今年で3回目を迎える「STI for SDGs」アワードの表彰イベントが11月3日、「サイエンスアゴラ2021」においてオンラインで開催された。本年度はコロナ禍にもかかわらず40件の応募があり、文部科学大臣賞には「誰一人取り残さない」という持続可能な開発目標(SDGs)の理念を再認識させる東京藝術大学 COI拠点の「『だれでもピアノⓇ』の開発」が輝いた。他にも、科学技術振興機構理事長賞1件、優秀賞4件、次世代賞2件と包摂性、展開性の高い多様な取り組みが受賞した。
冒頭、科学技術振興機構(JST)の塩崎正晴理事が、「本アワードはSDGsへの貢献を目指し、科学技術イノベーション(STI)を活用して、地域の社会課題解決に効果を上げた優れた取り組みを表彰する制度である」ことを説明。さらに同「科学と社会」推進部の荒川敦史部長は、「メディアや関連団体との連携を通じて、これらの優れた取り組みを広く知っていただき、さらに発展させていくサポートをしたい」と続けた。この後、トークセッションでそれぞれの取り組みが紹介され、受賞者は苦労や工夫について語り合った。
芸術・文化を科学技術と組み合わせた独創的な取り組み
今回、文部科学大臣賞に輝いた「『だれでもピアノⓇ』の開発~障がい者から高齢者までへのユニバーサルな活用~」は、1人の障がい者の「音楽を奏でたい」という夢の実現を起点として始まった。1本の指でメロディーを奏でると、伴奏とペダルが自動で追従して、誰でも華麗な演奏を体験できる。そんな自動伴奏機能付きピアノを、東京藝術大学COI拠点が開発した。1本の指で弾いたときの音と音をつなげて、なめらかなメロディーにするための技術開発には苦労があったという。芸術・文化を科学技術と組み合わせた独創的な取り組みだ。
「このピアノは障がいのある人の機能を拡張するなど、社会的包摂として有用な楽器と再定義されました。また、オンラインを使って遠隔演奏を実現したことも大きな飛躍につながりました」と東京藝術大学COI特任教授の新井鷗子さんは笑顔で語る。「だれでもピアノⓇ」は、障がい児の教育や高齢者のQOL向上にも応用され、医療機器としての可能性も期待される。
気候変動対策としても期待できる漁業と農業
科学技術振興機構理事長賞は「サクラマス循環養殖による温暖化対応種の開発とイクラの持続的生産」の取り組みで、宮崎大学と同大学発ベンチャーのSmolt(宮崎市)が受賞。淡水と海水環境の循環養殖でサクラマスの完全養殖を実現し、冬期にはあまり使われなくなる養殖施設を有効活用する漁業版「二毛作」を可能とした。また、地域と一体となった取り組みとしても成果を出している。気候変動による海水温上昇への対策としても期待できる点が包摂性、展開性、STIの活用として優れており、受賞につながった。
Smolt代表取締役の上野賢さんは、「技術的な課題をクリアするにも、シーズンに合わせて年に一度しか検証できないものもあり、10年近くの年月をかけて取り組んできた」と、生き物を相手にした苦労の一端を紹介した。
また、気候変動対策としては、優秀賞を受賞した農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の「ICTを活用した水田管理で地域の水利用を最適化」もそのひとつ。この取り組みは、「水田の給水・排水管理を遠隔・自動化するシステム(WATARAS)」と「地域の農業用水配分を最適化するシステム(iDAS)」の両手法を開発し、パッケージで導入することで、地域の水利用を最適化するというもの。省力化、水稲の生産性向上、省エネルギー化を実現し、さらには国内外における防災や、将来の気候変動への適応策としても期待されている。
「日本は地域によって気候が違うので、水管理のやり方もそれぞれ違います。それをICTやデータ連係の技術を使っていろんなところで対応できる装置やソフトウエアを開発し、水田の水管理と地域の配水管理をうまく融合させて連携した点が、ブレークスルーしたところです」と農研機構上級研究員の若杉晃介さんは説明する。
宇宙ゴミ回避から伝統技術の解析まで多彩
今回のアワード受賞案件は、取り組みの分野も対象も多彩だ。優秀賞に輝いた残り3件を紹介しよう。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)の「暮らしを支える人工衛星を宇宙ゴミから守り持続可能な社会を実現する」は、宇宙ゴミ問題に着目した案件だ。人工衛星はSDGsの進捗(しんちょく)計測に必要なデータを収集する際にも重要な役割を果たしており、私たちの生活とも切り離せない。JAXAは今回、標準的な計算機で動作し、人工衛星の宇宙ゴミ衝突リスクを素早く計算できる「RABBIT」というツールを開発。無償での提供を始めた。
JAXA研究開発員の秋山祐貴さんは、苦労した点を尋ねられ、「直感的に操作ができて、計算結果を視覚的にわかりやすく見せるなど、現場で容易に使えるアプリにすることです」と答えた。
「北海道の木」であるアカエゾマツをテーマに取り組んだのは、「獣医学×林業による未利用地域資源の活用」で受賞した一般社団法人Pine Grace(北海道江別市)。アカエゾマツの精油の機能性を研究し、優れた抗菌・抗真菌機能を発見し、精油配合クリームを開発、製品化した。林業と獣医学を融合する新しい視点で研究成果を世の中に送り出し、地域密着型の社会事業として完成度が高く、障害者雇用にも目を向けるなど、幅広い社会課題の解決にも寄与している。
「アカエゾマツの間伐はあまり需要がなく、何とかできないかというのが着眼点。同じチームに獣医学の研究者がいたことも大きかった」とPine Grace理事の本田知之さんはうれしそうだ。
最新の技術でなくとも、STIの活用により社会課題の解決に貢献できる好事例として注目されたのが、高知大学、静岡理工科大学、宮崎大学による「防災と環境を両立する『蛇籠技術』の普及に向けた機関横断型の取り組み」。伝統的土木技術「蛇籠」の耐震性を科学的に解析し、耐震性を高める資材選定や設計、施工工法を特定するとともに、安価で技術力も問われない環境に配慮した土木技術として国内外への展開を実施している。
「蛇籠が海外でもたくさん使われていることがわかり、お金をかけなくても何か防災に役に立たないかと考えたのが研究を始めたきっかけでした」と高知大学教授の原忠さん。「耐震性を確認する実験は、通常固いものがどれくらいの震度に耐えうるかを調べますが、蛇篭はどのように動くかわからないので、予想が難しく、実物大での実験は一度失敗すると後戻りができないので大変でした」と静岡理工科大学教授の中澤博志さんは振り返った。
自分たちの未来を自ら考え、変えていく
本年度は次世代賞に2件が輝いた。ともに先輩と後輩が協力し、社会課題を「自分ごと化」して取り組んでいる。自分たちの未来を自ら考え、変えていく取り組みだ。
1件目は「デザイン思考をもとにSDGsの課題解決を目的としたロボット開発活動」で追手門学院大手前中・高等学校 ロボットサイエンス部が受賞。中・高校生自身が自主的にSDGsなどの社会課題の原因と解決策について深く掘り下げ、解決のためのロボットを開発する活動だ。プロトタイプを必ず作る、先輩と後輩でチームを作るなど、教育プログラムとしても高いレベルで確立されている。社会課題の問題の本質と解決手段を生徒と教師が一体となって深く考えながら活動している教育プログラムであり、STEAM(科学、技術、工学、芸術、数学の分野横断)教育の好事例でもある。
キャプテンの神田奈央さんは「システム開発するだけではなく、SDGsを世界中に広めていくために小学生に教えたり、年に20回くらいセミナーを開いたりしています」と他の部活との違いを紹介。副キャプテンの帖佐遥夢さんは「他のチームからロボットの構造や動き、プログラムの作り方を聞くなど互いに協力しています」とチームワークの良さを披露した。
もう1件は福島県立福島高等学校による「マグネシウムとヨウ素を用いた二次電池開発」。福島高等学校では、安価で安全な電池を作るため、両元素を用いた電池の実用化に向けた研究を長年行っており、海水から両元素を採取する段階から二次電池の作製まで進んでいる。東日本大震災を経験した福島県の高校生がエネルギー問題を自分ごと化して考えて活動しており、まだ実験段階ではあるものの、今後の展開に関する考え方が地域の社会課題解決にしっかりと結びついていることから受賞につながった。
「周りに海があるなら、マグネシウムとヨウ素は手に入りやすいと先輩たちが目を付けて、その研究を引き継ぎ取り組んできました。実験が成功して、オルゴールが鳴った時は、うれしかったです」と福島高等学校2年の飯塚遥生さん。また、同学年の岡部和さんは「二次電池は一から考えていく段階だったので、塩化物イオンの付与によって、一次電池から二次電池の開発へ進めたのが大きかった」とうれしそうに話してくれた。
SDGsの達成にはSTIが非常に重要
多彩な8件が受賞した今回のアワードを振り返り、審査委員長を務める慶應義塾大学大学院教授の蟹江憲史さんは次のようにコメントした。「SDGsは解答が書かれた問題集だといつも言っていますが、2030年まで残り9年。SDGsを達成するためにはSTIが非常に重要です」。STIを使うことで一気に解決できることもある。そして、SDGsの進捗を計測し、どこで活用するかなど、STIとデジタルの組み合わせ方が特に大事になってくるという。
「今、目の前にある課題に取り組むだけではなく、ライフサイクルを踏まえて考えるとか、地域の人たちと連携してやっていくなどストーリー性も大切です。そうすることでSTIがSDGsの実現につながると考えています」と蟹江さんは続ける。
2030年のSDGs達成年度まで10年を切った今、いかに取り組みを横展開していくかも大切だ。アワードを受賞した取り組みが、広く水平展開されるとともに、新たな取り組みのヒントとなってSDGsの取り組みが加速することを願いたい。