レポート

シリーズ「日本の安全と科学技術」ー 「地震防災」第1回「“想定外”を超える人智が大切」

2012.05.10

土岐憲三 氏 / 立命館大学教授 歴史都市防災研究センター長

地震よりも大きかった津波被害

土岐憲三 氏(立命館大学教授 歴史都市防災研究センター長)

 本日は2つのテーマでお話しします。前半は地震の話、後半は文化財の防災についてです。

 3月11日の大地震は「2011年東北地方太平洋沖地震」が気象庁による正式の名称です。その地震の結果起きた災害として「東日本大震災」という名前で呼ばれていますが、私は「大震災」というよりも「大津波」と言った方がいいかと思っています。なぜかというと、今回の災害では5月のデータで、約2万人の死者・行方不明者がいます(注:10月20日現在、死者15826人・行方不明者3810人)が、その93%は津波による犠牲です。地震による直接的な死者は7%、約1400人だとすると、阪神・淡路大震災(1995年、死者6434人・行方不明3人、M7.3)の約4分の1です。今回の地震の方がサイズは大きく、エリアも非常に広いわけですが、地震そのものによる人命喪失は4分の1程度でした。地震そのものによる被害の起こり方はどこも似たようなものですから、今回の地震による被害は総じてマグニチュードの割には軽微であったと言えます。

 今回の地震では、東京もよく揺れました。「揺れること」と「壊れること」は決定的に違います。私のような根っからの“防災屋”からすれば「揺れたっていいじゃないか」と思います。「建物が壊れて、人命が失われること」が大きな問題であり、一番のポイントですから、揺れることをそうやかましく言わんでもいいじゃないかと日ごろ思っています。そういう意味で、今回の地震は、マグニチュード(M9.0)がかつてないほど大規模で、さらに広大な範囲が揺れましたが、地震そのものによる被害は「津波に比べれば大したことがなかった」と言えると思います。

想定値を超えたときの知恵

 今回の大地震や津波被害の報道の中で「想定外」という言葉をよく耳にされたと思います。この「想定外」というのは「想定値を超えた被害や災害、事象が起きた」ということですが、「想定値」というのは超えることもあるのです。目標を定めなければ何もできないから、とりあえず想定値を定めておく。そして、想定値を大きくしておけば安全度は高まるが、そうすると施策や施設に膨大なお金がかかるので、社会的合意が得られません。想定値は、社会的合意が得られるであろうという目標値でしかない、つまり「間違いなくそれを超える事象が起こり得る」ということです。

 例えば、国などが想定値を設けるときに「想定値を超えたときはこうしなさい」とは言わない。「想定値はここまで」「これが想定値です」と示すだけです。だからと言って、「そこまでやっておけばいいのだ」と防災や災害の関係者が考えてはいけません。国が想定値を際限なく大きくするわけにいかないから、どこかで止めているのであって、「それを超える可能性があること」を知った上で、実際に「想定値を超える事態が起きたときにどうするか」を、知恵で補っておかなければならないのです。

 しかし想定値を超える事態と言われても、いったい何が想定されていたのか。だれが想定していたのかは一般の人々にはわかりません。内閣府の中央防災会議には、いろいろな専門調査会が平成13年度からできました。それまでは、防災や災害の問題は建設省外局の国土庁で扱っていましたが、平成12年の省庁再編成で、内閣府に防災関連を扱う「中央防災会議」と「総合科学技術会議」「経済財政諮問会議」「男女共同参画会議」ができました。その中央防災会議の専門調査会の1つが「東南海、南海地震等に関する専門調査会」であり、私はその座長を7年半務めました。

 一方、中央防災会議の「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会」が、千島海溝の択捉島や色丹島付近の断層が動いたときに、どこがどう揺れるかも想定してきました。さらに、日本海溝で起きる地震の1つとして宮城県沖の地震も想定していました。日本海溝での地震では、青森県沖の「三陸沖北部」から岩手県沖の「三陸沖中部」、さらに「宮城県沖(陸側、海側)」などの震源域を考え、それらの断層の大きさからマグニチュードを検討しています。宮城県沖の地震については単独での発生だけでなく、それぞれの隣接する東西の震源域と一緒に断層が動く色々なケースを考え、マグニチュードも一番大きなものは8.2の想定でした。ところが今回の「東北地方太平洋沖地震」では、三陸沖中部から福島、茨城沖に至る南北に長さ約500㎞、幅約200㎞という、とんでもない範囲で断層が動いてしまったのです。

 だから「調査会の想定値を超えた」のは正直な話ですが、しかし、これを責めるわけにはいかないと思います。だれかが想定しなくてはいけないのですから。しかも、それなりに想定した理由がちゃんとあったわけです。その想定が「間違いだった」と論証できる人がいれば責めてもいいと思いますが、それをできる人はまずいないと思いますので、「あれは想定外だったと言っている、けしからん」と言うのは間違いです。想定値を見て「その範囲内で安全にしておけばいい」と開き直ったような、それだけしか考えなかった人がだめなのです。「想定値を超えたときの知恵がなかったことが問題を起こした」と言い切れると思います。

加速度での議論は間違い

 今回の地震では、断層が400㎞も500㎞も動きましたが、何をもってそう言えるのか。地震学の常識ですが、本震に続く余震の震源をプロットしていくと全体の震源域、本震で動いた断層の範囲が分かります。すなわち、余震は本震を起こした断層で起きるのです。そして、震源域は東側が浅く、西側に行くに従ってだんだん深くなっています。太平洋プレートが東側から西側に潜り込んでいっているわけですが、震源域はほとんど陸地には届いていません。だから、今回の地震、あるいは断層の破壊はほとんどが海側だけで起こった現象です。

 地震学の人たちは、これまで想定した震源域を越えたことを「想定外でした」と言います。私は「そんなことを言っていいのか」と思いましたが、よく考えてみたら、彼らを責めるわけにはいかない。でも、災害に関わる研究者や行政関係者は「想定外」を安易に使ってはいけないと思います。想定を超える事象があることを認識した上で、その場合に対処すべきだからです。

 地震の災害では、震度6弱を超えたら人命の被害が出ます。それより震度の小さいところでは、人命の被害は非常に運の悪い人、特にあまり丈夫でない建物や場所に住んでいた場合に出ることがあります。今回の地震でも、かなり揺れた範囲、よく揺れたけど人命の被害が出なかった範囲があります。全体では地震そのものによる人命の被害は1500人弱とみられますから、よく揺れた割には少なかった。これは阪神・淡路大震災のときのような密度の高い地域でなかったのが幸いしています。

 地震による被害では、加速度もよく議論の対象になります。今回の地震での最大水平加速度は、宮城県栗原市での2933ガル、3Gほどでした。地球上にいる私たちが常に受けている重力加速度は980ガルで、これが1Gです。3Gというのはその3倍です。栗原市では左右の方向、すなわち水平動が3Gでした。私の体重は80キロですから、瞬間的に240キロの力でぐんと押されたわけですが、それくらいでは被害が起こりません。なぜなら、そうした力がかかった時間は0.1秒あるかないかの短い時間ですから、何ら問題は起こりません。それが1秒間も240キロの力で押されたら、私は立っていられないでしょう。その辺のことは地震工学の話になりますのでやめますが、加速度で議論するのは間違いであるということ。3Gはとんでもなく大きな加速度ですが、それでも大した被害にはならないということです。

震災は震源からの距離が問題

 東日本で大地震が起こり、改めて、西日本で問題になっているのが「南海トラフ」の地震です。しかし、西日本に影響を及ぼすような、南海トラフの地震による被害想定はもう終えています。私が座長を務めた「東南海、南海地震等に関する専門調査会」でやってきたのです。ところが、それを「見直せ」「見直すべきではないか」という声が出ています。それらの主張が本当に正しいのか。マスメディアは中身をよく知らないまま“杓子定規”にものを言っており、それは非常に危険なことです。そこでこれを見直すべきかどうか、私なりの考えをお伝えします。

 南海トラフの「トラフ」とは谷、海溝のことです。日本海溝のように、どうして「南海海溝」といわないのか不思議ですが。さて、この南海トラフを地図上で見ると、静岡県駿河湾から中部電力・浜岡原発のある御前崎沖を通り、紀伊半島沖、四国沖、九州沖へと西南方向に向かうにしたがい、人の住んでいる所とは離れていきます。南海トラフの地震というのは、南海トラフに沿って想定される地震のことで、東から東海地震、東南海地震、そして四国沖の南海地震のことを言います。このうち東海地震の想定震源域は内陸に食い込んでおり、東南海地震も人の住んでいる地域に近い。南海地震の想定震源域は、四国からもかなり離れていることが分かります。

 要するに東海地震、東南海地震、南海地震というのは、東北地方太平洋沖地震とはわけが違うのです。物事の表面しか見ない人は、東日本大震災ではマグニチュード9.0の地震が襲ったが、地震そのものによる被害は大したことがなかった。「南海トラフの地震も、仮にマグニチュードが9.0でも日本の耐震性能は高いから、大したことにはないのではないか」と国の公的な立場の人も言っていますが、それは間違いです。

 なぜかというと、地震の被害というのは距離の関数なのです。大ざっぱに言いますと、震源からの距離の大体2〜3乗に逆比例します。距離が倍になると、被害は5分の1ぐらいですね。東日本大震災を起こした日本海溝での地震の場合は、震源域が陸地に達しておらず、東北地方の直下地震ではなかった。南海トラフの地震も全体としては、陸からは似たような距離にあります。ところが一番東の東海地震の場合は、想定震源域が陸地の中に入っており、震源からの距離はほとんどない、いわば直下地震です。

 地震の被害を考える場合には、えてしてこの距離の問題を忘れがちです。例えば、択捉島や色丹島などでマグニチュード8クラスの大地震が起きると、死者数は2、3人などと報道されます。その一方、イランでマグニチュード7クラスの地震が起きた場合には、死者数が2万5000人などと報道されますね。すると日本人の多くは「日本は地震対策が大変進んでいるのだな」と思ってしまいます。距離の効果を抜かしているのですよ。特に新聞やテレビなどのマスメディアの人たちは、震源からの距離のことを抜かして、地震の規模と被害との話をポーンと繋いでしまう。これは危険な情報の伝え方です。

「災害予測」の作成プロセス

 それでは皆さんが「見直すべきだ」と言っている南海トラフの地震による「災害予測」が、どうやって作られたのかをお話します。

 結論として得られたのは1枚の災害予測図です。どうやって選んだのか。基本となったのは1707年の「宝永の地震」のときの震度図です。これに加えて「安政の地震」(1854年)や「昭和の地震」(1946年)など、計5回の地震の震度も加えて検討しましたが、結果的に見ると「宝永の地震」の震度図に良く似ています。宝永の地震の震度図は、東京大学地震研究所の宇佐美龍夫氏らの先達が古文書に基づいて残してくださったものです。それに加えて、昭和の地震、安政の地震などの震度図を5枚重ね合わせて、各地の包絡震度の分布から全体としての震度図を描きました。

 次に、こうした震度図になるには、どこに断層を置いたら説明がつくのか、さらに断層のどこに「アスペリティ」(asperity:エネルギーがたくさんたまっている断層の固着域)を置けば震度図を再現できるのかを検討しました。アスペリティというのは断層面上に散らばっていますが、集めれば全体のおよそ4分の1ぐらいの面積で、普段は固着しているこの断層上の区域がずれ動いて地震が起こると考えられています。

 しかし、こうして描かれた予測図は唯一のソリューション(単一解)ではありません。関係するパラメターの組み合わせを変え、こうした図を何枚も作ってあります。その中から、地震断層の解析などの経験や知識、見識のある人々が集まって検討し、選定の判断をしているのです。さらにそうしたアスペリティから考えて、時間とともに地震動がどこでどのように伝わり、地表面ではどのような揺れとなるのか、かなりの精度で非線形の挙動も含めてコンピューターで検討します。それにより断層の動きの1つのパターンで1つの結果が得られます。

 この「1つのパターン」というのは、実は、アスペリティの置き場所や断層が壊れ始める場所(震源)によって、全体の断層が動く様子も変わってきます。アスペリティの分布は何通りもあるし、震源の決め手も今のところないので、震源やアスペリティの組み合わせによって何通りもの答えが出てきます。そうした幾つかのパターンの中から1つを選び、予測図として公表しているのです。

 では、どうやって1つを選ぶのか。災害予測のためには想定値を決めなければいけません。何らかの基準、規範が必要となるわけですが、例えば大阪で上町断層が動いたときの予測図はパターンの組み合わせを変えることで、何十枚も得られています。そこから1枚を選ぶ評価の基準として大阪の震度の平均値を取る方法もありますが、それでは被害程度が軽過ぎます。結論として、震度の平均値に標準偏差1シグマ(σ)分を足したものを基準として、何十枚もの予測図の中から1枚を選んだのです。

 ところが、この予測図を中央防災会議あるいは国の名前で出しますと、これが唯一の解とされてしまいます。世の中一般では、そうした選定までのプロセスは一切抜きにして、被害予測が「大きい、小さい」といった議論を始めます。東日本大震災後に「見直すべし」と言っている人たちも、どのようにして作られたかをほとんどご存じないのです。せめて防災の問題や工学の問題に直接かかわる人には、こうしたプロセスをわきまえておいてほしいものです。

津波の想定

 私どもの「東南海、南海地震等に関する専門調査会」は東海、東南海、南海の3つの地震が発生した場合のマグニチュードは8.7と想定しました。東日本大震災での地震はマグニチュード9.0でした。そうすると、南海トラフの地震についても、間違いなく世の中の大勢としてマグニチュード9.0の地震を想定しなければならず、少なくともマスメディアは黙らないでしょう。それに従順な日本国民もみな9.0を期待していると思うので、結論はそうなるものと思います。

 しかし結論だけ平仄(ひょうそく)を合わせてみても何の意味もありません。先ほど「平均値プラス標準偏差1シグマ」で線引きすることをお話しましたが、出てきた何十枚もの予測図を一枚一枚めくっていったらマグニチュード9の地震もあるのです。マグにチュード9の地震が欲しいのなら、それを出したら作業はお仕舞いです。あるいはプラス1シグマの基準を「プラス1.5シグマ」にしても大きな地震は楽に想定できます。逆に小さいものにも幾らでもできます。だから今行われている議論は中身を承知している人から見れば「極めて形式的な議論でしかない」と断ぜざるを得ないのです。

 この問題は津波にしても同じです。南海トラフの地震による津波は海中の陸側の岩板がはね上がることで発生します。そこで、震源域の断層が陸側に押し込む長さもいろいろと変えて、発生する津波の高さや広がりなどを計算します。こうして想定したシミュレーションによると、南海トラフで起きる津波は3分、4分経過すれば四国に押し寄せ、そして20分足らずの間に土佐湾では非常に高くなります。その時はまだ瀬戸内海に入っていませんが、その後、紀淡海峡を越え、さらに鳴門海峡を越えて瀬戸内海に入ります。西側の豊後水道からも入ってきます。これが発生後1時間余りですね。静岡県の駿河湾の方にも津波は達しています。押し寄せる津波の高さも土佐湾では12mに達しています。東日本大震災では原発のある海岸には想定の倍以上の十何mの津波が来たなどと大騒ぎしていますが、南海トラフでは初めから10mを超えるような大津波も想定しています。東日本大震災が起きてからの後追いではなく、もう7、8年も前にやっていたことです。

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土岐憲三 氏
(とき けんぞう)

土岐憲三(とき けんぞう) 氏のプロフィール
1938年、香川県生まれ。1957年、愛媛県立新居浜西高校卒業。1961年、京都大学工学部土木工学科卒、1966年京都大学大学院工学研究科博士課程修了。同年京都大学工学部助教授、1976年同教授。1996年東京大学客員教授。1997年京都大学工学研究科長兼工学部長、総長補佐を経て2002年4月から現職。2003年から立命館大学教授 歴史都市防災研究センター長。2004年から総長顧問。2001年から内閣府中央防災会議「東南海、南海地震等に関する専門調査会」座長など。

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