レポート

宇宙での暮らしから学ぶコロナ禍の乗り切り方 山崎直子宇宙飛行士・講演会レポート

2021.03.30

サイエンスポータル編集部

 新型コロナウイルス感染症の世界的な流行は、私たちの生活を一変させた。外出や他人との触れ合いが厳しく制限された結果、長期に及ぶ自宅での生活やテレワークの推進など、社会全体でライフスタイルの大転換が起きている。

 何かと窮屈で落ち着かない日々が続いて久しいが、新型コロナの流行以前からこうした暮らしが否応なく求められる職業がある。地表からおよそ400キロメートルの空の彼方にある国際宇宙ステーション(ISS)で、様々な作業や実験を行う「宇宙飛行士」がそれだ。重力もなく自由に外に出られない宇宙空間での生活には、コロナ禍を乗り切るためのヒントが多く隠されているという。

 果たして私たちは、宇宙飛行士達の経験からどんなことを学ぶことができるのか。1月半ばの寒さ厳しい札幌で行われた講演の模様をリポートする。

講演は札幌と、東京の山崎さんとをオンラインでつないで行われた
講演は札幌と、東京の山崎さんとをオンラインでつないで行われた

ISSで活躍するセンサー

 講演会が開催されたのは、札幌市にある札幌市青少年科学館。講演者は同館の名誉館長を務める山崎直子さんだ。山崎さんは東京大学大学院を修了後、2010年にスペースシャトル「ディスカバリー」号に搭乗し、ISSにおよそ2週間にわたり滞在。主にシャトル機体の点検や、ISSのロボットアームを使った貨物搬入のミッションに従事した。

 現在は政府の宇宙政策委員会の委員を務め、コロナ禍が顕在化して以降は宇宙生活の体験者として精力的に情報発信を続けている。今回山崎さんはリモートで登壇。若い世代、特に子供たちに向けISSでの生活や宇宙に関する話題を紹介しつつ、コロナ禍の生活を乗り切っていくためのメッセージを伝えた。

 まず山崎さんが取り上げた話題は、熱や音などを検出するために使われる「センサー」だ。日常生活ではもちろん、新型コロナをはじめとする病気の診断でも活躍するセンサーは、ISSでの生活にも欠かせない。ISSには実験に使われるもの、異常を検知するものなどを含め、実に35万個のセンサーが搭載されている。

 これらのセンサーは宇宙飛行士だけでなく、地上にいる管制担当者からも監視され、ISS設備全体の機能を支えている。また山崎さんによれば、近年はセンサーなどの高性能化により、タッチパネルで操作できる宇宙船も運用されているという。

山崎さんが滞在したISS内部の様子。無重力空間で浮かばないよう、作業に必要な道具や器具は壁に固定されている
山崎さんが滞在したISS内部の様子。無重力空間で浮かばないよう、作業に必要な道具や器具は壁に固定されている

メリハリをつけて過ごす

 では、ISSでの実際の暮らしはどうなっているのだろうか。船外活動を行う場合を除き、基本的には「外に出ることはできず、扉を開けることもできず、同じ空間で決まった人と生活を共にすることになる」(山崎さん)。コロナ禍での自粛生活に通じる部分も多いが、宇宙飛行士たちは、そうした環境の中で過ごすための知恵を蓄えてきた。

 例えば、日々のちょっとした変化を楽しむ、というのもその一つ。ISSでは将来の宇宙開発に向け、植物を栽培する実験が行われている。山崎さんは滞在中「日々成長する植物の様子を観察することは、自分の気持ちや時間をリセットするのに役立った」と述懐した。その他、朝方に日光を浴びたり、寝る前に日記を書いたりといった日課を持つことも、一日のリズムを作るために有効だという。単調になりがちな生活の中でもメリハリをつけることは、コロナ禍の暮らしでも共通する重要なポイントと言えそうだ。

地上と宇宙での植物の様子を比較した実験。宇宙では根が一定の方向に伸びず、曲がったり絡まったりすることが分かる
地上と宇宙での植物の様子を比較した実験。宇宙では根が一定の方向に伸びず、曲がったり絡まったりすることが分かる

 体調管理といえば、運動して体を動かすことも極めて重要だ。宇宙空間では重力が存在しないために、人間の体に様々な影響が出ることが知られている。典型的なのが「歩いたり走ったりする動作がなくなる結果、足を中心として筋肉が衰え、細くなってしまう」(山崎さん)ことだ。宇宙では同時に骨の密度も減少するため、運動によって負荷をかけてこれらを維持する必要がある。自粛生活とISSでの暮らしの共通点に、閉じた空間での生活が続くことはすでに書いたが、適度な運動の必要性もまた同じというわけだ。

ごく当たり前のことを大切に

 その他、山崎さんはコロナ禍でも生きるISSでの経験として、相手の立場に立ってものを考えることを挙げた。一般常識として当然のことではあるが、宇宙空間においてこの言葉はまた別の意味を持っている。地面に足がついた状態での上下や左右といった「方向」の考え方は、宇宙空間では意味をなさない。つまり『あなたの「上」にある道具をとってください』というように、文字通り相手の立ち位置を考えた会話や振る舞いが求められるのだ。

山崎さんがISSに滞在中、メンバーと撮影した集合写真
山崎さんがISSに滞在中、メンバーと撮影した集合写真

 もちろん精神面でも、相手の気持ちに配慮した振る舞いが必要なことは言うまでもない。思い起こされるのが「極限に近い状況になるほど、ごく普通の基本動作が大事となる」という山崎さんの言葉だ。かつての日常は遠くなってしまっているが、本質的に必要なことは、実のところ大きく変わってはいない。社会の中で一定のルールを守りつつ、他人と気持ちよく生活できるよう心がけること。その延長線上に、いわゆる「ウィズコロナ」さらには「アフターコロナ」の生活もあると実感した講演会だった。

講演後には、山崎さんが参加者からの質問に答える質疑応答の時間も設けられた。写真は寄せられた質問に対する回答の一部
講演後には、山崎さんが参加者からの質問に答える質疑応答の時間も設けられた。写真は寄せられた質問に対する回答の一部

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