レポート

課題解決を目指す地域の取り組みをさらに広めることの大切さを共有—サイエンスアゴラ2019「STI for SDGs」アワード・ピッチトークより—

2019.12.17

前尾津也子 / JST「科学と社会」推進部

 「サイエンスアゴラ2019」3日目の11月17日(日)に、科学技術イノベーション(Science, Technology and Innovation : STI)を活用して地域の社会課題解決につながる優れた取り組みを表彰する「STI for SDGs」アワードの受賞者によるピッチトークイベントが開催された。文部科学大臣賞、科学技術振興機構理事長賞、次世代賞、優秀賞を受賞した7組の登壇者がそれぞれ5分間で自分たちの取り組みを披露。ファシリテーターは、科学コミュニケーターの本田隆行さんが務めた。初めに科学技術振興機構(JST)「科学と社会」推進部長の荒川敦史さんが、今回のアワードの趣旨を次の通り説明した。

ファシリテーターの本田隆行さん(左)とJSTの荒川敦史さん(右)
ファシリテーターの本田隆行さん(左)とJSTの荒川敦史さん(右)

 「これから紹介するアワードは、STIを使って目の前にある課題の解決に取り組み、成果を上げている皆さんを表彰する制度です。とはいえ、表彰することがゴールではありません。優れた取り組みが他の地域へ展開され、より大きく発展してこそ、このアワードを創設した意味があると思っています。その方法についてこの場で一緒に議論していきましょう」

地球温暖化による海面上昇問題に高校生が取り組む

発表する山下志乃さん(左)と若田杏実さん(右)
発表する山下志乃さん(左)と若田杏実さん(右)

 最初に発表したのは熊本県立天草高等学校2年で科学部海水準班代表の山下志乃さんと若田杏実さん。「あなたの地域は何cm?〜高校生が主導して行う、地球温暖化による海面上昇量を推定する取組み〜」で「次世代賞」を獲得している。山下さんたちは上天草市でのボーリングコアから得られた試料を用いて、珪藻(けいそう)分析と花粉分析を実施。その結果から気温が1度上昇した場合の海面上昇量を特定し、未来の海水面を推定した。

 「この研究を一つの地域だけで行っても、地球温暖化の問題は解決できません。そこで私たちは一緒に研究をしてくれる仲間を募っています」と、今後の水平展開に向けて明るく訴えかけた。この天草高校の発表から未来へ向けた希望が感じられた。

海水面の上昇について(ピッチトーク資料より)
海水面の上昇について(ピッチトーク資料より)

「脱石油化学の流れを作るのはカッコイイ」

発表する杉山歩さん(左)と増田貴史さん(右)
発表する杉山歩さん(左)と増田貴史さん(右)

 次に「文部科学大臣賞」を受賞した「染色排水の無害化を切り拓く最先端の草木染め」について、北陸先端科学技術大学院大学講師の増田貴史さんと山梨県立大学准教授の杉山歩さんが発表した。「この取り組みは、元々、液体シリコンの研究成果を染色化学に応用したら面白いのではないかというところから始まっています」と増田さん。インクジェットでも使え、合成繊維も染色できて、実用性の高い天然染料が誕生したという。

 「僕たちは、『環境に良い』というだけではなく、もっと大きな意味で、脱石油化学の流れを作るのがカッコイイと考えています」と杉山さん。ビジョンを求めて、科学者、エンジニア、デザイナー、アーティストなどいろんな分野の人たちを集めて地域共創の枠組みを創出するという取り組みは新鮮だ。

「液体シリコン」の応用技術について(ピッチトーク資料より)
「液体シリコン」の応用技術について(ピッチトーク資料より)

「顔の見える電力」をブロックチェーン技術で届ける

発表する三宅成也さん
発表する三宅成也さん

 私たちの身近にある電気について新しい着眼点で語ってくれたのは「みんな電力株式会社」(以下、「みんな電力」)の専務取締役、三宅成也さんだ。「みんな電力」の「『応援』やブロックチェーンを通じて再生可能エネルギーの生産者と消費者をつなぐ『顔の見える電力』」の取り組みは、今回「科学技術振興機構理事長賞」を受賞している。「みんな電力」は、例えば東北の復興地域で作った電力や有名人が作った電力など「顔の見える電力」を、分散型のデータ管理である「ブロックチェーン」の技術を使って提供するという。この仕組みにより、横浜市が東北の電力を購入するなど地域間連携も可能となる。

 「私たちは電気で生産者の価値を需要家の方につなげるということをやりましたが、これは食品など、他の業界でも応用できると考えています。今後は事業の多角化なども考えていきたいと思います」と三宅さんは今後の発展性にも触れて抱負を語っている。

電気の生産者の皆さん(ピッチトーク資料より)
電気の生産者の皆さん(ピッチトーク資料より)

沖縄の水問題にパートナーシップで行政・地域とともに取り組む

発表する高橋そよさん
発表する高橋そよさん

 続いて登場したのは琉球大学准教授の高橋そよさん。高橋さんの取り組みはアワードの受賞対象ではないが、平成29年度にJSTの「未来共創イノベーション活動支援」に採択されており、この日は3年間の支援の成果発表を兼ねて「水の環でつなげる南の島のくらし」について説明した。

 「沖縄ではさまざまな水の問題があります。水が枯れたり、サンゴ礁が劣化したり、そのような多くの地域課題を解決しようと琉球大学では7学部が集まり、行政や地域の方を巻き込みながら社会を変えていく取り組みをしてきました。私たちはパートナーシップが持続可能な未来を作るのにとても大切だと考えています」

水の循環について(ピッチトーク資料より)
水の循環について(ピッチトーク資料より)

地球温暖化問題に農業分野で貢献

 この後、今回のアワードで「優秀賞」を受賞した3件の発表が続いた。

発表する村上政治さん
発表する村上政治さん

 まず、農業・食品産業技術総合研究機構の上級研究員である村上政治さんが、「農業に起因する温室効果ガスの排出緩和と気候変動適応技術による食糧安定生産への取組」について説明した。この取り組みは地球温暖化問題に対する農業分野でのアプローチだという。その一つは、水田の水を抜いて乾かす「中干し」期間を1週間程度延長することで、温室効果ガスの排出を抑制する緩和策。もう一つは、ゲノム情報などを活用した高温の年でもおいしいお米が収穫できる食料の安定生産だ。

地球温暖化に対する取り組み(ピッチトーク資料より)
地球温暖化に対する取り組み(ピッチトーク資料より)

産官学連携で全国展開を図る汚水処理の取り組み

発表する大澤裕志さん
発表する大澤裕志さん

 続いて、「汚水処理の持続性向上に向けた高知家(こうちけ)の挑戦〜産官学による新技術開発と全国への展開〜」について説明してくれたのは、前澤工業株式会社官需推進部長兼民活推進課長の大澤裕志さん。高知大学で考案された汚水処理新技術をもとに、高知県、日本下水道事業団、前澤工業株式会社が協力して実用化に向けた技術開発を進め、香南市の下水処理場に導入してきたという。この技術を使うことで、香南市では11カ所の下水処理場を2カ所に統合することができた。「このシステムは少子高齢化や人口減少が進んだ地域でも、水道を維持することを可能にします。現在、全国の他の地域へも展開中で、今後は海外への展開も検討していきたい」と大澤さんは意欲的だ。

新技術を用いた汚水処理の取り組み概要(ピッチトーク資料より)
新技術を用いた汚水処理の取り組み概要(ピッチトーク資料より)

バイオプラスチック複合材の製造で中山間地域のバイオマス資源を活用

発表する小出秀樹さん
発表する小出秀樹さん

 最後に発表したのは、アイ-コンポロジー株式会社取締役の小出秀樹さん。「バイオプラスチック複合材の活用によるSDGsの推進」と題して、二酸化炭素の発生抑制や、海洋プラスチックの問題に対応できるバイオプラスチック複合材について説明した。中山間地域の未利用バイオマス資源を活用してバイオプラスチック複合材を開発することにより、持続可能な産業創出にも貢献しているという。小出さんは「将来的なビジョンとして、中山間地域で推進している小規模なバイオマス発電など再生可能エネルギーを使うことで、製造プロセス全体でも脱炭素化を図りたいと考えています。ぜひ、自治体の方々や研究者の方々とも一緒に進めていけたらと思います」と協働・共創を呼びかけた。

バイオプラスチック複合材について(ピッチトーク資料より)
バイオプラスチック複合材について(ピッチトーク資料より)

苦労するのは時間がかかる水平展開

 発表者全員と荒川さんを交えてトークセッションが始まった。まずファシリテーターの本田さんが「それぞれの取り組みの中で、難しかった点はどこか」と質問した。

トークセッションに参加した皆さん
トークセッションに参加した皆さん

 「大学では学術的な成果が求められるが、その中でいかに人を巻き込み水平展開するのか。社会的なインパクトを出すには時間がかかるので、それが大変だった」と語ったのは、天然染料の開発を推進した増田さんと杉山さんだ。産官学連携で取り組んできた大澤さんは、「公共事業で新しい技術を採用してもらうには時間がかかり、今回も開発段階から10年近くかかっている。ただし、産官学のプロジェクトだったことで、その後の水平展開はスムーズだと感じています」と振り返っている。また、高橋さんは、琉球大学でプロジェクトのコーディネーターをしていた経験から、「プロジェクトには研究と社会をつなぐ役割の人が大事で、そういう人がいるチーム編成にすると推進しやすいのではないか」と具体的に提言した。

 本田さんが「プロジェクトを進めていく上で、肝だったことは何か」と問いかけると三宅さんは「価格以外の要素で電気を選ぶという新しい価値に挑戦したこと」、村上さんは「農業では場所による差が大きいので、平均3割温室効果ガスを削減するには特定の田んぼだけではだめで、全国で10カ所以上、複数年に渡り調査を繰り返して行く必要があった」と苦労話を披露した。

新しい価値を生み出すストーリーが必要

 本田さんがこれからの取り組みのビジョンを尋ねると、三宅さんは「電気の世界にみんなが参加して、身近に感じてもらいたい。おじいちゃんが孫に電気を仕送りするなど、新たなストーリーができると面白い」と回答。増田さんは「SDGsって環境意識の高い人には響くけれど、環境意識の低い人にもいかに興味を持ってもらえるかが大事。例えば、自分の好きなワインで染めたドレスを着てワインパーティーに参加するのは格好いいと思って購入する。それが結果として環境にも良いというような。それならいろんな人に受け入れてもらいやすいのではないか」と熱く語っていた。

熱心に耳を傾ける会場の皆さん
熱心に耳を傾ける会場の皆さん

 最後に荒川さんは、「今日発表された課題は、日本全国どこでも適用できるような話です。『着眼大局、着手小局』という言葉がありますが、皆さん、大きなビジョンを持って地域の具体的な課題に取り組んでいます。今の取り組みを中局、大局にしていけるように、私たちJSTも積極的に情報発信していきます」と締めくくった。社会課題の解決に向けての水平(横)展開はいよいよこれからスタートだ。

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