レポート

科学者として冷静に「科学政策による社会貢献」探る−AAAS年次総会レポート

2017.03.21

科学コミュニケーションセンター / 科学技術振興機構

 米国最大規模の国際科学フォーラムである「AAAS年次総会(米国科学振興協会〈American Association for the Advancement of Science〉)年次総会」が2月16日から5日間、ボストン市内で開催された。今年のテーマは「Serving Society Through Science Policy(科学政策による社会貢献)」。AAASのCEOであるラッシュ・ホルト氏は、トランプ米大統領の就任前から新政権に対し「科学に基づく政策」を求める声明を出していた。このため、今年のテーマも新政権を意識したものと受け取られそうだが、テーマが決まったのは一年以上前のこと。このテーマが決まったころには、これまで右肩上がりだった研究開発費が削減の憂き目に遭うかもしれないという科学コミュニティへの逆風を予想していた人は少ないのではないだろうか。

 AAASについては、2016年の米大統領選挙でトランプ氏が当選する前後から日本のメディアでも取り上げられるようになった。「『地球温暖化はでっちあげ』と主張するトランプ氏に危惧」「大統領就任後の人事で温暖化に異を唱える人物を起用したことに反発」など、ホルト氏が長く米民主党の下院議員を務めていたことから、トランプ大統領と対立する構図を伝える報道がほとんどだった。今回のAAAS年次総会は、トランプ政権発足の約1カ月後。新政権誕生後のAAASの具体的な動きや米科学界の変化が分かるかと思われたが、実際は目立った変化は見られず、科学者として当然取るべき対応を冷静に淡々と語る場面が印象的だった。セッションを通じて「先行きが分からない中で若手研究者はどうすればいいのか」「自分を見失わず研究をしよう」「研究者が団結しよう」といった発言が聞かれた。政治的環境が激変しても「科学者としての当然の姿勢」を確認するしかない−。米科学界の現場はそのような「フェーズ」であった。以下、いくつかのセッションの概要を織り交ぜて報告する。

写真1 AAAS年次総会のロゴを床に投影して参加者を出迎え
写真1 AAAS年次総会のロゴを床に投影して参加者を出迎え
写真2 年次総会の主要セッション会場。500〜600人が参加した
写真2 年次総会の主要セッション会場。500〜600人が参加した

変わりゆくアメリカの研究開発予算

 「US Federal Budget for Research and Development」と題したセッションは、AAASの専門スタッフが大統領予算教書を解説する毎年恒例の企画。例年は2月の第1月曜に予算教書が発表されるが、今年はトランプ大統領の予算教書がまだ出ていなかったこともあり、セッションは過去の連邦政府の研究開発予算の傾向を解説するにとどまった。新政権に移行した段階でまだ予算教書が出ていないことはしばしばあるようだが、新政権からもたらされる情報が今回ほど少なく、科学政策に関する具体的方針が見えない事態は前例がないとのことで、科学界の現場の戸惑いは大きい、と感じた。トランプ政権はオバマ前大統領の科学技術重視の姿勢を否定しており、予算そのものについての米議会の承認も滞っている。オバマ前大統領が進めていた気候変動、エネルギー、環境保護、その他の応用研究についての展望は不透明。トランプ大統領は非軍事の自由裁量予算を毎年1%ずつ削減する「penny plan」を公約として掲げているため、相対的に軍関係予算が増える可能性が高い。

「政策のための科学は権力に対して真実を語ること」とプログラム責任者

 2017年AAASのプレジデントで年次総会のプログラム責任者であるバーバラ・シャール氏の講演を聴いた。この中で同氏は、科学研究が人類社会に便益をもたらす基盤として機能し続けてきたこと、雇用を創生してきたこと、さらに第二次世界大戦後にルーズベルト大統領の科学顧問であったヴァネヴァー・ブッシュ博士が「基礎科学の研究は社会資本である」と述べて科学技術の重要性を説いた例などを挙げながら、現代社会で科学技術が果たしてきた役割を解説した。

 同氏はGPS(衛星利用測位システム)、ゲノム編集、農業や食料、環境負荷など具体例を幅広く紹介し、今年のテーマである科学技術政策の役割に言及した。「科学に基づく政策は、気候変動、エネルギー、移民、持続的開発、経済、運輸、テロ対策、核兵器、環境汚染、新興感染症など多岐にわたる」とした上で、「政治の中で事実がゆがむことがある。政策のための科学とは、権力に対して真実を語ることである。海面上昇、人口分布の変化、核兵器開発の検知など、科学が政策のために語れることは多くある。また、メキシコ湾での石油流出事故や福島の原発事故のような緊急時や、科学的な捜査において科学者の専門性が必要になる」と述べた。

写真3 講演するAAASプレジデントのバーバラ・シャール氏
写真3 講演するAAASプレジデントのバーバラ・シャール氏

新政権におけるホワイトハウスの科学政策

 「やり残した仕事(Unfinished business)」 と題したパネル討論があった。ここではかつてのクリントン政権やオバマ政権時代の米国科学技術政策局(OSTP)局長を中心に、トランプ政権下での大統領科学技術担当補佐官(科学技術顧問)やOSTPの役割についての議論が行われた。国家安全保障や、医療、治安、エネルギー、気候変動、環境、通商、教育といった多岐にわたる課題への対応については「これまでの政権で培われた科学技術政策の枠組みをいかに新政権が活用できるかが重要な検討事項となる」との考え方が共有された。また「トランプ政権の大統領科学技術担当補佐官の指名が遅れれば遅れるほど、政権内における科学技術の重要性が低下する恐れがある」との意見も出された。(AAASはこの件について繰り返しトランプ大統領に要請しているが3月時点で進展はない)

 質疑応答では「科学者コミュニティはどのようにして科学的重要性を社会に訴えればよいか」という問いに対し、オバマ政権でOSTP長官だったジョン・ホルドレン氏が「科学者が基礎研究の重要性を理解できても、それを政治家や一般の国民に理論的に説明することは難しい。しかし我々の歴史を振り返れば、基礎研究が大きなインパクトを社会にもたらした事例はいくらでもある。そのような具体例を示すことが重要である」と答えていた。科学技術の国際連携についての質問に対して同氏は「OSTPは国際連携について直接的な役割を担っている。特にアジア太平洋諸国(日中韓)との二国間の科学技術協力は積極的に進めてきた」と回答。クリントン政権時のOSTP国家安全保障・国際問題参事官だったケリーアン・ジョーンズ博士は「科学技術外交を政策レベルで継続的に検討することが重要である」と強調していた。

トランプ政権に冷静な科学者コミュニティ

 いくつかのセッションでは、「今のアメリカに地球温暖化などないことになっている」「何かを判断するにはエビデンスが必要」などと逆説的に語る「新政権への皮肉」が聞かれたものの、予想していた「(『トランプ憎し』のような)反トランプ」という雰囲気はなく、冷静に淡々と多くの企画が展開していた印象だった。それでも「科学技術関係の予算は削減されるだろう」との予測が主流となる中、会場から出たボストン市の街中ではAAAS年次総会に参加する科学者たちによる抗議デモ(科学的根拠に基づく政策決定を求める抗議デモ)が行われていた。

 4月には、科学者による大規模な抗議デモが予定されており、セッション「Unfinished business」の質疑応答では「4月のデモが特定の利益団体や既得権を持った科学者の政治活動になってしまう可能性を懸念している」(ホルドレン氏)との発言があった。パネリストで米民主党の元下院議員(ミシガン州選出)・下院科学技術委員会委員長のバート・ゴードン氏は「トランプ大統領は『細身の予算』(Skinny budget)を提示するだろうが、4月のデモによって科学技術が特定の政治的な意図・活動にハイジャックされることは避けなければならない」と述べ、冷静、慎重な対応を促していた。

写真4 ボストン市街で行われたデモに集まった人たち
写真4 ボストン市街で行われたデモに集まった人たち

JST主催・共催のセッション

 科学技術振興機構(JST)SDGs検討チームはこの年次総会で「How Can the Global Science Enterprise Effectively Respond to Sustainable Development Goals?」と題したセッションを主催した。科学技術イノベーションによる持続可能な開発目標(SDGs)への貢献について、日本からはJSTの、海外からは南アフリカ科学技術省(DST)やドイツ研究振興協会(DFG)といった各研究支援機関の、それぞれSDGs関連プロジェクト事例が紹介された。

 SDGsを実装していくためには多様なステークホルダーの連携が求められる。このため、ステークホルダーの立場から、岸輝雄外務大臣科学技術顧問、相原博昭東京大学教授、日立製作所の武田晴夫理事のほか、世界銀行でSDGs達成に向けた科学技術・イノベーション国連機関タスクチーム(IATT)に関わる金平直人氏が、それぞれの立場でSDGsに対する科学技術の可能性について意見を述べた。このセッションの会場にいた総合科学技術・イノベーション会議の原山優子議員は「科学技術イノベーションがもたらす恩恵と課題を踏まえつつ、既存の分野、組織を超えた活動を推進すべき」とコメントした。またオバマ政権時の国務長官科学技術アドバイザーだったAAASのウィリアム・コルグレイザー博士からは「人材育成に加えて、昨今の紛争や移民問題に対する国際社会の平和構築や包括的機関の構築へも貢献できる」とのコメントがあった。

 南アフリカ政府の科学技術省(DST)とJST科学コミュニケーションセンターは、シンポジウム「Global Conference Start-Ups: Inclusive Science and Society Engagement」を共催した。ここでは世界の科学オープンフォーラム(日本のサイエンスアゴラ、欧州のESOF〈EuroScience Open Forum〉と南アフリカ科学フォーラム〈Science Forum South Africa;SFSA〉、中南米・カリブ海のCILACと、世界科学フォーラム〈WSF〉)といった主催者などが今後の科学オープンフォーラムの方向性について熱心に議論した。

 「多様なステークホルダーと共に科学技術を考えたい」という課題に関しては、どのフォーラム事務局も知恵を絞っている。南アフリカのナレディ・パンドール科学技術大臣は、国家的な優先課題である貧困や不平等を科学技術の力で乗り越えたいとする姿勢を以前から強調しており、SFSAもその助けになる位置付けを狙っている。同大臣は「国家的優先課題」の観点からトランプ大統領が「アメリカファースト」を掲げることに一定の理解を示しつつも「貧富の差などは各国が抱える世界的な問題でもあり、様々な国が協力していくことが大切だ」と述べていたのが印象的だった。

写真5 JST主催のセッションで発表する濵口道成理事長
写真5 JST主催のセッションで発表する濵口道成理事長
写真6 日本科学未来館のブース
写真6 日本科学未来館のブース
写真7 JSTのブース。左手前は浮世絵の高精細複製画。日本的な画像に加え香りが付いていることで話題になっていた
写真7 JSTのブース。左手前は浮世絵の高精細複製画。日本的な画像に加え香りが付いていることで話題になっていた

展示エリアと「ファミリー・サイエンス・デイ」

 AAAS年次総会は、毎回展示とセッションで構成されている。展示エリアでは大学などによるブースやポスターが並び、ポスター企画には高校からの参加もあった。JSTブースはエリアの角にあって人目に付きやすく、期間中は昨年を上回る600人以上が訪れて来場者が途切れことはなかった。

 写楽の浮世絵とゴッホの油画の高精細複製画(東京藝術大学COI拠点)の展示に足を止める人も多く、ボストン市の日刊紙「The Boston Globe」のツイッターで「話題の展示」として紹介されていた。また、物理学の究極の目標である「万物の理論」をテーマにした、世界初の3Dドーム映像作品「9次元から来た男」(日本科学未来館企画・製作・著作)を長時間鑑賞する人の姿も見られた。実際に触れられる、目に見えるモノがあるとコミュニケーションが成立しやすく、具体的な成果からJST全体の活動を紹介できている印象だった。今後、JSTとして国際的に何をアピールしていくのか、国際的な共同研究をどのようにサポートしていくかが課題となるのでは、と感じた。

 展示エリアの隣の会場では、2月18、19日の週末に家族連れを対象としたファミリー・サイエンス・デイ(ブースでの科学体験とステージでの公開セミナー)が開催され、子どもから大人まで多様な催しを楽しんでいた。ベビーカーに子どもを乗せて催しを楽しむ家族連れも多く、車いすで移動する来場者の姿も見られた。年次総会の展示エリアもそうだが、通路幅がとても広く確保されており、かなりの人出でも快適に見て回ることができる。こうした配慮は「科学と社会をつなぐ」ためのさまざまな活動を、多様性を意識しながら行っているAAASだからこそかもしれない(AAASは障碍を持つ研究者の就労支援にも積極的である)。

写真8 AAAS年次総会の展示エリア
写真8 AAAS年次総会の展示エリア
写真9 ファミリー・サイエンス・デイ
写真9 ファミリー・サイエンス・デイ
写真10 ファミリー・サイエンス・デイの会場スペースは余裕があり、ベビーカーも楽に入場できた
写真10 ファミリー・サイエンス・デイの会場スペースは余裕があり、ベビーカーも楽に入場できた

「ストーリーとして語る必要」を実感

 今回の年次総会を通して「Story Telling」ということばをたびたび耳にした。セッションでも、ファミリー・サイエンス・デイでも聞かれた。「科学技術の重要さや面白さを科学になじみのない層に伝えるためには、『ストーリー』として語る必要がある」という考え方だ。科学コミュニケーションの分野ではしばしば語られてきたことのようだが、政策を理解してもらうためにも、ストーリーで届けながら距離を縮めよう、という意識が強くなっているように思われた。

 このほか、JSTの参加者からは「昨年からの傾向だが『若者』や『途上国』がキーワードのように感じられる」「『人文社会科学系との連携』や『融合』などは日本と異なり米国では政策云々以前に(ベースとして)できている印象だ。IoT関連のセッションでも社会への影響を考えて研究を進めている状況が紹介されている。日本はずいぶん立ち遅れている」といった声が聞かれた。AAASでセッションを実施するには厳しい審査をパスする必要がある。「AAAS年次総会」などの国際的な場で参加者、来場者に「聞いて良かった」と思ってもらえる充実した内容をどのようにつくり込んでいくか、は引き続き重要な課題と実感した5日間だった。

(レポート・科学コミュニケーションセンター黒田明子、写真は黒田ほかJST参加者)

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