レポート

《JST共催》水と豊かに生きるには…万博控え議論 サイエンスアゴラin大阪

2024.05.14

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 人類は科学技術を進展させてきたが、世界には依然、貧困や紛争、災害、環境といった問題が山積する。2020年代に入ると世界は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に悩み、誰もが「生命」「安全」と真剣に向き合った。こうした中、「いのち」をキーワードに盛り込んだ大阪・関西万博を来年に控えた大阪で、経済や水環境、まちづくり、防災に深く関わる専門家や若者が集うシンポジウムが開かれた。「水の都」と呼ばれた大阪の水辺を再生し、そこで暮らし、にぎわうことを通じ、いのちや豊かさを育むことの大切さを語り合った。防災をめぐり発信する機会としての万博などについても、議論を深めた。

水辺の再生や万博の意義をめぐり、議論を深めた「サイエンスアゴラin大阪」=3月15日、大阪市北区の大阪大学中之島センター
水辺の再生や万博の意義をめぐり、議論を深めた「サイエンスアゴラin大阪」=3月15日、大阪市北区の大阪大学中之島センター

文化の薫り高い街、中之島の恒例行事に

 シンポジウムは「サイエンスアゴラin大阪 水都大阪のバタフライエフェクト いのちをめぐる人・まち・世界」。大阪大学中之島センター(大阪市北区)を会場に、3月15日に開催した。「バタフライエフェクト」とは“蝶(ちょう)が羽ばたくような個々のささやかな営みが、連鎖して社会のうねりとなり、やがて世界を動かす効果”といった意味だ。平日の開催ながら、会場とオンラインで200人近くが参加したといい、関心の高さをうかがわせた。

堂島川に架かる玉江橋から中之島を望む。中央手前の低めのビルが大阪大学中之島センター
堂島川に架かる玉江橋から中之島を望む。中央手前の低めのビルが大阪大学中之島センター

 大阪大学21世紀懐徳堂が主催し、科学技術振興機構(JST)、クリエイティブアイランド中之島実行委員会、アートエリアB1が共催した。21世紀懐徳堂は同大が市民と知を育むため運営しており、このアゴラin大阪はその中核事業の一つだ。2018年度に始まり、21年度から中之島での開催が続いている。堂島川と土佐堀川に挟まれた水辺の街で、同センターや科学館、美術館などが並び、文化の薫り高い土地柄が感じられる。

 サイエンスアゴラは、科学技術と社会のあらゆる人々をつなぐ大規模なイベントで、JSTが毎年秋に東京都内やオンラインで開催している。アゴラin大阪は、その連携企画の一つにも位置づけられている。なお以下、登壇者の肩書や語られる情報は、いずれも開催時点のものだ。

「いのち」見つめ「誰もが助け、助けられる社会を」

 冒頭、主催者を代表し21世紀懐徳堂学主の泉谷(いずたに)八千代さんが挨拶。アゴラin大阪の歩みや狙いを紹介した上で、「自然や地球に関わる課題が山積みで、誰もが助けを必要とする。一人一人が生かされている命であるとの意識に立ち返って、行動することが求められている。蝶の羽ばたきのような、ささやかな一人一人の営みがどう連鎖し世界を動かしていくのか」と呼びかけ、この日の議論に期待を寄せた。

(左)泉谷八千代さん、(右)堂目卓生さん
(左)泉谷八千代さん、(右)堂目卓生さん

 基調講演に立ったのは、大阪大学社会ソリューションイニシアティブ長の堂目(どうめ)卓生さん。専門は経済学史、経済思想で、同大のSDGs(国連「持続可能な開発目標」)・万博推進担当の総長補佐を務め、アゴラin大阪への協力も続けている。講演のタイトルは「『いのち』に立ち返る意識と行動 『いのち会議』と『いのち宣言』」だ。

 堂目さんは、有能な者が弱者を助けるのが、近代社会の基本構造だったと説明。しかし「コロナの経験で明らかになったように、誰もがある日突然、助けを必要とする側になることがある。立場が入れ替わりながら助け、助けられるのが、私が目指したい社会だ」と提言した。SDGsが掲げる「誰一人取り残さない」ことや、来年の万博が「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに掲げていることに触れ、「潮流が変わっている」とアピール。また、人類がSDGsの次に目指す目標を議論する「いのち会議」を、阪大と関西の経済3団体が設立したことを紹介。今回は「いのちに立ち返り、何をなすかについて議論したい」と呼びかけた。

万博と災害、防災…意見相次ぐ

 続くパネルディスカッションでは、堂目さんが進行役に。昨年秋に今回の基調講演を頼まれ、いのちを最大のテーマに、防災や水辺の街・大阪をめぐり話をしようと検討したという。ところが、元日に能登半島地震が発生。「甚大な被害にショックを受けた。また、国の予算を万博より、まず被災者救援に使うべきではとの声も聞かれるようになった」と状況を説明した。

 これを受け、堂目さんはパネルの論点を2つ設定した。「一つ目は能登半島地震の状況を目にして、自分の研究や活動で気付かされたこと、より強く確信し、考え直さないといけないと思ったことは何か。二つ目はそれを踏まえ、水都・大阪に目を向け、いのちを守る、育む、つなぐため、私たちは何をしていかねばならないか」

(左)沖大幹さん、(右)永山祐子さん
(左)沖大幹さん、(右)永山祐子さん

 この問いに対し、まず発言したのは東京大学総長特別参与、大学院工学系研究科教授の沖大幹さん。地球規模の水文学や水資源研究の第一人者だ。能登半島地震後、被災地の井戸水の現地調査を、別の研究者と協力して行ったという。「飲み水は全国から支援が届き、(1人1日あたり)2~3リットルあれば足りる。しかし調理や洗濯、風呂の水はものすごく贅沢になる。トイレを1回流すにも10~12リットル。そこで昔ながらの井戸だ。技術による水のリサイクルと井戸の、両方があるとよい」と提言した。

 建築家の永山祐子さん(永山祐子建築設計代表)も、能登半島地震で身近に起きたことを紹介した。「夫がお世話になった漁師さんの家が地震で壊れ、私はインスタントハウスを紹介した。だが、インフラやコミュニティーがなくなった所に、自分たちだけ戻ってもどうしようもないという話になった。物理的インフラだけでなく、人との共生が必要だ」

 永山さんはドバイ万博(2021~22年)の日本館を含む、さまざまな建築を手がけており、今回の万博でも2つのパビリオンをデザインする。「万博は災害など、地球規模の諸問題を世界中の人が集まって話し合うチャンス」と語った。例えばロシアのウクライナ侵攻が始まった22年2月はドバイ万博の会期中で「万博で世界の動きがまざまざと見え、生の声が起こっていた。皆が集まる尊い機会であり、(災害や紛争と万博の)どちらが大事ということでもないのでは」と、実体験を交えて見解を示した。

 水辺の魅力などを専門に、街づくりのコンサルタントとして関西を中心に活躍する杉本容子さん(株式会社ワイキューブ・ラボ代表取締役、一般社団法人水辺ラボ代表理事)は神奈川県出身だが、阪神淡路大震災のあった1995年に大阪の大学に進学して以降、大阪の街を見つめてきた。

(左)杉本容子さん、(右)松浦翔多朗さん
(左)杉本容子さん、(右)松浦翔多朗さん

 杉本さんは、大阪の魅力をこう表現した。「大都市なのに、コミュニティーが根付いている。(水辺のにぎわいの拠点として2021年にオープンした)β(ベータ)本町橋の周りの東横堀川界隈の人々は、大きな台風の翌日に『大丈夫だった?』と言い合う。こうした関係性が、水都・大阪のにぎわいや魅力づくりで注目される、一番大事な基礎にあるのではないか」。一方で「地元の人はコミュニティーを当たり前にして毎日生きていて、他の都市や世界で起きていることとのつながりの認識が、意識立てしないと、ないようにも感じる」とも付け加えた。

 防災意識をファッションの力で高めようと活動する、若手中心の任意団体「防災ファッションラボ」のメンバー3人も登壇した。大学生の松浦翔多朗さんは「防災には難しいイメージがある。僕たちはファッションだが、スポーツや運動会(と連携する活動例)もある。防災を新しくしていく活動に意義を感じる」と話した。これに対し、永山さんが「美しいもの、惹きつけるものによって、人は自発的に動く。それと防災を組み合わせるのはいいアイデア」とエールを送った。同ラボの会社員、多田裕亮さんは「万博で防災を啓発すると決心し、活動してきた。しっかり続け、楽しめる防災を作っていきたい」と決意を新たにした。

「水にタッチ」水辺との共生、再び豊かに

 2つ目の論点に移った。堂目さんが提示した「水都・大阪に目を向け、いのちを守る、育む、つなぐため、私たちは何をなしていかねばならないか」についてだ。堂目さんは前半の議論を踏まえ「井戸やコミュニティーといった日常のものが、大事な時に命を守るのでは。何をしていったら良いのか」と問いかけた。

(左)多田裕亮さん、(右)古市優衣さん
(左)多田裕亮さん、(右)古市優衣さん

 多田さんが、自身の活動を基に語った。「私は水防団の活動もしている。大阪は大きな堤防が囲み、高潮や津波を止める水門がある。室戸台風(1934年)やジェーン台風(50年)の被害を受け、高規格の防潮堤が造られた。こうして防災は進んだが、水の近くに住んでいながら水が見えない状況にもなった。水に親しむ心を、手放してはいないだろうか。万博に際し、淀川舟運(しゅううん)の復活などが非常に楽しみで、啓発の大きな契機になる。水には恵みと災害リスクがあり、共生する意識の啓発が必要だ」

 話は2018年の台風21号に及んだ。多数の死者を出し、タンカーが関西国際空港の連絡橋に衝突し交通が途絶するなど、大きな被害が生じた。多田さんは「あの時にもし防潮堤が閉まっていなかったら、大阪全域が水没していた。防災が奏功したことを知らない人が大勢いる。意識に乖離(かいり)がある」と、“守られたがゆえの”難しさを指摘した。

 一方、大阪で水に親しむ活動の“進化”を指摘する声も。杉本さんはこう語った。「最近、若者が川を見るだけでなく、触りたいと言っている。水がきれいになっているためと思うが、タッチするくらい近く感じたいという意識が芽生えている。東横堀川では、水上に出て足をバタバタできる場所を子供は喜ぶ一方で、年配の方は川に汚いイメージがこびりついているのか、嫌がる。子供や若者が泳ぐなどして水に触れる機会を持てば、川や水、水害への意識が変わっていくのでは」

 杉本さんはさらに続けた。「大阪の水辺に実は、冒頭の堂目先生のお話のような『支援する人とされる人の関係が、いつ変わるか分からない』視点が豊かにある。私は『街の生産者と消費者』と言うのだが、街をつくる“生産者”が行政などだけでなく、市民にもたくさんいる。その(立場が変わる)きっかけに(水辺を豊かにして楽しむ方法として、水に)タッチすることはすごく良い。いつ誰が楽しみ、誰がつくるか分からない関わり方が出ると、いのちというテーマに近い新たな水都に近づくのではないか」

 ここで多田さんが、家族の回想を紹介。「昭和25年生まれの祖母は『小学生の頃、淀川で泳いでいた』『川底が浅くヨシが生い茂り、魚を取っていた』という。その後に浚渫(しゅんせつ)され、汚染もされた」。この話を提言へとつなげ「でもまた、泳げるようになってきた。水産資源も豊富で、タッチの先には食だってあり得る。地産地消で、食べることも大阪らしいのでは」と付け加えた。

 永山さんは再び、海外での経験に触れた。「ブダペスト(ハンガリー)では川を中心に街ができている。水辺に散歩道があり、中州に教会などの集う場所がある。水辺は人間の根源的な欲求の中にあり、都市の魅力につながる」

“優等生”にはならない大阪!?

平日にも関わらず多くの人が詰めかけた
平日にも関わらず多くの人が詰めかけた

 閉会の時刻が迫る中、堂目さんは登壇者に「最後に一言ずつ」と求めた。が、ここでさらに「一言」では済まない意見交換も湧き起こることとなった。

 防災ファッションラボの大学院生、古市優衣さんは、この日の議論を「水は私たちの身近にあり生活を豊かにするのに必要である一方、水害、洪水、津波などの震災もあり、両面を見て対策と楽しむことをしないといけないと思った」と振り返った。

 多田さんは「2018年の万博決定時に『万博を通じて防災啓発を強めていこう、大阪の防災意識を上げていこう』と決心した。もう来年だ。(開催のコストを)災害復興に充てるべきだとの意見もあるが、防災や水都について考える場が万博だと思う。万博の意義は大きく、決心は間違っていなかったと今も強く信じている」と力説した。

 杉本さんは「『万博のため、水都・大阪のため』ということを超え、『私はこうなりたい、こう暮らしたい』とチェンジのきっかけになっていくような万博が迎えられたら良い」とした。

 永山さんは次のように強調した。「(日本は)『これは危ないから止めた方が良い、これは炎上するから言わない方が良い』と、“守り”に入る社会になってしまった。一方、ドバイ万博を開催したUAE(アラブ首長国連邦)は建国50年(2021年)で、『やるか、やらないか』という選択肢があると、必ず『やる』を選ぶように感じられた。大阪・関西万博は、やると決まり、それを生かすか生かさないかは自分たちの責任。反対を言うより、チャンスにできるかどうかだ。成功するかしないかはフィフティー・フィフティーでも、高度成長期に必ず『やる』を選んだ人たちがこの国をつくっている。引き継いだ私たちは、守りばかりを言って良いのか。チャレンジして『やる』を選ぶ国にしていきたい」

 永山さんのこの言葉に「共鳴を覚えた」と応じたのが、沖さん。「評価されそうなことしかやらず、やりたい衝動を抑えて評価を気にする“優等生”になるのではなく、『オモロイからやってみよう』を許し、失敗したら『次は上手くいくようにしよう』という世の中が良い。自分たちの水について、何とかしようという皆さんの話が出た。期待している」と、言葉に力を込めた。

「ヒューマン・ネイチャー」とどう向き合うか

塩崎正晴さん
塩崎正晴さん

 この日の議論を、堂目さんは「とても豊かな対話が、和やかな雰囲気でできた」と総括した。「水を含め、広く自然は恵みを与えてくれるが、時として牙をむいてくる。私たちは両方に向き合う必要がある。そして自然にはもう一つある。それはヒューマン・ネイチャー(人間の本性)だ。人が人に恵みを与えることも、傷めつけることもあり、厄介だ。これとどう向き合っていくかも、万博の『いのち輝く未来社会』のテーマだと思う」と、深い言葉で議論を締めくくった。

 閉会あいさつに立ったJST理事の塩崎正晴さんは「社会にはいろいろな問題があり、他人ごとではなく自分のこととして考えることが非常に重要。ただ、一人で考えても限界があり、さまざまな年代やジェンダー、国籍の垣根を越え、知恵を出し合ってこそ、はじめの一歩になり得る」と呼びかけ、サイエンスアゴラなどを通じ、多彩な人々が議論することの重要性を訴えた。

 体験を交えた思い思いの発言から、大阪・関西万博に懸ける意気込みが感じられた。万博を水都で開催することの意義を考える、貴重な機会ともなった。一方、登壇者から指摘があったように、開催に対し「能登半島地震の被災地の支援や復興を優先すべきだ」との世論もある。建設の遅れや費用の膨張への批判も根強く、こうした声も当然、傾聴に値するものだ。筆者も、招致決定時に「なぜ今、日本で万博を」と疑問を抱いたのが事実だ。

会場となった大阪大学中之島センター=大阪市北区

 万博をめぐり、新聞社系の調査会社が昨年末に「3割が“期待度ゼロ”」とのネット調査を発表している。ただ結果をよく見ると、万博に対するポジティブな意思を含む「行ってみたい」「誘われたら行くかもしれない」「興味はあるが行くのは困難」を合わせると半数にのぼっており、決して関心が低い訳ではないことも読み取れる。

 これは地方博だったのだが、筆者は1989年、高校の帰りに「横浜博」に行き、たまたまソ連(当時)の展示を見て『自分は世界の半分しか見ていなかった』と衝撃を受けたのを覚えている。行ってみないことには、こんな“出合い”は全く予想できないものだ。

 水都・大阪の魅力に世界の人々が注目し、それぞれの心に自由に響く万博となることを期待したい。

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