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海外レポート [シリーズ] 諸外国における製造業強化のための研究開発戦略 〈第2回〉EU(欧州連合):「先進製造」重視し製造業に付加価値

2015.07.06

山下 泉 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター 海外動向ユニット フェロー

 この[シリーズ]では、諸外国の製造業強化のための研究開発戦略や政策をレポートする。第2回は、EU(欧州連合)。製造業の拠点が人件費の安い新興国に流出するという問題は、日本を含む多くの先進国に共通するものである。では、それに対するEUの取り組みはどのようなものか。

EUにおける製造業の位置付け

 欧州委員会の企業・産業総局は、2012年に、製造業は欧州のGDP(国内総生産)全体の16%を占めているという現状を示した上で、それを2020年までに20%に高めるという目標を掲げた※1。また、Horizon 2020※2の公募文書※3は「製造業は欧州の全ての雇用のうち20%(3,000万人以上)を生み出している。200万社以上の企業が携わり、その多くは中小企業である」という状況を指摘した上で、「製造業は欧州に富や雇用や高い生活水準を生み出す潜在力を持つ。その潜在力を発揮させるには、コスト削減競争ではなく、高付加価値化の競争に取り組むべきである。そのための研究開発を進めることが重要である」とした。

先進製造とHorizon 2020

 製造業による付加価値を高める鍵が「先進製造」である。欧州委員会によると、先進製造とは「最新の科学技術知識や技術以外のイノベーションを用いた、製造に関する全ての活動(なお、用いられる知識やイノベーションは、既存の製品・プロセス・ビジネスモデルを改善し、あるいはそれらを創出・普及させるためのものとする)」と定義される※4。Horizon 2020においても先進製造技術の研究開発は重視され、重点対象である六つの「鍵となる実現技術(Key Enabling Technologies)」のうちの一つに位置付けられる。

 先進製造により、既存の製造プロセスの改善にとらわれない価値創造のプロセスを創り・普及させようとしている。そのために研究開発も進められるが、必ずしも科学技術分野に属する「技術」のみが対象となるわけではない。

先進製造分野の研究開発戦略

 先進製造において進められる研究開発の方向性は、戦略的研究アジェンダ(ある分野の研究開発の方向性を規定する文書)という形で示されている。図1が、Horizon 2020の公募のもとになった戦略的研究アジェンダを端的に表したものである。工場のバーチャル化・ネットワーク化を通じて、工場間の知識共有・動的なサプライチェーンの構築を図るとともに、資源効率の向上を重視する点に特徴がある。

先進製造分野の戦略的研究アジェンダ
図1.先進製造分野の戦略的研究アジェンダ

 この戦略的研究アジェンダは、Horizon 2020の公募のもとであるものの、欧州委員会により作られたものではない。実は、この背景に産学官連携に関する欧州の問題意識と工夫とが存在する。

欧州の政策主体の問題意識と対応策

 2000年当時、欧州は研究開発費の対GDP比の低さを問題視していた。欧州平均が1.9%であったのに対し、米国は2.7%、日本は3%であった。その差の内訳をみると、例えば米国との差の84%が企業による投資の差に起因していた。この状況が、研究開発の成果を製品やサービスに転化する能力の不足に結び付いていると考えられた。企業による研究開発を促進しなくてはならない —2000年の「リスボン戦略」に基づき2002年に設定された「EUの研究開発投資をGDP比で3%に引き上げる」というバルセロナ目標の背景には、そのような問題意識があった。

 では、欧州はバルセロナ目標実現に向けて何をしたか。重要な方策の一つが、欧州技術プラットホーム(European Technology Platform:以下「ETP」)の設置である。ETPとは、特定の技術分野についての研究開発戦略の策定を担う産官連携の組織である。すなわち、欧州委員会は共通の課題に取り組む主体にそれぞれの分野で必要な研究戦略を作らせ、一定の条件を満たした活動には資金的な支援を行うという仕組みを構築した。

 さらに、欧州委員会が特に重要であると認めたETPをもとにして、戦略策定の機能に加えファンディング機能も担う共同技術イニシアチブ(Joint Technology Initiatives:以下「JTI」)や官民パートナーシップ(Public to Private Partnerships:以下「PPP」)を設置する道も用意した。長期的なコミットメントと成果に応じて支援の幅を広げる仕組みは、産業界を動機付ける装置として有用であると考えられる。最初のJTIが設立されてから8年目の現在、6のJTIと9のPPPが存在し、Horizon 2020の期間中に政府部門からは約140億ユーロが支出される※5。また、民間部門からはそれ以上の額が出資される。企業からのコミットメントが得られた産学連携プログラムが育っている※6

※ただし、PPPにおいては金銭出資は義務づけられておらず、この額は現物出資などを含んだものになる。

 以上のような仕組みをまとめたものが図2である。

図2.欧州の産学官連携組織の仕組み
図2.欧州の産学官連携組織の仕組み

先進製造分野のETPとPPP

 先進製造の分野では、2004年にManufutureというETPが設立され、2006年に初めての戦略的研究アジェンダが公表されている。そこでは、新興国との競争、技術ライフサイクルの短期化、環境問題などを前提に、高付加価値の新しい製品・サービスや新しいビジネスモデルの創出、新しい製造工学・科学の創出、世界レベルの製造業創出のための研究・教育インフラの転換、といった課題について産業分野横断的に取り組むべきだとする。

 戦略策定の活動が認められた結果、2008年には「未来の工場(Factories of Future:以下「FoF」)」というPPPが設立されるに至った。FoFでは、Manufutureの戦略を洗練させ、それに従ったファンディングを行う。FoFの策定した上述の戦略的研究アジェンダ(図1)は欧州委員会のプログラムであるFP7(第7次研究枠組み計画)やHorizon 2020の戦略となり、欧州委員会からも資金を受け入れつつファンディングを行うという構図である。この戦略的研究アジェンダを受けたHorizon 2020の2014/15年分の公募テーマが表1であり、対応関係がみられる。

Horizon 2020の先進製造分野の公募テーマ(2014/15年)
表1.Horizon 2020の先進製造分野の公募テーマ(2014/15年)

まとめ

 EUには、戦略立案に特化したETPが41あるとともに、JTIやPPPというファンディングの仕組みもある。そして、FoFをはじめとする先進製造の取り組みはその中に位置付けられる。これは、イノベーション・エコシステムとして注目に値しないか。その含意は、1. 真にその問題にコミットする集団の問題意識を吸い上げる仕組みであること、2. 1の成果に応じて支援の幅を広げるという形で企業が動機付けられていること、3. 多様な戦略策定主体のプールをつくり、長期的視点からその成長を支援する政策が推進されてきたこと、である。EUの製造業の空洞化に対する取り組みとは、高付加価値型の製造業の創出に向け、企業による研究開発を組織的・継続的に動機付けるものだといえる。

  • ※1 A Stronger European Industry for Growth and Economic Recovery.
  • ※2 Horizon 2020とは、2014年〜20年を対象とした欧州の研究開発・イノベーションの枠組みプログラムである。詳細は、以下を参照されたい。
    • “欧州がイノベーション・市場化への活動を強化 —新しい研究開発枠組みプログラム「Horizon2020」—”(産学官連携ジャーナル2014年6月号)
    • “科学技術・イノベーション動向報告EU編(2013年度版)”(科学技術振興機構 研究開発戦略センター)
  • ※3 “HORIZON2020 WORK PROGRAMME 2014?2015”
  • ※4 2014年7月17日のワークショップ “Supporting advanced manufacturing activities at the regional level:lessons from practitioners”での説明による。
  • ※5 欧州委員会ウェブサイト
    “Investing in partnerships in research and innovation”
    “Contractual partnerships with industry in research and innovation”
  • ※6 ただし、2012年のEU28の総研究費の対GDP比は2.0%であり、バルセロナ目標の達成には至っていない。なお、2000年当時の加盟国であるEU15の総研究費の対GDP比は2012年現在で2.1%である。(以上、OECD統計による)

「産学官連携ジャーナル」の記事を一部改変

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