レポート

《JST主催》「若手トップサイエンティストと考える新しい社会のデザイン」—さきがけコンバージェンスキャンプレポート

2019.01.22

関本一樹、日下葵 / 「科学と社会」推進部

 研究者は、基礎研究の先にどのような未来社会を見据えているのか。そのビジョンを、社会側からの視点で問い直したとき、どのような新しい価値が生まれるのか。そして、その価値を具現化するためのプロセスをどう多様化するのか−。

 これらの疑問を解決するための1つのアプローチとして、「若手トップサイエンティストと考える新しい社会のデザイン」と題したワークショップが、昨年12月1日(土)に「SENQ霞が関」(東京都千代田区)で開催された。科学技術振興機構(JST)が、一般社団法人Future Center Alliance Japan(FCAJ)の協力を得て主催した。

 休日で静まり返る霞が関。その一角で展開された熱い議論の模様をレポートする。

イベントの会場となったSENQ霞が関
イベントの会場となったSENQ霞が関

「さきがけ」からのスケールアップを目指すための「コンバージェンスキャンプ」

 JSTは社会的課題の解決を目指し、国が定めた戦略目標に基づく基礎研究を推進するためのプログラム「さきがけ」を運営、トップクラスの若手研究者を支援している。1991年のプログラム開始以降、若手研究者の登竜門として日本の基礎研究をけん引してきた。一方で、さきがけのような個人単位の研究だけではなく、さまざまな分野の研究者による「協働」も重視している。1つの学問分野では解決できないスケールの大きな重要課題に取り組むもので、JSTはこれを「コンバージェンス研究」と呼ぶ。

 この日のワークショップは、さきがけで行われている最先端の基礎研究が、コンバージェンス研究などへと発展することを目指して企画された。8人の研究者が「テーマ提供者」として参加した。

登壇した研究者の一覧
登壇した研究者の一覧

 集まった参加者のセクターは、産業界や金融業界、そして行政などさまざまだ。JSTやFCAJなど、産学官民のプレイヤーが連携する「未来社会デザイン・オープンプラットフォーム(CHANCE)」などを通じてアナウンスされ、約30人が参加した。

 この多様な参加者が、当事者として若手研究者とオープンな議論をすることで、個人や単独のセクターだけでは発想の難しい社会的インパクトの大きい重要課題を発見したり、将来的な社会変革へのビジョンが描かれたりすることを狙いとしている。JSTはこのような取り組みを「コンバージェンスキャンプ」と称し、この日を手始めに今後展開していく構えだ。

研究者が社会と対話する意義

 JSTでさきがけを運営する戦略研究推進部の松尾浩司氏は、コンバージェンスキャンプのアウトプットについて「研究者には、研究の重要性を再認識してもらい、レベルアップや他分野との協働の必要性を感じ取って欲しい」「企業等からの参加者には、オープンイノベーション・将来の事業検討へのヒントを得てもらうととともに、研究者との協働のきっかけを作って欲しい」と開催の趣旨を述べた。

趣旨説明を行う松尾浩司氏
趣旨説明を行う松尾浩司氏

 進行役はFCAJ理事 兼 事務局長の村田博信氏が務めた。FCAJは産学官民約40団体が加入するアライアンス。社会課題の発見から社会実装まで、イノベーションのエコシステムを構築するためのプラットフォームとして活動している。村田氏自身もコンサルティング会社を経営し、プロデュースから人材育成まで、多岐に渡る事業支援を行うエキスパートだ。

 村田氏はこの日のコンバージェンスキャンプについて、「まずは研究への関心・共感を得ることが大事」だと指摘。これからの科学技術を考える上で重要なものは「人の感性や心」だとし、人々の幸福への寄与を意識して構想をデザインすることが必要だと述べた。そのために、研究者が科学の陰陽をエビデンスベースで示し、市民と幅広い観点で議論・対話する重要性についても強調した。

司会を務める村田博信氏
司会を務める村田博信氏

多様な視点が議論を盛り上げ、アイデアを生む

 次に8人の研究者による研究紹介が、1人5分のピッチ形式で行われた。大阪大学大学院工学研究科・助教の赤井恵氏が「この日を楽しみにしつつも、自分の研究が異分野からの目線に耐え得るものか、ドキドキしている」と述べるなど、異分野・異業種との議論が深まることに期待を寄せた。

 一方の参加者側は、普段触れることの少ない最先端の基礎研究について、研究者自らが語る場を新鮮に捉えていたようで、温かくも真剣に聞き入る姿が非常に印象的だった。

ピッチを行う研究者(左上から時計回りの順に、赤井恵氏、余語覚文氏、大森亮介氏、笹原和俊氏)
ピッチを行う研究者
(左上から時計回りの順に、赤井恵氏、余語覚文氏、大森亮介氏、笹原和俊氏)
ピッチを行う研究者(左上から時計回りの順に、佐藤彰洋氏、野田口理孝氏、徳田崇氏、白崎善隆氏)
ピッチを行う研究者
(左上から時計回りの順に、佐藤彰洋氏、野田口理孝氏、徳田崇氏、白崎善隆氏)

 続いては研究者と参加者によるグループワーク。各研究者を「オーナー」に、参加者は研究紹介を聞いて関心を抱いた研究者のテーブルへと移動した。

 ここでは大きなビジョンを描くことを目的に定め、あえて研究についての深掘りはしないルールとした。ネガティブな意見もNG。また、ここで出た議論は各々が持ち帰り、それぞれの研究やビジネスに活用することもOKとした。これらは、今回の議論をオープンなものとするための特徴だ。

 グループワークは、途中メンバーを入れ替えて2ラウンド行われた。進め方は次の手順の通り。議論を抽象的にすることを避けながら研究の目的を再定義することで、新たな発想につなげることを狙いにした設計になっている。

 ・「step1:研究者の描く未来社会」
 研究者が描く「未来社会像」や「社会に与えるインパクト」から、特に重要だと考えられるポイント(キーワード)を抽出する。

 ・「step2:【Why】研究目的の再定義」
 step1で抽出した「キーワード」と、参加者が持つ生活者や社会側からの視点を照らし合わせて、研究の目的を改めて定義してみる。

 ・「step3:【What】価値の創造」
 step2で再度定義した「研究の目的」によって創造される新たな価値と、ターゲットを考える。

 ・「step4:【How】実現課題の可視化」
 step3で導き出した「新たな価値」の提供を実現するために、必要な技術や課題を考える。

 期待や緊張が入り混じる中でスタートしたグループワークは、多様な視点が交わりながら徐々に熱を帯びていった。参加者は、それぞれの価値観やバックグラウンドを生かしながら、基礎研究がもたらす新たな価値や未来社会像を、研究者とともに思考していく。自由で大胆な発想が、会場のあちこちに驚きの声を沸き上がらせていた。

 高出力レーザーの研究を専門とする余語覚文氏(大阪大学レーザーエネルギー学研究センター・准教授)のテーブルでは、一級建築士の参加者から「家一軒を丸ごとレーザーで切れないか?」といった斬新なアイデアも。これには専門家である余語氏も「研究者では絶対にできない発想だ」と強い感銘を受けていた。

 このようなアイデアが次々と生まれる一方、当初の設計から脱線しかける場面も時折見受けられた。しかし、村田氏が各テーブルを回りながら巧みに軌道修正し、整えていく。2ラウンドで合計2時間を超えるディスカッションの時間は、あっという間に過ぎていった。

笹原氏がオーナーのディスカッションの様子
笹原氏がオーナーのディスカッションの様子
白崎氏がオーナーのディスカッションの様子
白崎氏がオーナーのディスカッションの様子

対話によって一歩縮まった「科学と社会」の距離

 コンバージェンスキャンプの結びは、研究者による成果発表。成果を語る研究者の上気した表情から、有意義な議論が行われていたことがうかがえる。実際に参加した研究者からは「自由に発想ができる貴重な場であった」「企業の方々が研究について真剣に議論してくれたことが新鮮だった」などと、好意的な感想が相次いだ。中にはパートナー候補を得た研究者もおり、今後のコンバージェンス研究への発展が期待される。

成果発表を行う野田口氏
成果発表を行う野田口氏
成果発表を行う佐藤氏
成果発表を行う佐藤氏

 各研究者による成果発表を一部紹介する。
 北海道大学人獣共通感染症リサーチセンター・特任准教授の大森亮介氏は、予測困難な感染症の流行を、データ解析などの数学的なアプローチから予測に取り組んでいる。この日は、手法を別の研究に使えないかという観点で議論をしてもらったそうだ。

 参加者からは、ファッションや文化も、「流行」に至るプロセスは感染症に似ているのではないかとの示唆があったという。同じように人間の行動を解析することで、覚せい剤の取り締まりなど、社会的価値のある分野への応用も見出せる。大森氏からは、新たなモチベーションを得た様子がうかがえた。

 次に紹介するのは、奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 物質創成科学領域・准教授の徳田崇氏。1ラウンド目は「超小型生体埋め込みデバイス」について、2ラウンド目は「環境光で駆動するIoTシステム」について、それぞれどのようなニーズが考えられるか議論をしてもらったという。

 このうち1ラウンド目では、病院で常に健康状態をモニタリングする必要がある人に対し、在宅療養へシフトするチャンスを提供できるという具体的な提案を受けたそうだ。狙い通り社会のニーズを見据えた議論となり、徳田氏も思わず「もらった!」とコメント。満足気な様子だった。

 企業等からの参加者からも、「将来ノーベル賞を取るかもしれない研究者と議論ができてよかった」「応援団になりたいと思えた」などといった、最先端の研究に触れたことへの高揚を語る声が多くあった。ビジネスの種を見つけた参加者もいた一方で、「研究内容の理解に手こずった」と語る参加者もいたことから、継続的に議論の場を設け、セクター間のギャップを少しずつ埋めていくことも重要だろう。そういった環境が当たり前になることを願いたい。

 進行役を務めた村田氏は「イノベーションは社会に出て初めて起きるもの。今日は技術を社会と繋ぐためにどうデザインすべきかという議論ができていた」と、この日のグループワークを振り返った。

 閉会にあたり松尾氏は、初めての取り組みとなった今回のコンバージェンスキャンプの手応えを口にしながら「参加を熱望する研究者が他にも30人以上おり、これは全さきがけ研究者の約10%にも相当する」。社会との議論の場を求める研究者からの高い期待を代弁した。

 潜在的な対話へのニーズは、研究者にも、社会の側に立つプレイヤーにも、確かに存在する。複数の視点が交わることで新たな価値が生まれ、より良い未来社会の実現に基礎研究がこれまで以上に貢献していくことを期待したい。

(「科学と社会」推進部 関本一樹、日下葵)

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