レポート

《JST主催》常識を覆す研究を 「サイエンスアゴラ in 神戸」で気象制御や人工冬眠を語る

2023.11.10

長崎緑子 / サイエンスポータル編集部

 科学技術振興機構(JST)は3日、神戸市内で「サイエンスアゴラ in 神戸~常識を覆せ!神戸から目指すオドロキの未来~」と題したセッションを行った。同市、神戸医療産業都市推進機構と主催し、気象制御や人工冬眠といったインパクトのある研究開発を紹介。会場となった甲南大学ポートアイランドキャンパスでは、中高生をはじめ近隣の住民らで定員240人の席はほぼ満席となり、登壇者の話に熱心に耳を傾けていた。

盛況だった「サイエンスアゴラ in 神戸」のセッション会場
盛況だった「サイエンスアゴラ in 神戸」のセッション会場

 セッションは日本最大級の医療産業集積地である神戸市のポートアイランドに立地する研究機関、大学、病院、企業などの取り組みを紹介する「神戸医療産業都市一般公開2023」のイベントの一環として開催した。

 登壇したのは、理化学研究所計算科学研究センターチームリーダーの三好建正氏、同研究所生命機能科学研究センターチームリーダーの砂川玄志郎氏、東京大学新領域創成科学研究科准教授の福永真弓氏、大阪大学社会技術共創研究センター准教授の標葉(しねは)隆馬氏と、モデレーターを務めた宇宙タレントで内閣府ムーンショットアンバサダーの黒田有彩氏の5人。

スーパーコンピューター「富岳」で気象を再現

 最初に理研の三好氏が、自身が取り組んでいる台風や豪雨といった極端気象の制御研究の現状を紹介した。この研究は、内閣府のムーンショット目標8「2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現」に基づくもの。達成に向けJSTが研究開発を推進する。

 災害につながる極端気象の予測精度向上のため、数理科学など幅広い知見を取り入れて気象モデルをよりよくする。この気象モデルをつかったシミュレーションの研究に欠かせないのがスーパーコンピューター「富岳」。会場近くの理研計算科学研究センターで稼働している。

スーパーコンピューター「富岳」の名前が記された法被を紹介する三好建正氏
スーパーコンピューター「富岳」の名前が記された法被を紹介する三好建正氏

 三好氏は、近年の台風や線状降水帯、ゲリラ豪雨など極端気象の増加を挙げて、「予測して警報を出し、避難して安全な場所にいれば命を救うことができるが、経験したことのないような大雨で川が堤防を越えてしまうなど、備えが難しいことが起きてしまうかもしれない」と指摘。「科学技術の力を持って(極端)気象を少し弱らせることはできないかと考えている」とした。

 近年は気象衛星やスパコンの性能が上がっていることから、より詳細な観測データを得て、さらに正確に台風などの気象を計算機上で再現できる。ただ、台風は何百キロもの大きな渦のようなもので、人の手で加えられる力は気象の力と比べとても小さい。それでも「小さな変化で大きな変化を起こすこともできる」として「台風発電センター」という、台風ができる前に風エネルギーを奪ってしまうような仕組みなどを考えているという。

気象制御のアイデア例(講演よりサイエンスポータル編集部で作成)
気象制御のアイデア例(講演よりサイエンスポータル編集部で作成)

 2050年に台風や豪雨の制御を始めるという目標のため、今はコンピューターの中で気象制御の実験を行っている段階だ。2030年代に小規模屋外実験、2040年代は本格的な屋外実験を経て、目標を達成していきたいという。

 発表が終わると、モデレーターの黒田氏は「どれが一番実現しそうな良いアイデアですか」と質問。三好氏は「それぞれのアイデアに気象への影響の仕方や倫理的課題があり、一つに偏ってしまうのは良くない。いろんな方法を実現していく必要がある」と答えた。

モデレーターの黒田有彩氏は神戸市須磨の出身だ
モデレーターの黒田有彩氏は神戸市須磨の出身だ

研究タイトルは「人類冬眠計画」

 2番手で登壇した理研の砂川氏は、人工冬眠について研究の進展を語った。2015年から研究を始め、22年からは冬眠生物学研究チームを主宰している。タイトルは「人類冬眠計画」で、SFの世界そのものを実現したいという。

冬眠研究について語る砂川玄志郎氏
冬眠研究について語る砂川玄志郎氏

 一部の哺乳類は、食料不足や寒冷な環境を生き延びるために代謝を低下させ、エネルギー消費量を減らすことができる。砂川氏が冬眠について興味を抱くきっかけとなった、世界で初めて冬眠をする霊長類とされたマダガスタル島に生息するキツネザルは、人間なら死んでしまうほどの体温(22、23度)を1週間ほど保っているという。自らつくる低代謝状態により冬眠中の動物は低体温の状態になるが、組織・臓器や個体に障害は起きない。

 2020年に砂川氏らの共同研究チームは、マウスの特定の神経を興奮させて2日間低体温を引き起こし、冬眠に近い状態をつくったことを発表した。これにより病気の進行を遅らせることや臓器の保護が期待できるとする。2030年をめどに、臓器など体の一部を冬眠させる「部分冬眠」を目指す。その後の、救急時に少しでも治療の時間稼ぎができる数時間から数日の「短時間冬眠」、太陽系外への人類到達や未来へのタイムマシンとなる数ヶ月から数年の「長時間冬眠」も視野に研究を進めているという。

 会場からは「冬眠によって病気を遅らせることができるという話だが、治癒も遅れるのではないか」という質問があった。「冬眠により免疫力が落ちて自然の治癒力は落ちると考えられるが、人工冬眠で冬眠の影響を受けない細胞の導入などができれば、攻めの治療ができるのではないか」と砂川氏は前向きに回答した。

先端研究のもたらす倫理的課題も議論

 2人の研究発表が終わると、社会側の視点から科学技術のあり方について環境倫理が専門の東大の福永氏と科学社会学・科学技術政策論が専門の阪大の標葉氏が意見や感想を話した。

研究における倫理的課題について語る福永真弓氏
研究における倫理的課題について語る福永真弓氏

 福永氏は、「気象制御は『地球をどうしますか』、人工冬眠は『人間とは何ですか』という話につながってくる」と指摘。

 気象制御では、会場近くの須磨地域で気候変動の影響を大きく受ける海苔養殖にも言及しながら、恩恵にあずかる人がいる一方、周りの人には別の影響があるかもしれない。軍事目的に転用する恐れもあるなど、正義と公正さが本当に考慮されているのか、人権や自由をどうするかといった課題も生じるとした。

 人工冬眠に関しても、子どもを冬眠させるかどうかについて、親が決めたことが子どもの希望であるのか、女優が年老いてしまうのを避けるため10年間冬眠するのを治療といって良いのか欲望でしかないのかといった治療と欲望の境を巡る問題も出てくるという。

 「遠い世界の技術のように思える気象制御も人工冬眠も私たちに関わっている」と締めくくった。

新しい科学技術が社会に根付くには

 ムーンショット目標8アドバイザーでもある標葉氏は、科学技術の倫理的・法的・社会的課題(ELSI)の視点で、科学の進展に伴って生じる課題を紹介した。

新しい科学技術が社会に根付くまでの課題を語る標葉隆馬氏
新しい科学技術が社会に根付くまでの課題を語る標葉隆馬氏

 新しい科学技術が社会に実装されて根付くには、安全性の確保や現行の法規制を守っているかどうかや、何かあった場合の責任、差別や不公平を生み出さないかなどいくつもの課題を乗り越えなければならない。最近では、ELSIの対応は前提として、責任ある研究・イノベーション(RRI)として未来へのケアが求められている。

 標葉氏は神戸で進んでいる再生医療について、一般の人と研究者両方に「再生医療が受容されるために重要なこと」をアンケートした例を紹介。研究者の多くが「科学的妥当性」を選んでいた一方、一般の人は「悪用を防ぐことができるかどうか」「責任の所在がはっきりしているかどうか」「開発・利用する主体が信頼できるかどうか」といった項目を選ぶことが多く、ガバナンスが気になっていることが分かったという。新しい科学技術研究や制度設計で、この両者のずれを考慮する必要があるとした。

 実際に気象制御の研究においては「時間の想定や、台風、線状降水帯、洪水といった介入するものの関係者を誰にするか。研究も課題解決も同時進行している」と話した。

参加者と考える世の中を変えた技術と残したい未来

 登壇者4人の話の後、会場では意見投稿ツール「Slido」を使い、「世の中が変わったと感じた発見や発明」「未来に何を残したい」というアンケートがあった。世の中を変えた発明や発見については、スマホやインターネットという回答が多く、砂川氏も「ベタですがインターネット」と回答。三好氏は「気象の話でいうと無線通信。天気図を書くのに必要な情報が届きます」。福永氏は「科学技術と違っていいでしょうか」と言いながら、ゼロの発見者を挙げた。標葉氏は「農学部出身なので、トラクターとコンバインを挙げたい。個人的にはウォシュレット」と、会場の笑いを誘った。

 未来に残したいものについては、平和や青い地球といったものから食文化、人間、自然環境まで幅広く会場から回答が集まった。

 最後に、ゲスト参加した神戸大学教授で生命・自然科学ELSI研究プロジェクトリーダーを務める茶谷直人氏が発言。「六甲山があり昔から水害に見舞われてきた神戸にとって、気象制御は大切な話題であるし、人工冬眠も現実的な話としてあり得ることと感じるようになった。新しい科学技術の導入時にはELSIを踏まえて未来を考えていかなければならない。今回、専門家だけでなく一般の方も参加して、科学技術の正の面と負の面があることを考える良い機会になった」と締めくくった。

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