まれる線のこと(福井県立大学提供)
フクイラプトルの成長線。成長線とは植物の年輪のように動物の骨に1年ごとに刻まれる線のこと(福井県立大学提供)

高精度SPring-8で袋小路を突破

 前述の成果は、兵庫県にある大型放射光施設「SPring-8」との共同研究で生まれたもの。もともと大学が所有していた一般的な産業用CTでは精度の問題で成長線の分析が困難だったところ、SPring-8が持つ高エネルギーエックス線CTスキャンの力で実現した。

直径約500mにも及ぶ巨大施設SPring-8(理化学研究所提供)
直径約500mにも及ぶ巨大施設SPring-8(理化学研究所提供)

 きっかけは学会でのポスター発表だった。SPring-8で化石の分析が可能と知った大学側から連携を持ち掛け、共同研究がスタート。最初のお題はフクイプテリクスの化石だった。周囲の岩石にぎっしりと詰まった形で発掘されたフクイプテリクスの化石は、人の手で取り出すことが困難で研究が袋小路に入っていた。

今井さんの博士論文テーマだったフクイプテリクスの産状骨格
今井さんの博士論文テーマだったフクイプテリクスの産状骨格

 そこで頼ったのが、SPring-8が持つ高精度CTだった。お互いに初めてのチャレンジだったが、埋もれた化石部分の3Dデータを得ることに無事成功。袋小路を突破し、フクイプテリクスは新種として認められた。鳥類の祖先といわれる羽毛恐竜との共通点も数多く見つかったことで、鳥類としては極めて原始的な部類であることも分かったそうだ。

SPring-8での分析結果をもとに作成したフクイプテリクスの産状模式図(福井県立大学提供)
SPring-8での分析結果をもとに作成したフクイプテリクスの産状模式図(福井県立大学提供)

 この連携により大学側は新たな研究手法を手にした形だが、SPring-8でも得られた知見を応用する研究が進んでいるという。今井さんは「古生物学の知見が他の分野でも応用される意義は大きい。学問としての新たな価値につながる」と成果を強調する。

進化を探る上で貴重な前期白亜紀のサンプル

 新たな研究手法として期待の高いデジタル古生物学だが、恐竜研究大国の米国などではあまり盛んではないという。圧倒的に発掘量の多い産地では比較対象のサンプル数が豊富にあり、断面を見たい場合は切断すれば良いとの考えが根強いからだ。すべての新種が1個体ずつしか発見されていない福井とは、考え方が根本的に異なるのはある意味当然といえる。

 では大国に対する、福井の恐竜研究の国際的な価値はどんなところにあるのだろう。米国留学経験がある今井さんは「北谷は前期白亜紀の地層で、米国など後期白亜紀の地層から見つかった化石とは時代が異なる。進化を探る上で重要なサンプルがまとまって産出している点が大きい」と話す。

 また「当時の日本はユーラシア大陸と陸続きだったため、中国の主要産地は海岸線から遠い環境だったといえる。東アジアの海に面していた環境で、恐竜時代の化石が多く発掘されている場所は福井を含め数少ない」ことにも触れた。

恐竜博物館はアジアの恐竜研究を加速する目的でシリントーン博物館(タイ)と姉妹提携している。この日もタイから届いた化石がクリーニングされていた
恐竜博物館はアジアの恐竜研究を加速する目的でシリントーン博物館(タイ)と姉妹提携している。この日もタイから届いた化石がクリーニングされていた

衰退しつつある地学再興の牽引役に

 今井さんは新幹線延伸を追い風に、アウトリーチにも精力的に取り組んでいる。3月に東京駅地下のグランスタ八重洲で実施したイベントは、4日間で1200人を超える人が足を止めた。今月下旬には科学技術振興機構(JST)主催の科学フォーラム「サイエンスアゴラ」への出展・登壇も控える。

グランスタでのイベントでは今井さんが開発したVR研究体験で多くの人を集めた(福井県立大学提供)
グランスタでのイベントでは今井さんが開発したVR研究体験で多くの人を集めた(福井県立大学提供、編集部で加工)

 活動の一義的な目的はもちろん、福井県への集客や福井の恐竜への関心喚起だが、研究者として今井さんを突き動かす思いがあるという。それは地学分野が衰退しつつあることへの危機感だ。恐竜研究の礎となる地学が廃れてしまえば、日本の恐竜研究に未来はないと今井さんは危惧している。

「受験時の選択科目として不人気であること、工学などの応用科学と違って稼ぎを生むのが難しいことなどが要因でしょう。しかしながら地学は、地球で生きる上での基礎となる学問です。受験や産業としての分かりやすい価値ばかりを目的とせず、大切にすべきです」

 そのような状況の中で福井県立大学が2025年度に新設するのが「恐竜学部」だ。名前のとおり恐竜研究を中心とした教育を行う日本初の学部で、初年度は30人を募集する。新学部が福井県の恐竜研究の発展や人材育成を狙いとしていることはもちろんだが、今井さんは地学再興の牽引役になることにも期待を寄せる。

「恐竜学部」は8月に文部科学大臣から設置認可された(福井県立大学提供)
「恐竜学部」は8月に文部科学大臣から設置認可された(福井県立大学提供)

古生物学・地質学研究の拠点として設置

 直接的なネーミングを含め、大胆な決断に至った背景を学部長就任予定者の西弘嗣さん(恐竜学研究所 所長・教授)は「『恐竜』は福井県のシンボル。恐竜研究を進め、その成果を県の資産とすることが本学の重要なミッションと考えました。また、これまでの研究成果から、古生物学・地質学研究の拠点としても、日本を代表する学部をつくることができると考え設置に至りました」と語る。

前身となる恐竜学研究所で所長を務める西弘嗣さん(福井県立大学提供)
前身となる恐竜学研究所で所長を務める西弘嗣さん(福井県立大学提供)

 恐竜は多くのファンを有する強力なコンテンツだ。我が国において、その浮沈の鍵を福井県が握っていることがいくらか伝わったのではないかと思う。その動向に、今後もぜひ注目してもらいたい。

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