レポート

《JST主催》「よりよい未来社会に向けた科学技術」セミナーで議論深める

2022.01.31

青松香里 / JST「科学と社会」推進部

 国連が2015年に採択した「SDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)」は、一般にもかなり知れ渡ったようだ。これからは私たちの日々の心掛けや実践が、より強く問われていくのではないか。こうした中、企業や行政、民間非営利団体、大学などの環境やSDGsへの取り組みを紹介するイベントが都内で開かれた。会場では科学技術に関わる研究者の使命や、求められる姿勢について考えるセミナーも開かれ、議論が深められた。

SDGsの「パートナーシップ」、粘り強く

 イベントは昨年12月8~10日に東京・有明の東京ビッグサイトとオンラインで開かれた「SDGs Week EXPO 2021(エコプロ2021)」。セミナーは最終日に出展者の科学技術振興機構(JST)が、「JST×SDGsトーク『よりよい未来社会に向けた科学技術』」と題して開いた。SDGsに深く関連する多彩な分野で活躍する4人の研究者が、それぞれの取り組みを発表しパネルディスカッションを行った。

議論を深めたセミナー「JST×SDGsトーク『よりよい未来社会に向けた科学技術』」=昨年12月10日、東京・有明

 SDGsは人権や経済社会、地球環境といった、多彩な分野にわたる17の目標からなる。JSTの白木澤佳子理事はセミナーの冒頭、これらが世界の研究者が共有する課題で、達成のため科学技術イノベーションが重要な役割を果たすべきだと指摘した。

 とりわけ、17番目の目標「パートナーシップで目標を達成しよう」に触れ、「他の目標と比べて目立たないかもしれないが重要。粘り強い取り組みが求められる」と来場者に呼びかけた。

プラ資源循環、救助ロボ…社会貢献目指す

田邉匡生・芝浦工業大学教授(左)と田所諭・東北大学教授

 4人の研究者はそれぞれ、自身の研究について社会との関わりに力点を置きながら説明した。田邉匡生・芝浦工業大学教授のテーマはプラスチック資源の循環。全国で再利用が進む中、未分別プラスチックは価格が安く、回収が思うように進んでいない。そこで田邉氏は電磁波の一種のテラヘルツ波に着目。電波と光の間の周波数帯域にあり、両者の特徴を併せ持つ性質を利用すると、プラスチック資源を分別できることを突き止めたという。

 災害救助用ロボットを研究する田所諭・東北大学教授はオンラインで参加。東京電力福島第一原発事故(2011年)では、自身が開発したロボットで原発の内部調査や廃炉計画に貢献。他に、狭い隙間に入り込めるロボットや、救助犬の活動を支援するシステムなど、この分野で世界をけん引している。村下公一・弘前大学教授は、市民の健康診断を通して医学的知見の収集と分析を進めている。JSTのセンター・オブ・イノベーション(COI)プログラムの一環で、ヘルスケア関連企業とも連携しながら収集したデータを認知症の診断などに役立てようとしている。

 岡田志麻・立命館大学准教授は、人間関係が実空間とサイバー空間にまたがる中でコミュニケーションの重要性を再定義し、人々の心をつなぐ技術の開発を進める。顔の表情を撮影して自律神経の反応をみる技術や、運動に芸術の要素を採り入れ、生まれる表現を他人と共有して楽しむことで、運動を続けたい気持ちが高まるという研究内容を紹介した。政府の「ムーンショット型研究開発事業」にも採択されている。

次世代に豊かな社会を渡したい

村下公一・弘前大学教授(左)と岡田志麻・立命館大学准教授

 パネルディスカッションではまず、4人が現在取り組む課題を意識したきっかけを語り合った。田邉氏はもともと半導体の研究をしていたが、大学の同窓会での先輩との会話が転機となった。研究支援プログラムの講習会で、他分野の研究者と交流したことも良い刺激になったそうだ。

 田所氏は阪神・淡路大震災(1995年)の被災現場を目の当たりにし、「ロボットは人間の役に立つものでなければ」と強く思うようになったと振り返った。村下氏は勤務する弘前大学の地元、青森県民の平均寿命が全国一短い“短命県”である(平成27年時点)状況を憂慮した。岡田氏は子どもたちとのワークショップを通して、次世代に豊かな社会を渡したいと強く思ったという。内容はさまざまだが、4人ともこうした体験が、今も研究のモチベーションになっているのではないか。

 研究や技術を社会に役立てようとする際、障壁の克服には何が必要だろう。4人からは科学技術への国の投資、経済的に自立する仕組みづくり、個人情報などの法規制の課題、国際協調の重要性などをめぐる発言が相次いだ。

 田邉氏は「(研究者が)社会の実情を知ることだ。理工系の人は社会背景を十分に理解できていない場合がある。他分野、特に文系の研究者から学べることは多く、研究の次の一歩を考えられる」と強調。村下氏は「研究を支える根幹は住民との信頼関係。数字だけではなく、さまざまな事象に目を向けることが重要」と指摘した。

 岡田氏はSDGsの12番「つくる責任、つかう責任」を引き合いに出し、「研究者は科学技術の思いがけない“副作用”に備え、社会に十分説明する責任がある。科学技術を使う側も、きちんと理解しなければ。壁を壊すには対話が必要だ」と呼びかけた。

研究者は殻に閉じこもらず、人々と関わりを

 イノベーションはしばしば技術革新と訳されるが、概念はもともと20世紀前半にオーストリアの経済学者、ヨーゼフ・シュンペーターが「新結合」の言葉を使って提唱したとされる。村下氏はこの新結合に触れ、「新しい価値は、さまざまな背景や要素を持つ人々が交わり、知識が融合して生まれる。研究者一人一人が自分の殻に閉じこもらず、多くの人と関わりを」と強調した。田所氏は「科学技術は社会で役立ち、人々を幸せにして価値が出る。研究者は高度な科学技術を開発した上で、それをどう活用すれば人々を幸せにできるかを考えてほしい」とも述べている。

 より良い未来を築くには、研究者が社会の課題を感じ取るに至る体験をし、社会とさまざまな形で連携することが大切だ。研究者たちがこうした真摯な思いを語り、参加した市民と思いを分かち合い、深めるひとときとなった。

SDGsの17の目標は国連により、カラフルなアイコンで親しみやすく紹介されている。このセミナーでは17番目の「パートナーシップで目標を達成しよう」が特にクローズアップされた(オンライン画面から)

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