レポート

コロナの科学、メディアはどう報じるべきか 学術フォーラムで活発な議論

2020.07.22

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な拡大は、ネット利用の普及と相まって、感染防止、検査や医療態勢、制度や政策の是非論など、真偽不明のものを含めあらゆる情報が飛び交う状況を生んでいる。こうした中、日本学術会議は学術フォーラム「メディアが促す人と科学の調和 コロナ収束後の公共圏を考える」を開催した。メディアが科学をどう報じるべきかをめぐり、研究者や国内外のマスコミ関係者、脚本家など多彩な論客が持論を展開した。

一部の参加者をオンラインで招いた学術フォーラム(中継画面から)
一部の参加者をオンラインで招いた学術フォーラム(中継画面から)

メディアの科学に対する信頼、落ちているか

 7月16日に開かれたこのイベントはコロナ対策のため、予定を変更しオンラインでの開催となった。冒頭で学術会議の渡辺美代子副会長(科学技術振興機構副理事)が「学術会議の『科学と社会委員会メディア懇談分科会』は科学に関するメディアの役割や現状を議論してきたが、より多くの関係者と考える必要があると考えた」と開催の理由を説明した。

 山極壽一会長(京都大学総長)はコロナをめぐりさまざまな情報が飛び交っている状況を説明した上で、「エビデンス(根拠)を基に情報発信する新聞やテレビなどのメディアの、科学に対する信頼が落ちているのではないか。また客観的事実より個人的な心情や感情が重視され、世論が形成されている。ネットにあふれる情報が、人々の融和でなく分断を導いている可能性がある。フェイクニュースもあり、情報の信頼性が大きく崩れている」と問題提起した。

 続く講演で米サイエンス誌のデニス・ノーマイル記者はコロナ取材の経緯や、同誌のサイトでコロナ関連の全記事が会員に限定せず読めることなどを紹介した上で、「米国人の半数がいまだにワクチンが不要だと考えており残念。正確な情報を提供していくつもりだ」と強調した。

 映画「宇宙兄弟」などで知られる脚本家の大森美香さんは「科学に関係する作品に興味があり、宇宙エレベーターやタイムトラベルのことなど、勉強しながら楽しく書いてきた。リアルなことには人間の本当の気持ちが入っており面白く、取りつかれている。視聴者に一緒に楽しんでいただければという気持ちで書いている」と科学とのつながりが深い自身の仕事の醍醐味を語った。

脚本作りの醍醐味を語る大森美香さん(オンライン中継から)
脚本作りの醍醐味を語る大森美香さん(オンライン中継から)

難しい「正確さと分かりやすさの両立」

 講演やコメントに続き、討論を開始。京都大学ウイルス・再生医科学研究所の野田岳志教授は「情報の正確さと分かりやすさが両立しない。分かりやすさのためにかなりの情報を削るが、削り過ぎてもいけないので加減が難しい」と科学者の情報発信の困難に言及。コロナについては「ウイルス学者として正しい情報を発信しなければと思うが、できていない。研究していると発信する余裕がない。研究者と同程度の理解度を持って発信できる人材を増やすことが大事では」と投げかけた。

 新聞記者の経験を持つ日本記者クラブの土生修一専務理事は「コロナによりパンデミック、アウトブレーク、クラスター、オーバーシュートなどの言葉を皆が知る状況になった。ただ、それぞれの定義をきちんと答えられる人はあまりいないだろう。コロナを伝える言葉にまだ改良の余地があり、メディアと専門家の共同作業が必要だ」と指摘。新聞社の実情について「科学部は専門家ではない10〜20人ほどでやっていて、科学の全分野は追えない。専門家の話をかみ砕いて報道するが、危機の時に意見が一つである可能性は低い。『AもBもある』でおしまいにはできないし、多数決で決めるわけにもいかない。大きな課題になっている」と編集現場の苦悩を明かした。

 これに関連し、社会学が専門でメディアに詳しい学習院大学法学部の遠藤薫教授は「例えば先日も取材を受けたが、私の考えと違う考えとを並べて記事にするのだと、読者がどう判断してよいか分からない。メディアは発信の専門家としてこう考えるという見識を説明し、意見の調整を取る場として働いてほしい」と要望した。

 一方、国立情報学研究所の喜連川優(きつれがわ・まさる)所長は「専門家でも専門領域を1センチでもずれたら分からないだろう。メディアとしてどちらが正しいのかと聞かれても、倫理観が高いほど言えないジレンマがある気がする。紙面を工夫して『こういう意見とこういう意見がある』というしかないのでは」とした。

複雑にめぐる情報、「調停」の是非は

 遠藤教授は「年配の人でもネットで情報を得ることが、一般的になっている。その情報の元ネタには、専門家の個人の発言やマスメディアがある。複雑な情報のめぐり方を誰かがコントロールすることはできないが、調停する場として学術会議が働けないか」と提案した。

 これに対して米ウォール・ストリート・ジャーナル東京支局のピーター・ランダース支局長は「調停機関の提案はよいと思うが、考えねばならないこともある。例えば民主主義国のメディアの報道は中立的にみえても、目的や動機があるかもしれない。信頼できる結論を出す一つの組織はない」と指摘。「いろいろな意見を聞き、元の情報を調べた上で自ら判断することが、ますます求められている」と個々人の情報リテラシー向上の必要を強調した。

発言する米ウォール・ストリート・ジャーナル東京支局のピーター・ランダース支局長(オンライン中継から)
発言する米ウォール・ストリート・ジャーナル東京支局のピーター・ランダース支局長(オンライン中継から)

 最後に山極会長が「今は各人がメディアになって情報を拡散するノウハウを持っており、しかも個人だと責任の所在がはっきりしない。発言や行動に大きな責任があることを自覚すべきなのに、わりと丸投げ的に行われていることが、混乱の大きな原因ではないか。誰もが共通のプラットフォームに平等に乗れる時代に、それをきちんと賢く運営する責任が学術界とメディアにはある。新しい民主主義に向かって議論できる場を作っていきたい」としてイベントを締めくくった。

 コロナで生活が大きく制約を受ける中、一部では関連情報を感情とともにネット空間で発信することが、ストレスのはけ口のようになっているようにも見受けられる。感染収束の出口は見えないが、時間とともに状況は改まっていくだろうか。あるいは今後、ネットが抱えるこうした問題がどこまで認識されるだろうか。コロナは私たちのメディアリテラシーを問う機会ともなっている。

(サイエンスポータル編集部 草下健夫)

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