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イベントレポート「「復興とはあなたにとって何を指すのか」被災地の女子高校生が問いかける 「若者がつくる復興の未来図」テーマに福島でJST20周年記念シンポジウム」 <第1回>「「若者は憧れとロマンを」とノーベル賞学者の益川さん」

2016.06.03

サイエンスポータル編集部 / 科学技術振興機構

「若者がつくる復興の未来図~科学技術は復興にいかに関わるべきか」をテーマに第4回科学技術振興機構(JST)20周年記念シンポジウムが5月29日、福島市内で開かれた。会場には福島、岩手、宮城3県の高校生のほか、被災地で復興に向けたさまざまな活動を続けている人たちや行政、教育関係者ら約3百人が参加した。

 シンポジウムは、JSTが主催し、岩手、宮城、福島各県や筑波、名古屋、福島の大学など多くの組織、団体が後援した。ノーベル物理学賞を受賞した益川敏英(ますかわ としひで)名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構長が会場の若い人に語りかける特別対談や東日本大震災当時小学生だった福島、岩手、宮城の被災3県の高校生によるスピーチ、被災地でそれぞれの発想から地域に根差した活動をしている若手起業家らによるパネルディスカッションなど多彩な企画が行われた。会場は約4時間にわたり、これからの復興に何が求められているのか、をめぐって熱気に包まれた。開会前と閉会後には福島県立安積高校生による弦楽奏が披露された。

 高校生スピーチの部では、最初に壇上に立った宮城県立古川黎明高校3年の須田佳小里(すだ かおり)さんが冒頭「震災からの復興とは一体何を指すのですか」と会場に向かって鋭く問いかけた。被災した夜の石巻市での記憶から語り始めたスピーチは「復興後の未来は一人一人がつくっていくものでゴールも違う。それぞれが未来のために(何かを)行うことがいつか大きな未来を助ける」と力強く結んだ。大震災のつらい記憶を呼び起こしながらの5人の高校生の発言や発表は、シンポジウムの参加者にこれからの復興について深く考えさせるメッセージとなった。

写真1 益川敏英名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構長(右)と小沢喜仁福島大学副学長(左)の特別対談(5月29日、福島市内の会場)
写真1 益川敏英名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構長(右)と小沢喜仁福島大学副学長(左)の特別対談(5月29日、福島市内の会場)

 開会あいさつで濵口道成(はまぐち みちなり)JST理事長は会場の高校生に向かって「ずっと福島で(シンポジウムを)やりたいと思っていた。今日のこれからの話を聞いて一人でもいいから『私はがんばる』と思ってくれたらこのシンポジウムは成功だ」と語りかけた。

 続いて文部科学省の伊藤洋一(いとう よういち)科学技術・学術政策局長は「20年、30年先に皆さんの時代になってどんなに機械や人工知能(AI)が進歩しても人間しかできないことは残る。科学技術が発達した社会は今まで以上に自分たちで課題を発掘し、仲間と一緒に問題に関わって主体的に学ぶことや協調性、人間性が重要になってくる」「(若い皆さんは)復興というプロセスの実践を通じてこれからの予測しがたい変動を生き抜く力を蓄積している」と述べ、大人世代を代表して会場の高校生ら若い人たちに期待する気持ちを伝えた。

 福島県の畠利行(はた としゆき)副知事のあいさつに続き、岩手県の達増拓也(たっそ たくや)、宮城県の村井嘉浩(むらい よしひろ)両知事が会場に語りかけるビデオメッセージが披露された。
この後、シンポジウムは2008年 に素粒子物理学分野の業績で南部陽一郎(なんぶ よういちろう)米シカゴ大学名誉教授(当時、15年7月 故人)、小林誠(こばやし まこと)高エネルギー加速器研究機構名誉教授とノーベル物理学賞を共同受賞した名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構長の益川敏英さんと小沢喜仁(おざわ よしひと)福島大学副学長の特別対談が行われた。

 小沢副学長が会場の高校生らへのメッセージを尋ねると益川さんは冒頭「私の話は参考にならないよ」で始まり、戦後の小学校時代に図書館で本を読みあさった日々も「家にいると勉強しろと親から言われるから、とにかく家から出たかった」「信念を持って勉強しなかった」と”益川節”が続いた。高校に進学してからは当時の坂田昌一(さかた しょういち)名古屋大学教授(故人)が画期的な基本粒子理論を発表したことを知って「自分のそば(名古屋)にそんなすごい人がいるんだ」と科学に関心を持ち始めたきっかけを披露。砂糖問屋を営んでいた父親には家業を継げと言われたが母親から「一度だけなら」と大学受験の許しをもらって「砂糖問屋にはなりたくない」と猛勉強したエピソードを紹介した。

写真2 益川敏英名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構長
写真2 益川敏英名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構長

 名古屋大学理学部物理学科へ入学を果たした益川さんは大学院で坂田研究室に入り、名古屋大学から京都大学助手に移った後の1973年に小林誠さんと当時の素粒子物理学の常識を覆す「CP対称性の破れ」理論を提唱している。特別対談の佳境に入り益川さんは宇宙の始まりから自然界に存在した「対称性の破れ」理論の研究生活を振り返り、「(それまで考えられていた)4種類でのクオークでは『CP対称性の破れ』の実験はできない」との論文を書こうと思ったら「4種類にこだわらなくていいのだ 」と(6種類のクオークモデルを考えればいいと)ふと気付いて研究の壁を乗り越えた苦労話も語った。「対称性の破れ」理論はその後2001年に日米別々の検出器による実験で検証された。

 益川さんは会場の高校生らに向かって「こうすれば必ず成功するというものはない。若者は努力するしかない。経験する中で素晴らしい人と出会うはずだ」「若者が成長するためには憧れとロマンが大切だ。憧れが現実のものになる。憧れとロマンを持ったら必ず始めることだ。始めたら(憧れが)現実と異なることに気付く。そうしたら修正したらいい。さかのぼっていい。気が付いて、引き返すことも大切だ」と話すと会場の高校生らは益川さんの熱い言葉に熱心に聞き入っていた。

写真3 講演する山海嘉之筑波大学システム情報系教授
写真3 講演する山海嘉之筑波大学システム情報系教授

 この後は山海嘉之(さんかい よしゆき)筑波大学システム情報系教授・サイバニクス研究センター長が基調講演。山海教授は「サイバニクス技術」の第一人者で「大学発ベンチャー」として医療用ロボットスーツ「HAL」を開発した。現在開発を担ったサイバーダイン社の社長も務める。HALは装着する人の皮膚表面のセンサーを通じて「生体電位信号」を読み取って、立ったり座ったり、歩いたり、という日常生活でのさまざまな動作をサポートする仕組みだ。

 山海教授は「未来改革へ挑戦することを話したい。現在は情報空間と物理空間のインタラクションの中で生きている。イノベーションは革新的技術で新市場をつくることだ」と話を始めた。「子供の頃は『科学技術は飽和状態』と言われたがその後もずっと加速している」と強調した後、少年時代を振り返りながら軽快な口調で会場に語りかけた。

写真4 会場に映し出された医療用ロボットスーツHAL(下肢用、右)とそれを小型化したもの(左)。(山海教授提供)
写真4 会場に映し出された医療用ロボットスーツHAL(下肢用、右)とそれを小型化したもの(左)。(山海教授提供)

 「テレビを見ていて(番組ストーリーの中で)何か事が起きると必ず正義の博士が出てきて一生懸命がんばって何とかしてくれた。がんばれば何とかなると思った」「小学校の時『ゆめ』の題で作文を書いた。自分は大きくなったら科学者になりたいと書いている。(夢を実現することは)夢ではないと書いている。たぶん夢では終わらせたくないと思っていたのだろう。(作文で)科学とは悪用すれば怖いものだとも書いている。この時すでに倫理について書いていたのですよ」と会場を沸かせながら、少年時代の記憶がその後の人生に影響を与えたことを熱く語った。

写真5 会場に映し出された山海教授の「サイバニクスシステム」の一部概念図(山海教授提供)
写真5 会場に映し出された山海教授の「サイバニクスシステム」の一部概念図(山海教授提供)

 講演の後半、HALについて「世界初のサイボーグ型ロボット」と紹介し「人間とテクノロジーの境界線は皮膚一枚」「革新的な再生医療とロボットによる、世界では誰もやっていない新領域だった」。さらに「社会の課題は複合課題でいろんな問題があって自分の専門分野だけではできなかった。仕方なく自分でやってきた」「医学と連携してやった。最初は半信半疑だったが素晴らしい連携だった。人と連携することが重要だと思った」「これからの社会は高齢化時代だ。病気の問題がある。(それでも)理想の社会を想像して現在の課題を考える。まず未来を考えて逆算してやる。そうすると専門分野にこだわってやっていられない」と続け、独創的なイノベーションの最先端を走ってきた経験に基づく強い思いを会場に伝えた。最後に「自ら発想し行動すると社会とつながっていく。そんなことをやってほしい」「人間観や倫理観、社会観などを大切にして人や社会のために行動してほしい」と語りかけて講演を締めくくった。

(JST サイエンスポータル編集部)

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