レポート

新型コロナとの戦いは長期化する 専門家・臨床医が感染症学会の緊急シンポで危機感示す

2020.04.20

内城喜貴 / サイエンスポータル編集部、共同通信社客員論説委員

 新型コロナウイルスの感染拡大が国の緊急事態宣言後も続いている。そうした状況の中で日本感染症学会(舘田一博理事長)が4月18日の土曜日午後、東京都港区内で「COVID-19シンポジウム−私たちの経験と英知を結集して−」と題した緊急シンポジウムを開いた。登壇者は政府専門家会議の主要メンバーや、感染拡大の初期から治療の最前線で奮闘してきた臨床医らで、危機感を背景にした現状報告や問題提起が相次いだ。この中で、新型コロナウイルスとは長期にわたって向き合わなければならず、このウイルスとの戦いは長期化する、との見解が示された。

 シンポジウムは感染防止対策のために登壇者のほか、同学会の主な関係者だけが会場に入場する形で行われた。内容はインターネット動画を通じて全国の学会会員のほか、一般にも広く公開された。国内で感染が拡大した後に第一線の臨床医や感染症研究者が感染拡大阻止を目指して一堂に会し、対策の現状や課題を体系的に報告したのは初めてだ。

18日午後、東京都内で開かれた日本感染症学会の緊急シンポジウム(公開動画から)
18日午後、東京都内で開かれた日本感染症学会の緊急シンポジウム(公開動画から)

地域に新設する検査センターを活用して検査増を

 シンポジウムの最初に専門家会議の副座長で地域医療機能推進機構理事長を務める尾身茂氏が登壇した。尾身氏は世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局長、国立国際医療研究センター顧問などを務めている。同氏は国内のPCR検査の現状について「現在1日1万3000件実施できるキャパシティがあるはずだが、現実は1日4000から5000件にとどまっている」と述べ、現在の感染拡大実態に照らして検査数が不足しているとの認識を示した。その上で従来の検査の仕組みに加え、地域に新たに設置される検査センターと地域の診療所が連携して1日2万件程度まで検査数を増やす必要がある、と強調した。そして全国の感染症や公衆衛生の専門家に対し、都道府県知事の下、地域の感染対策のリーダーになることを呼び掛けた。

尾身茂氏(地域医療機能推進機構提供)
尾身茂氏(地域医療機能推進機構提供)

 次に専門家会議クラスター対策班の主要メンバーで、東北大学大学院医学系研究科教授の押谷仁氏が登壇した。同氏はまず「この新型コロナウイルスの制御が難しいのは軽症や無症候例が多いためだ」と断言。「感染を広げてクラスターのきっかけをつくった人の多くはせき、くしゃみや明らかな発熱はなく、主な症状はのどの痛みだった」との分析結果を示し、せきやくしゃみによる飛沫感染ではない原因でも感染を広げる可能性を示唆した。

 また香港大学の研究データを引用しながら「上気道から外部へのウイルス排出量は重症度ではなく年齢と相関する」と指摘。高齢者は早期に適切な医療を受けないと周囲に感染を広げてクラスターを形成する可能性が高く、ウイルス量が多い高齢者が高齢者施設や病院に入ると施設内や院内の感染を起こしやすいとの見方を示した。若年層については、一般的には感染性は低いものの、例外的に上気道に多くのウイルスを持っている人が存在すると多くの不特定多数に感染させる恐れがあるという。

米国の患者から分離された新型コロナウイルスの電子顕微鏡画像(Credit: NIAID-RML)
米国の患者から分離された新型コロナウイルスの電子顕微鏡画像(Credit: NIAID-RML)

救える命が救えない事態は現実

 押谷氏はこのほか、感染者の唾液には発症初期からかなりのウイルス量が含まれると指摘した。このことが接客を伴う飲食店での感染拡大に関係しているという。また「重篤な感染者が病院のキャパシティを超えてしまい、救える命が救えなくなるという事態が東京中心に現実のものとなっている。この状況を急速に改善する必要がある」と述べて危機感をあらわにした。さらに、感染は都市部から周辺地域に拡大しつつある、と警戒を呼び掛けた。周辺地域には高齢者が多く住むことから高齢者が利用する施設での集団感染が危惧されるという。

 そして最後に「日本では人々の行動変容によっていったんは感染を収束の方向に向かうことができても、新型コロナウイルスは日本からも地球上からもしばらくはなくならない。なくなるまで1年か2年かは分からない。我々はこのウイルスと長期にわたって向き合っていかなればならない。医学分野だけでなく、いろいろな人が知恵を出し合って、長期化するウイルス被害を最小限にするための最適解をともに見つけていく必要がある」と強調し、新型コロナウイルスとの戦いは長期化するとの見解を示した。

緊急シンポジウムで報告する押谷仁氏(公開動画から)
緊急シンポジウムで報告する押谷仁氏(公開動画から)

気づかない感染者による院内感染を危惧

 医療現場を預かる立場から日本医師会常任理事で専門家会議メンバーでもある釜萢(かまやち)敏氏が報告した。同氏は日本医師会が国の非常事態宣言に先立って「医療危機的状況宣言」を出したことを紹介し、感染患者が増えると、その中の一定数が重症になり集中治療が必要になるが、患者増が高度医療の対応能力を超える可能性がある、として強い危機感を示した。現在最も懸念されるのは、気づかないうちに感染した人が別の病気で一般外来を訪れて院内感染を起こすことだという。

 釜萢氏はPCR検査実施の推移を示しながら、都道府県によって実施数にばらつきがあることや、3月6日に検査が保険適用になった後も検査数は増えていないことなどを指摘した。その上で医師が必要と判断したら速やかに検査できる体制の確立が急務として、尾身氏もシンポジウムの冒頭に言及した地域の検査センターと民間検査機関の活用などを推奨している。

既存薬の本格的活用へ引き続き検証を

 緊急シンポジウムでは、既に実際の治療に使われている「既存薬」の研究の現状や患者への投与例が報告された。藤田医科大学医学部感染科教授の土井洋平氏は、抗インフルエンザ薬「アビガン」などを治療に使った症例を報告。アビガン投与で症状の改善が見られた軽症と中等症の患者への投与成績などを紹介した。その上で、期待が大きいアビガンについても最終的な評価を下して本格的に活用するためには引き続き、日米で行われている臨床試験などによる検証が必要だ、との見方を示している。

 このほか、「専門家の説明責任と市民の行動変容」と題した報告もあった。専門家会議メンバーでもある東京大学医科学研究所教授の武藤香織氏は、専門家会議の役割は「医学的見地から助言を行うことだ」と明言した。その上で緊急事態宣言がもたらす社会的・経済的影響の評価については「さまざまな公的統計のミクロデータやビッグデータを活用した(科学的)政策決定がしっかりなされていると信じたい」と語っている。

アビガンの作用メカニズム(富士フイルム提供)
アビガンの作用メカニズム(富士フイルム提供)

スティグマ、偏見、差別は何の解決にもならない

 武藤氏はまた「倫理的・法的・社会的課題」として、感染者や感染者との濃厚接触者、医療関係者らに対するスティグマ、偏見、差別が生じている問題を取り上げた。スティグマとはネガティブな烙印やレッテルのことで、最近医療現場で奮闘する医療関係者やその家族へのいわれなき批判などが大きな社会問題になっている。

 武藤氏は行動制限を逸脱して感染してしまった人に対するスティグマや強い批判に対しても「ひと言言いたい気持ちは分かるが、彼らを責めたてたり、犯人探しをしたりしても何の解決にもならない」「外出自粛要請が出てもどうしても人と接触を減らせない人もいることを理解すべきだ」「院内感染にしても誰が持ち込んだかを追及しても何の解決にもならない」などと強調している。

 同氏は「デマは早く伝播し、正確だが複雑な説明は拡散しにくい」と述べ、専門家会議の有志が正確な情報を、これまで情報が届かなかった人も含めて広く発信する場として立ち上げた「コロナ専門家有志の会」のホームページ(https://note.stopcovid19.jp/)を紹介している。

国立感染症研究所で分離された新型コロナウイルスの電子顕微鏡画像。粒状の粒子の上にコロナウイルス特有の冠状のスパイクタンパク質が観察できる(国立感染症研究所提供)
国立感染症研究所で分離された新型コロナウイルスの電子顕微鏡画像。粒状の粒子の上にコロナウイルス特有の冠状のスパイクタンパク質が観察できる(国立感染症研究所提供)

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