社会的にインパクトがあるイノベーションを目指して企業、自治体、官公庁などが相互連携する組織がある。2012年に前身の「フューチャーセンター研究会」として発足し、15年に現在の組織体になった「一般社団法人Future Center Alliance Japan(FCAJ)」だ。また、科学技術振興機構(JST)において、顕著な研究成果をプログラムマネージャー(PM)のイノベーション指向の研究開発マネジメントにより企業やベンチャーなどに研究開発の流れをつなげることを目指すプログラム「ACCEL」がある。今回、FCAJとJST・ACCEL、親和性のある両者がそれぞれの強みを活かした、意欲的な企画が10月22日(月)、JST東京本部別館(東京都千代田区)で開かれた。
今回の企画の狙いは、社会的ニーズと研究シーズをいかに結びつけるか、を考える一つの手掛かりとして、PMと企業等の議論などを通して、身近に体験してもらうこと。テーマは「トップサイエンスと社会の声を融合し、いかに事業化するか」と設定し、ACCEL側からプログラムマネージャー、FCAJ側からは異業種の企業、大学・研究機関、官公庁といったさまざまなステークホルダーが集合。重要な研究成果が産業化まで到達できない、いわゆる「死の谷」の問題に向き合う挑戦的なやり取りを展開した。
プログラムマネージャー(PM)のマネジメントでイノベーションを指向
冒頭、JST戦略研究推進部 部長の金子博之氏が登壇し、ACCELのプログラム概要を紹介した。金子氏によると、ACCELは基礎研究を支援するファンドから生まれた成果を次につなげることを目的に開始された。企業で研究開発や事業化を経験したPMを伴走者とし、研究者とPMとが二人三脚で研究を進めていくことが一番の特徴という。
金子氏は「さまざまな方との議論を通じてPMの成長につなげたい。物質的に満たされている社会の中で成功例を出すためには、研究開発段階から産業界をはじめとする社会と伴走しながら進める必要がある。そうした一環として、今回の取り組みを通じて考えていきたい。」と期待を寄せた。
今までにない斬新な取り組み
続いてFCAJの代表理事を務める紺野登氏が「トップサイエンスイノベーションの構想 〜先端的なサイエンスの知をいかにビジネスにするか〜」と題し、今回の新しい取り組みの狙いなどを紹介した。
冒頭、「テクノロジーと社会がどう共生していくかを考える時代になっている」と口火を切り、その一例を説明した。欧州委員会が出している「オープンイノベーション2.0」というコンセプトに基づいて産学官民が一体となって科学技術イノベーションに挑戦している欧州の事例だ。紺野氏はさらに、自身が提唱する「目的工学」というコンセプトを紹介。「目的を考えずにただ新しい発見を積み重ねる科学には限界がある。科学には目的が内在するということを意識した方法論が必要である」との見解を示した。
紺野氏が、科学と社会の声との融合に挑むこの日のプログラムの設計にあたりまず感じたことは「科学はなぜ分かりにくいのか」ということだったという。その理由として挙げたのは「研究者の言葉が難しいこと、我々のものの見方が堅いこと」。そして「科学者と社会が一緒になって目的を考えていくこと、また、デザイン思考的に一緒に問題を考えて行くという異なったアプローチが打開策になる」。紺野氏は今回の取り組みが非常に挑戦的な内容であることを改めて強調した後、「個々の視点、ミクロの視点から科学を見てもらい、そこから技術の活用法を考えて行くというアプローチをとっていきたい。参加者同士の積極的な発言と、シリアスな対話を期待します」と結んだ。
世界を変えるのは一人の『やり切る』意思
次に、「株式会社リバネス」副社長の井上浄氏が「基礎研究をいかに市場化するか 〜研究×起業家の観点とは〜」と題し、自らの起業経験を踏まえ、研究者兼起業家が基礎研究をどのように事業化するかについてゲストとして登壇。「市場化を目的とした基礎研究は絶対うまく行かない。世界を変えるため、人類を前に進めるために市場化がある」と熱く語り始めた。
井上氏が大学院時代に設立に携わった株式会社リバネスは、言わば「出前実験教室」から事業を開始した。「10年後の研究仲間を育てる」ことを目標としてスタートした事業は、今年になってとうとう実を結んだという。その後、出前授業で得た経験やノウハウを活用しながら、事業拡大し、現在は「教育応援プロジェクト」「人材応援プロジェクト」「研究応援プロジェクト」「創業応援プロジェクト」の4つのプロジェクトを手掛けている。
井上氏がこれらの事業の経営を通じて「世界を変えるのは一人の『やり切る』という言葉からだ」と感じたという。「問題は誰がやるか。自分のテーマだと捉え、良いアイデアを見つけて欲しい。また、やれない言い訳を考えるよりも、できる方法を考える方がよほど前進する」とゲスト講演に続くワークセッションに向けて檄(げき)を飛ばした。そして最後に自身が提唱するフレーズ「さぁ研究だ!」と大きな声で講演を締めくくった。
イノベーションを起こすために共通言語を
「Open Innovation Hubでの取り組みと社会とサイエンスをつなぐアプローチについて」と題し、講演したのは「富士フイルム・オープンイノベーションハブ」 館長の小島健嗣氏だ。
富士フイルムは写真のデジタル化の波を受け、写真フィルム需要がなくなったことを契機に、自社のイノベーションに本腰を入れて取り組んできた。小島氏はその過程で得た経験を基に「課題を解決するためのムーブメントを起こすには『共感』が重要だ」と強調した。
富士フイルムが共感を生むために取り組んだのは、自社の持っている「『技術のアセット』を『動詞化』し、共通言語化すること」。これは顧客に対して、自社の技術について理解を得るために「この技術は○○が出来る」と技術を可視化することを意味するという。これを実践することにより、顧客の課題との接続が容易となり、新たなコラボレーションが創出されやすくなったという。
小島氏は「技術を共通言語に置き換えるとともに、自分たちが何をしたいかという問いをどう掛け合わせるか、ということを試してほしい」「共感を生むという作業をやって欲しい」とアドバイスした。
小島氏は「未来をどう描くか、自分が何をしたいか、企業が何をやりたいかを問い続ける。そうすることでほんとうに幸せな社会がつくれるのではないかと思う」と結んだ。
〜【ワークセッション】トップサイエンスと社会の融合〜
ワークセッションでははじめにACCEL・PMが各研究テーマの内容を紹介した。今回対象とした研究テーマは「スーパーバイオイメージャーの開発」「濃厚ポリマーブラシのレジリエンシー強化とトライボロジー応用」「超活性固定化触媒開発に立脚した基幹化学プロセスの徹底効率化」「共生ネットワークの分子基盤とその応用展開」の四つ。それぞれの研究テーマを担当するACCEL・PMは、それまでの講演で出た「共通言語化」を意識し、研究内容を分かりやすく説明した。「共通言語化」つまり、一旦専門的な視点から離れて技術をあらためて見つめるという過程をPMは体験し、参加者と共有した。また、その技術が社会にどう役に立つのかも共有した。参加者も疑問点を積極的に聞くなど、自分のテーマとして捉えているようだった。
この後、興味・関心を持った研究テーマごとグループに分かれ、ACCEL・PMを中心に活発に議論した。アイデアを検討する段階からから事業化への展開までを展開する仕掛けとして四つのステップを設定して議論した。四つのステップと狙いは以下の通りだ。
(1) テーマのリフレーミング
この研究の意義は何か、この技術で何ができるかなど、抽象度を上げた議論(幅広い視点からの議論)によりアイデアを検討しキーワードやキャッチフレーズを創出。
(2) 義憤・Pain・Gain
テーマのリフレーミングにより創出されたキーワードやキャッチフレーズを「自分事」として捉えることによって生じた義憤や問題点(Pain)、理想像(Gain)を検討。
(3) シーズの編集
検討された義憤・問題点(Pain)・理想像(Gain)を解決・実現するための科学技術とはどのようなものか、また今回選ばれた研究テーマがどのように適用出来るかを検討。
(4) 価値の創造
シーズの編集で検討された科学技術を用いたプロダクトやサービスの創出および事業化の実現について検討。
各グループの議論では、最先端の科学技術の話が身近な課題や事象と結びつけられた。そして社会側の観点に立った斬新な科学技術の活用アイデアや科学技術に対するさまざまなメリット・デメリットが検討された。このようにセクター・分野を超えた参加者が共通言語を意識して活発な議論が展開された。ACCEL・PMはいつもとは趣の異なる議論に苦闘しながらも、研究テーマの新たな展開や社会的ニーズと研究シーズを結びつけるための手法の手掛かりを少しでも多く引き出そうと、参加者達と積極的に向き合っていた。同じ研究テーマに取り組む班が複数あっても、それぞれ個性的なアイデアが次々出され、参加者はみな、充実感に満ちた表情をしていたのが印象的だった。
最後に研究テーマごとに議論の成果が共有され、共感と熱気に包まれたワークセッションは幕を閉じた。
(ワークセッションで提案された自由な発想に基づくテーマと技術活用例は以下の通り)
【スーパーバイオイメージャーの開発】
・心身の健康状態の可視化、乳児やペットなどの非言語を可視化
【濃厚ポリマーブラシのレジリエンシー強化とトライボロジー応用】
・摩擦レス世界の実現、人工関節への応用
【超活性固定化触媒開発に立脚した基幹化学プロセスの徹底効率化】
・体内のプラント化、移動型プラントの作成
【共生ネットワークの分子基盤とその応用展開】
・宇宙における農業・緑化、人体内エコシステムの構築
〜本日の結果を研究に活かしたい〜
最後にACCEL 研究開発運営委員会委員長である東京理科大学学長の松本洋一郎氏がこの日の総括をした。松本氏は「ACCELのプロジェクトの目的はトップサイエンスをどのようにしてトップイノベーションに変えるかということだ」と述べ、「研究者がサイエンスに留まっているところからどう発想を飛ばすか。ACCELの成功はPMにかかっている」とPMの活躍に期待を寄せた。松本氏はまた「持続的に自由な発想をして、日本を良くしていくことが重要。(ACCELの)研究代表者(PI)にも本日出たようないろいろな発想が将来の社会ニーズにどうつながるかを検討するように伝えたい」と語り、トップサイエンスを社会ニーズの観点で展開する可能性に挑んだ今回の取り組みを踏まえ、今後の研究開発の参考にする意向を示した。