9月の国連気候行動サミットで、スウェーデンの16歳の環境活動家グレタ・トゥーンベリさんが大人世代に対策推進を強く求めた発言がメディアやSNS上で広く取り上げられた。巨大台風や記録的な豪雨の増加にも関係しているとされる地球温暖化は進む一方で、温室効果ガスの大胆な削減は進んでいない。そういう意味では、人類はまだ地球温暖化やエネルギーなどの社会課題に対する最適解を持ち合わせていない。社会を持続可能なものに変えていくために、私たちは生活スタイルばかりでなく社会構造そのものの再考を求められている。
11月5日、6日に宮城県仙台市で「東北から『持続可能で心豊かな社会』を創造する —サイエンスアゴラ in 仙台2019&東北大学SDGsシンポジウム」(東北大学主催、科学技術振興機構共催)と題したシンポジウムが開催された。エネルギーに関する話題を中心に、低炭素社会に向けた自治体の取り組みやプラスチック問題などについて幅広い情報共有が行われた。大学、国、自治体などから総勢20名以上が登壇した2日間3セッション。その模様をレポートする。
脱炭素化に向けた動き
2日間にわたる3セッションのうち、初日と2日目前半に行われた2つのセッションの主体となったのは、今年東北大学内に立ち上がった「エネルギー価値学創生研究推進拠点」。拠点長で東北大学環境科学研究科長の土屋範芳教授は両日にわたって登壇し、地域でエネルギー課題に取り組む意義を語った。
2日間にわたり、エネルギー課題に対する政策的な提言から自治体が独自に取り組む実証事業まで幅広い発表があった。その多くはエネルギーの「脱炭素化」を目指すものだった。多くの登壇者から出たのは「パリ協定」に関する話題だ。
世界は2015年12月に採択された国際枠組み「パリ協定」を通じて、地球温暖化対策に向けて具体的な動きを始めている。最大の目標はCO2(二酸化炭素)に代表される温室効果ガスの排出量削減だ。各国が大きな目標を掲げる中で、日本は温室効果ガス排出量を2030年までに26パーセント削減(2013年比)、2050年までに80パーセント削減するとしている。仙台国際センター大ホールで開かれた「セッション2:新たなエネルギー価値観創造に向けた科学と社会の対話」での土屋氏の講演では、日本のエネルギー利用における化石エネルギー依存率が90パーセントを超える現状(2015年時点)が示され、国が掲げる目標達成の難しさを印象付けた。
セッション2の基調講演に登壇したNPO法人国際環境経済研究所の理事・主席研究員の竹内純子氏は、「地球温暖化は環境問題とされがちだが、温室効果ガスであるCO2の削減というのはエネルギー問題であり、経済の問題である」とし、世界の脱炭素化への動きや求められる社会変革の必要性を訴えた。竹内氏はまた、世界には日本よりさらに高い温室効果ガス排出削減を掲げる国があることに触れながら「何らかのイノベーションがないと実現できないチャレンジングな目標」だとした。
どんなエネルギーが必要か
化石燃料に依存した日本のエネルギーはこれからどのような方向に向かうべきか。第一に挙がってくるのは太陽光発電や風力発電をはじめとした「再生可能エネルギー」。だが、これらには電力の安定供給が難しいという(再エネの振れ)デメリットがあるという。竹内氏は講演の中で、風力発電のバックアップとして天然ガス火力発電を用いるスペインの事例を紹介しながら、「再エネの振れを調整する電源」の重要性と、電力自由化の部分的な修正が必要だと話した。
セッション2に先立って行われた初日の「セッション1:新たなエネルギー価値観が拓く持続可能性」では、エネルギー価値学創生研究推進拠点の研究者たちと地域での取り組みを行っている自治体関係者がそれぞれエネルギーに関して発表した。研究関連では材料科学、流体科学、経済学など幅広い学術分野の話題提供があった。ここで次世代のエネルギーとして再生可能エネルギー以外で取り上げられたのは主に「水素エネルギー」「地熱発電」「バイオマスエネルギー」。特に水素エネルギーに関する研究や事例発表が多いのが特徴的だった。
進む地域の取り組み
こうした取り組みの一部は、いくつかの自治体ですでに実証事業として動いている。初日から2日連続で発表した宮城県富谷市と秋田県仙北市の取り組みは特に示唆に富むものだった。
富谷市は仙台市の北側に隣接する人口5万人超の街。1960年から人口増加が続いており、東北で唯一今後30年間も増え続けるとされる。ここで市をあげて取り組まれているのは、太陽光発電と水素燃料電池を組み合わせた実証事業だ。
再生可能エネルギーは安定供給が難しく、発電してもその電気を貯めておくことができない。そこでこの事業では、水素を取りこむ特殊な金属「水素吸蔵合金」に着目した。太陽光発電で作った電気を使って水を電気分解し水素を製造し、それを水素吸蔵合金のカセットに貯蔵する。カセットは安全面に優れ非危険物として持ち運べるため、市内のこども園や家庭などに届けて利用する実証を行っている。富谷市、日立製作所、丸紅、みやぎ生活協同組合の4者共同で行うこの取り組みは環境省事業として採択され今年で3年目。国内外からの視察も多く受け入れているという。
もう一方の秋田県仙北市は角館や田沢湖、温泉地として知られ年間500万人が訪れる観光地だが、富谷市とは事情が異なり近年は高齢化が進んでいる。仙北市は現在「SDGs未来都市計画」を掲げ、IoTから環境再生まで幅広い事業を展開している。エネルギー分野でも太陽光発電、小水力発電、クリーンエネルギー自動車などが試みられているが、中でもユニークなのは温泉水からの水素生成だ。
実験に使われているのは強酸性で知られる玉川温泉水。1940年代に温泉水の排水を受け入れた田沢湖は酸性度が上がり、魚のいない湖になってしまった。かつては「毒水」とも呼ばれた水だが、平成29年に東北大学が温泉水から水素生成に成功。他のエネルギー技術なども進めながら、地域の脱炭素化を模索しているという。
その他にも、自治体、国(文部科学省、経済産業省、環境省)、産業界などから発表が相次ぎ、多様な取り組みが示された。
プラスチック問題についてのセッションも
2日目後半には「セッション3:JST・東北大学共催 JST地域産学官社会連携分科会ワークショップ」も開催された。こちらでは近年新たな地球環境課題となったプラスチック問題についての意見交換や、各セクターの役割を考えるパネルディスカッションが行われた。
このセッションは東北大学で今年10月に立ち上がった「プラスチック・スマート戦略のための超域学際研究拠点(TU-TRIPS)」のキックオフも兼ねていた。拠点長を務める環境科学研究科の松八重一代教授は「プラスチックを『賢く使う・減らす』『代替する』『適切な回収・資源化』『実行する(社会実装)』の4つで、東北大学の知を結集して発信していきたい」と意欲を語った。
この他、プラスチックリサイクルの話題や地域の取り組みについて研究者や自治体、企業からの発表があった。海外からは、海面上昇や海洋プラスチックごみ問題で現実的な危機に直面するキリバスの現状がビデオレターで紹介された。
パネルディスカッションでは、社会課題解決に向けて自治体や大学、企業といったセクターがそれぞれどういった役割を担うべきかが議論された。社会課題・地域課題の解決に対する障壁について、「環境課題にはコストの問題や利害関係があり、合意形成が障壁になる」といった意見が出された。また、こうした分野へのファンディングや人材育成のあり方については「長期的な課題に対し、短期的な成果を求められることに厳しさを感じる」との指摘も出ている。
持続可能性と人口減少のはざまで
社会の持続可能性とエネルギーや環境課題について語られた2日間。世界人口が増え、人類のエネルギー需要が高まる一方で、日本では「人口減少」が始まっている。現実問題として、今後世界では人口増加に伴ってエネルギー需要が増えるが、日本では人口減少によって総エネルギー需要について下がることが予測されていると土屋氏は話す。
一方で、エネルギーは災害時などに地域を支えるライフラインとしての側面がある。土屋氏は講演でこの点にも言及していた。「2011年の東日本大震災、昨年の北海道胆振東部地震のブラックアウト、今年の台風15号、19号などの大きな災害で、社会の脆弱性を強烈に感じた。東北大学ではこれにどう打ち勝っていくかが大きな研究課題。今、『エネルギーは国が用意するもの』というところから、ボトムアップで作り上げていく意識に変わりつつある。大きな社会の変化が同時に起きている。この東北から持続的で心豊かな社会を築くために、世界に向けて新たなエネルギーの価値観を示していきたい」。