レポート

《JST主催》新型コロナウイルス感染症にイノベーションで対峙することを確認 米スタンフォード大とJSTが国際シンポ開催

2021.03.05

JSTワシントン事務所長 嶋田一義 / サイエンスポータル編集部 内城喜貴

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は欧米を中心に各国でワクチン接種が始まった。それでも収束の見通しは立たず、世界はこのパンデミックの克服に向けて苦闘を続けている。そうした中で米スタンフォード大学と科学技術振興機構(JST)がCOVID-19にイノベーションで対峙し、克服することを目指す最先端の取り組みを紹介し合い、日米連携の可能性を模索するシンポジウムが日本時間2月17日午前、オンライン形式で開催された。

米スタンフォード大学の研究者とJST関係者、JSTが支援する著名な研究者とオンライン画面上で集い、議論した
米スタンフォード大学の研究者とJST関係者、JSTが支援する著名な研究者とオンライン画面上で集い、議論した

互いの理解を深め連携を目指して企画

 日本の基礎研究の現場から生まれつつある新しい「技術の芽」が社会実装されるまでの効率をいかに上げるかは、日本の研究開発コミュニティの重要な課題だ。スタンフォード大学は、研究者の周囲に投資家や法律家、経営者といった多様な人材が存在し、こうした多様な関係者間の信頼関係ネットワークを包摂した優れた研究環境ができている。

 JSTはこのスタンフォード大学と連携し、世界に貢献できるインパクトある成果を狙う。一方、同大学も言語の壁などもあって見えにくい日本の技術開発や技術開発への取り組みを理解し、連携する方法を模索している。こうした両者の「想い」が、「科学技術によるCOVID-19の感染拡大抑止」を共通目標に、連携に向けた機運が交わることになった。そしてこの日米2機関のシンポジウムが実現した。

 JSTは、COVID-19による社会的影響の軽減や解決につながる研究開発を支援している。日本医療研究開発機構(AMED)を中心に実施されているワクチンや治療薬の開発支援が「プランA」と呼ばれているのに対し、JSTのCOVID-19対策支援事業は「プランB」と呼ばれる。

プランBが目指す普遍的な技術開発

 冒頭に主催者代表であいさつしたJSTの濵口道成理事長はこのプランBの取り組み内容を紹介。「ワクチンが普及する前の時期に経済、社会活動を安全に行うための技術開発支援が必要だと考えている。学際的なプランBを支援することで、病院の負担を少なくして人々が少しでも自由に生活できることを目指している」などと説明した。こうした支援は、歴史的に繰り返すパンデミックが再び起きることに備える意味もあるという。

 濵口理事長はさらに、ワクチンが開発されても社会にはさまざまな格差が存在し、社会の隅々にはすぐには行き渡らない現実を指摘。プランBはこうした現実を踏まえて、誰でも安く利用できる普遍的な技術開発を目指している、などと述べた。

 スタンフォード大学について濵口理事長は「シリコンバレーを代表するイノベーターで社会に価値ある技術を生み出している」と高く評価。「(同大学との協力、連携が)コロナの危機に対する現実的な解決する端緒を見いだすことを願っている」と語っている。

 続いてスタンフォード大学を代表してロナルド・パール氏(医学部麻酔科部長)が「太平洋を挟んだ日米両国(の機関が)が情報を共有し合うことで科学の前進に貢献できる。そして2機関が協力することでコロナ対策の技術でも実現することが増えるだろう」などとあいさつした。

JSTの濵口道成理事長
JSTの濵口道成理事長

日本側から深紫外線LEDやダチョウ抗体の研究を紹介

 このシンポジウムでは日米の著名な3人の研究者が基調講演した。

 JST側から2014年にノーベル物理学賞を受賞した名古屋大学の天野浩特別教授が、深紫外線発光ダイオード(LED)を使ったウイルス不活化の研究開発について、また京都府立大学の塚本康浩学長が、ダチョウの抗体を使った安価で大量生産が可能な抗ウイルス不織布マスクなどの製品開発についてそれぞれ紹介、解説した。濵口理事長の紹介によると、天野教授、塚本学長ともに、JSTによるプランBのリーダー的存在だ。

 天野教授はJSTの委託開発事業の支援を受け、世界で初めて窒化ガリウムを用いた青色LEDを実現した。その後も同教授が中心となって深紫外線領域の短い波長の「DUV LED」の開発に成功し、その社会実装の一環として、COVID-19の感染症拡大を防止するためのウイルス不活化の研究にも取り組んでいる。

 天野教授の深紫外線LEDを使うと、10秒程度の短時間の照射でも新型コロナウイルスを不活化できるという。既にメーカーと共同でロボット型の空気清浄機を開発。今後商品化が予定されている。

 この技術は大容量の水の殺菌にも利用できる。天野教授は「さまざまな感染から人々を守りたいと思っている。(深紫外線技術を使って)安全で安心な水をきれいな水を必要とする世界に供給したい。関心があればぜひ連絡をください」とスタンフォード大学に呼び掛けていた。

名古屋大学の天野浩教授
名古屋大学の天野教授らが開発した深紫外線LEDを利用したロボット型空気清浄機(天野教授提供)
名古屋大学の天野教授らが開発した深紫外線LEDを利用したロボット型空気清浄機(天野教授提供)

 塚本学長はJSTの「独創的シーズ展開事業・大学発ベンチャー創出推進プロジェクト」の支援を受けてダチョウの卵から抽出した抗体を用いた抗ウイルス素材を開発した。

 塚本学長の説明によると、この抗体は熱や酸に強く、大量生産も可能なことからマスクのような日用品に利用でき、1個の卵から8万枚のマスク生産が可能という。まず鳥インフルエンザ防御用素材を開発に成功し、2008年に大学発ベンチャーである「オーストリッチファーマ株式会社」を設立した。

 ダチョウ抗体応用の一つとしてCOVID-19の拡大防止にも効果があることを確認したという。ダチョウの抗体を使ったマスクは室温で5年間も抗ウイルス効果を発揮し続ける、との説明にスタンフォードの参加者から驚きの声が上がった。

 日本側から登壇した2人は、JSTの事業などで開発に成功した技術をさらに発展させてCOVID-19対策に取り組んでいる「希望の星」でもある。

京都府立大学の塚本康浩学長
ダチョウ抗体を利用したマスクについての説明スライド(塚本学長提供)

米側はウエアラブルデバイスを披露

 続いてスタンフォード大学からミヒャエル・シュナイダー教授が登壇し、身体への装着可能な小型コンピューターである「ウエアラブルデバイス」を用いた感染症の早期発見の取り組みを披露した。

 シュナイダー教授は心拍数、歩数、睡眠状況などを長期間計測したデータ解析した結果から、感染症にかかると心拍数に再現性のある異変が起こることを発見している。

 研究ではCOVID-19に感染した32人のうち26人の心拍数が上昇していることを特定できたという。同教授は、いつも4つのスマートウォッチをはめている。旅行先でライム病に感染し、その前後のデータから自身の心拍数の異変を確認した経験も持っている。

スタンフォード大学のシュナイダー教授が取り組むウエアラブルデバイスをセンサーとして感染の早期発見を行う研究(シュナイダー教授提供)
スタンフォード大学のシュナイダー教授が取り組むウエアラブルデバイスをセンサーとして感染の早期発見を行う研究(シュナイダー教授提供)
スタンフォード大学のミヒャエル・シュナイダー教授

今後も定期的な開催を予定

 今回の日米シンポジウムに当たって濵口理事長は、感染症対策に科学的な知見を役立てるには先を見た戦略が必要だと強調する。

 ワクチンや薬は、貧しい国や地域には届きにくい。ウイルスを不活化できるDUV LEDのような、安価で使いやすい技術の開発は、研究成果をより広く社会のために役立てるという倫理的な課題への挑戦になる。

 ダチョウ抗体が鳥インフルエンザの蔓延に対抗する研究の中で生まれたように、次のパンデミックに備える観点も重要だ。今後こうした取り組みがどのように世界にインパクトを与えるのか、期待したい。

 今回の日米シンポジウムの主催者によると、オンライン参加は388人。日本からの参加が6割、米国から1割、3割がその他の地域からだった。アカデミア、産業界、政府関係、学生ら各界、各層、各年代から参加した。スタンフォード大学とJSTは、今回の成果を出発点に今後もこうしたシンポジウムの企画を定期的に行い、両機関の関係者が連携していく予定だ。

 日本ではこの国際シンポが行われた日にCOVID-19のワクチンの先行接種が始まった。感染収束に向けた「期待の日」に「アフターコロナ」に向け、期待、希望が持てる貴重な場と時間となった。

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